汝の敵は何処也
蹄の鳴らす音が響く、不気味なほどに静かな空。時たま思い出したように旗がはためき、金縁の紋様が露になった。
「帝都騎士団」
魔術、剣術、その他の技能に優れた者は出自に関係なく徴兵され、この部隊に組み込まれる。
我らはその中の魔術、魔獣の知識を深めた者。
先刻、都からそう遠くない町より早馬が来た。
『竜がでた』と。
その伝令は瞬く間に場内で蔓延し、勿論私の耳へも届いた。数千年来の復活、厄災が再び目を醒ましたのだ。
出撃命令はすぐに届いた。
『部隊を率いて追い払え、可能であれば殺せ』
可能ならば殺せ?馬鹿も休み休み言え。追い払えるかどうかすら定かでないのだ。帝都騎士団全部隊を差し向けてやっと、共倒れぐらいが妥当だろう。
勝ち目など無い、今すぐ逃げ出したい。団員たちの思いが伝わってくるかのようだった。この中には家族を、恋人を待たせている者もある。死なせるわけにはいかない。大切な人はまだいないけれど、私にだって帰るべき家が、兄と弟がいるのだから。
そういえば、今日は弟が都に来る日だったか。昨日はあれほど心待ちにしていたけれども、突然の禍にそれどころではなかったのだ。
道中と出現位置は丁度被る。何事もなければ、それでいいのだけれど。
会敵予想位置はとうに過ぎている。報告のあった時間からして、既に町の住民は助からない。町を襲った次は帝都を目指すに違いない。目覚めの空腹を紛らわすために。
町が見えた。未だ形は残っている。竜はすぐ近くに降り立ったと聞いた。襲われていないのか、どうして。
訪れてみれば、住民はみな無事でいた。家に閉じこもっていたようである。
ただ、そんな中女の子が一人、助けを求めて歩いていた、と。誰も助太刀に行けるほど、心の強さを持ち合わせていなかった。
私たちだってそうだ。自分より大きな魔獣相手に一人、というのは不可能である。部隊を率いて、やっと安心して戦えるのだから。
その後、彼女は一人で戻っていったようだ。どうして誰も留めようとしなかったのか。
どうして彼女は、立ち向かえる強さを持っていたのか。甚だ不思議でならない。もしも、その子が生きているのならば是非、教授願いたいものである。
なだらかな斜面の向こうは、まるで地獄の様であった。とても馬で行ける所ではない。
きっとそこには美しい草原が広がっていたのであろう。
焼け焦げて元が何であったか分からないガラクタが其処彼処に転がり、炎は未だ点在している。抉られた大地、白骨の群れ。
この世の風景とは思えない、その只中に私は見出した。
大地に突き刺さる剣は墓標の様、その前で
可憐な少女はぽつり、まるで幽霊のように佇んでいた。
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惨劇の余韻、赤い雲が晴れてやっと空気が動き始めた。静寂が支配する大地に気配が訪れる。
きっと私を殺しに来たんだ。人殺しの粛正に私は死ぬ。言い逃れをする気はないし、きっと信じて貰えない。
「失礼、もしかして貴方が―――」
ええ、私がやりました。大勢を犠牲に、竜を退けました。私は罰せられるべき存在です。自殺はできない、どうかその剣で。
「いいえ、貴方に罪はありません。罰せられるべきはむしろ我らの方なのです」
恐る恐る振り向いた視線の先、重厚な鎧をまとい膝をつく騎士の軍団。
「私、エレントラント・ヴァインツィアル。この場に跪く全てに代わって御礼申し上げます」
ヴァインツィアル…
そうか、貴方が―――
膝から崩れた。頬に一筋滴が伝う。怪訝そうな顔で私の顔を覗き込んだ彼女に照らし合わせた面影。ヴィリィの、そして彼、私の記憶にない男の…
「ごめ、んなさい、私、わたし」
ボロボロと
あの人を助けられなかった。ずっと一緒にいてほしいって言った、一緒にいてあげるって言ってくれた。それなのに、私は
この力が、あの時使えてさえいれば、後悔することなんてきっとなかったのに。
「そうでしたか…ヴィリィが」
唇を噛んで俯いていた。大切な人を失った私たちには掛ける言葉など互いに持ち合わせていない。
濁った色の雨が降る。涙と混ざったそれは皮膚の上を転がり落ちていった。
ここに居る、全ての亡骸に安らかなる眠りを。貴方たちのお蔭で私は生き延びました。
「私は都に戻ります。後の始末は後続に任せるつもりです」
立ち上がり、私の目をじっと見つめられた。
「貴方は如何なさいますか」
行く当てもない、あの館には帰りたくもない。為すことなんて一つも―――
『貴方の…いや、お前の敵は誰だ』
鷲掴みにされたような心臓、鼓動が一瞬止まった。そのひと時の内に這い上がってきた悪寒が恐怖を植え付ける。
私は…殺す。奴を殺す。死んだ彼らに指を指されないように。生きた我々にこれ以上の被害を拡大させないために。
「帝都に向かいます。そこで」
私は私の敵を討つ。そして、彼が守ろうとした人間を、私が守り切って見せるために。