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荊の姫  作者: ごはんごパン
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咲いた深淵

その殺気、その眼光は己がすべてを見透かすように鋭く冷たい。()の前に立つだけで全てを、心の臓も(はらわた)も、心の内すらさらけ出している様に感じる。


だからこそ、彼女にこれを経験させるわけにはいかぬ!


 体は低く、脇構えに倒した剣。丹田に練り上げておいた魔力が見る見るうちに枯渇していった。

 右手から溢れる紅の光、煌々とするヴァインツィアル家の紋章。


―――なるほど、確かに此奴(こいつ)は魔剣だ。


 生み出した魔力を、生命力すら根こそぎ持っていこうとしやがる。上等だ、使うのは苦手だが、量だけは誰にも負けてない。


 いいぜ、全部だ。ありったけ持っていきやがれ!


 筋肉は鞭のようにしなやかに。されど固く引き絞れ。


 前触れも無く、前へ。留め、圧縮した純粋な魔力の暴発と筋力で飛び出す。焼けた野を迅雷の如く駆け抜けろ。


敵は目前、やはりデカい。


 怖気づくものか、密着してしまえば此方のものだ。


狙うのは頭でも目でも、ましてや首でもない。切るべきは―――


「そこぉっ!」


 鱗の無い腹、いくつの命を呑み込んだか把握しきれぬその生っ白い腹を薙ぐ。重い音を立てて振り切った。


 魔力の消費は置いておいて、いい切れ味だ。しかし、さすがは巨竜。その肉は厚く、固い。できる限り深く、刀身がほぼ隠れるくらいまで抉ったというのに屁とも思っていないようだ。


 ならばと、続けざまに斬撃を撃つ。三連、四連。


ふと思った、どうして此奴(こいつ)は抗おうとしないのか。手を止めて見上げる

―――嗚呼、そうか。此奴にとって、俺らはただの蠅に過ぎない。


鋭い影が薙ぐ。衝撃に体が一瞬浮いた。目の前で剣が、右腕が、左腕も千切れ飛んで行く。尻を着いた、無様だなぁと笑う。  

こんな状態でも未だ笑えるものなのか、人ってのは不思議なもんだ。

暗い闇が、大口を開けた怪物が迫る。足を咥えられた。

もう逃げられないんだ、もう守れないんだって。落涙は無い、どこか乾いた心で吊り上げられる。


宙ぶらりんの逆さまになった視界が霞んで見える。泣いてなんかいない、認めるものか。

少しづつ呑み込まれていく胴体。遠く、届かないところに彼女がいた。


ユリアーナを見たらきっと、覚悟が鈍る。戻りたいって思ってしまうから。だから。


早く逃げろって、そう言ったのに。振り向くなよって。


みっともないな。頬の水滴を拭おうとして腕がないことを思い出した。もう手は差し伸べられない、彼女の髪を撫でてやれない。


「ごめんな」


約束、守れなかったよ。


視界が閉じる。生きた世界からの隔絶。死とはこんなに呆気ないものだったか。


最後、牙の間から垣間見た彼女は、泣き叫びながら駆けていた―――


******************************


 丘を駆け上がり息を切らす。次の町はすぐ目の前、早く助けを呼ばなくては。

 

「だれか、誰かいないの。お願い、誰か…」


 今にも落ちてきそうな暗雲、しん、とした空気。誰も居ない訳じゃない、窓の隙間から明かりが零れている。


「誰か…ねぇ、」


 扉を叩く、叩く。叩く力は徐々に強く。返答は無い。歩いて叩く、叩く、(こいねが)う、歩く、叩く―――


 何も、誰も、一言も。手を差し伸べてくれない。

背中から、咆哮が聞こえた。竜のではない、ヴィリィの。


急がなければ。彼一人で対処出来得る範疇はとうに超えている。


『どうして』


どうして?そんなの、彼を救うために決まって―――


『どうやって?』


…嗚呼、どうやって。どうやって彼を救おうというのか。理解したはずだ。私は


『無力だと』


 歩みは止まらない。


『いいから、耳を塞いで戻りなさい』


 耳を、目を閉じてしまえばいいと。楽になれると。

そうして残るものはなんだ。暗闇か、償いの余地すら無い罪悪感か。


嫌だ。


守られるものが守るものを、守るものは守られるものを。互いに想った結果に私は突き動かされている。


 声は既に聞こえなくなった。惑わすものは、もういない。

 来た道を戻る。どうか、彼の息がまだありますように。


灰と化した亡骸が暗く覆う空。焼けた丘の上で、私は見た。刃のような竜の牙、その隙間で此方を見つめる彼を。


光が、希望は潰えたと。暗い瞳で彼は語る。ごめんな、って聞こえた、気がした。


「   !」


 私は、一体何を叫んだのだろう。彼の名前か?私の咆哮はもう、誰にだって聞こえなかった。聞いてもらえなかった。

 掌にすくおうとした命は余りにも大きくて、入りきらなくて。辛うじて残ったものすら指の間から逃げて行ってしまう。


 五月蠅い。咀嚼音が、猛る炎が、どこかで生き残った誰かの声が、彼が救った命の音が。


 独りぼっちになっちゃった。覚えていないけれど、貴方と出会う前の、昔の私に戻っちゃった。守ってくれたあの人は、此処にいた命を全て投げ出そうとしなかったあの人は。


もういない。だから。

自分と人の命を守りとおす。


『無茶だ、やめなって』


 投げ出された剣、その元に無残に切り落とされた腕があった。


 その腕が握っていたであろう柄に手を掛ける。


『いいのかい』


なにが。


『その先は、きっと地獄だよ』


知ってる。


『君はそれでも』


逝くんだ。


『私は嫌なんだけどなぁ…』


逝かなきゃならない。

『しょうがない、いざとなったら私が出るよ』


 意味が分からない。でも…


「返せ!それは私の男だッ!」


ぽろぽろと頬に感じる水滴、食いしばった歯の間から声を絞り出した。握りしめた柄から、体中隅々までいきわたっていた魔力が吸い取られていく。

 

心は既にぽっきり折られて、どうして未だ立っていられるのか不思議なほどだった。

焼野原の中、身長ほどある大剣を提げてどうにか駆ける。


足りない、全然だ。剣を掲げる力も、魔力も、奴を切り裂かんとする心の持ちようも。私は弱い、だから。


お願い、力を貸して。私が愛した男、その魂の救済に!


『もしかして、私に言ってる?』


私は何に語り掛けているのだろう。目の前に底知れぬ闇があった、絶望があった。


『私は貴方の…そうね、古い貴方。死んだ貴方、正確に言えば』


 迫る闇、呑み込まれる。塗り潰されていく「私」


『貴方が殺した「私」よ』


 私は知っている、知らない筈の地獄を。


『私/貴方は未だ不完全よ、でも』


『そうね。やれるだけ、やってみようかしらん』


 乾ききった空気を一杯に肺へ入れる。


「おいでなさい、わたしの―――」


「私の『荊』ッ!」


感想頂けると、めちゃんこやる気出ます!!書いてほしいかも…

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