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荊の姫  作者: ごはんごパン
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束の間の平穏

どうにかしてほしい。どうしてこんな目にあわなくっちゃぁならないんだ。


 一人用ベッド、既に寝入ったお姫様。せめて掛布団。否、襤褸(ぼろ)でも構わない。構わないから寄越してくれよ、そしたら床で寝るから!


 余程疲労が蓄積していたのか、ぐっすりだ。食欲の次は睡眠欲か。とりあえず俺はこんな固い床で寝る気は毛頭ない。

 

俺は不幸だ。もしやさっき感じた悪寒ってのはこの事だったのか…


 大の字に寝転んだユリアーナの傍に腰掛ける。それにしても―――


 よく見ると、というか、よく見ずとも、というか。

美少女である。とても可愛い。深い黒色の髪も、同色の長い睫毛も。黒いワンピースから覗く枝のように細い四肢、未だ熟れぬ躰。月光に照らされた肌は白磁のよう。作り物かと見紛うほどに端正な顔つきと、極めつけの紅い瞳―――


 ぱっちりおめめ。どこか不機嫌そうにも見える。

 ばっちり目があった。半分軽蔑、もう半分に殺意を感じる。


「…おはようお姫さん、気分はどうだい」

「…最悪です」


 おいおい、寝床を占領してそれは無いだろう。


「えっちな目で見ないでください」


「そんなことは…」


 無いとは言い切れない。寝顔は確かに可愛らしいものだった。


躱せぬ湿気た視線が刺さる。交わせぬ気まずい視線。初日からこの雰囲気では明日の旅路が思いやられる。


「…ごめんて」


「反省したのならいいです」

シーツを抱えるようにしてそっぽを向いていた。ほんとに赦してくれているのか怪しいところである。


 明日の出も早い、もう寝ようか。だから

「ベッドを半ぶ」

「嫌でーす」

全身くまなくシーツを包ませ、そこからの声には未だ少々棘があった。


「…四分の一ならいいです、許しましょう」


 それだけでも有難い。ユリアーナの顔を見ないようにして横になる。


「おやすみなさい」


 淡く透き通る鈴の音のように、夜へ吐ける声。


「…おやすみ」


 寝息の主は夢の中、俺の声は届いたろうか。



******************************


 嗚呼、朝が来た。そう歌う小鳥の声も、香ばしい小麦の香りも、朝市に賑わう通りの喧騒でさえ、僅かに残る気怠さを吹き飛ばす。

 伸びをして一杯に吸い込んだ空気が、体を洗い流すようで心地いい。

 そういえば、ベッドの四分の一を与えた彼は何処に行ったのだろう。起きた時、私の体は大の字になっていたけれど。


 入るぞと、扉の外で声がして開いた先に立つ青年。


「いい夢見たかいお姫さん?」


 …分かる、何となく。ちょっと怒ってる。


「どうだったかしら、はっきり覚えてないの」

「言い当ててやんよ、崖から巨石を蹴り落とす夢だろ」


 相手の口元に広がる笑み。明らかに目が笑っていない。

こちらも微笑みで返す。


「…誤魔化されんぞ」


 ちょっと照れているヴィリィの傍を抜け、扉を押す。


「お腹が空いたわ」


 やれやれと言わんばかりに彼は着いてきた。


「仰せのままに、お嬢様」


 よくできた従者である。


 昨日の夜は酒場だった階下は、落ち着いた雰囲気の喫茶となり宿泊客を出迎えた。おいしそうな香りに溢れ、絶え間なく鼻孔をくすぐる。


 もう我慢ならない!

 席に着くや否や

「骨付き猪の肉、一つで」

 

「朝から肉食うやつがあるかよ」


目の前の呆れ顔は無視した。一番安くて量があるのだもの、一石二鳥って奴よね。

肉塊に目の前を阻まれた瞬間、かぶりつく。口の中に広がる野性味、血の香り、濃密な魔力と溢れる肉汁。噛み切れず、何度も何度も咀嚼を繰り返し、その肉を一心に食らう。


 いつの間にか肉は消え、残った骨をちろちろ舐める。数切れのサンドウィッチをコーヒーで押し流すようにして食べていたヴィリィは既に、チェックアウトを終えていた。


「それじゃあ、行くか!」


 のんびりした日差しの中を歩く。町の外れ、馬車が通る街道まで。


 既に馬車の列は停まっており、降りた人とこれから乗る人でごった返していた。

 大荷物の商人たちの列に並ぶ。

降りる人たちの中にも商人はいた。しかしそれ以上に


 ガシャリガシャと、金属が重なり、合わさる。それと重い足音。

腰に大きな剣を携え、重厚な鎧に包まれた騎士の群れ。


 『お山に何か居座ってるのかねぇ』


 酒場の店員は確かにそういっていた。しかし―――

騎士たちの話に耳を欹てる。


「アレをたおせりゃ報酬金たんまりだとよォ」「楽しみで夜しか眠れねぇ!」「でもなぁ、ほんとにいるのか分かんねぇんだぞ?」

「それでも行くのが俺ら騎士の役目だろォ!」「そうだ、民草のために!ってな」「おめぇら金の事しか考えてないだろうがよ」

「いいか、ぜってぇ山分けだかんな!」


 下品な笑い声に辟易する。それにしても()()、とは何をさすのだろう。そんなことを考えつつ、ヴィリィにエスコートをされ車に乗った。


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