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荊の姫  作者: ごはんごパン
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悪食の闇

「俺はこの後、都に行く」

 草原の色が変わる境界、そこにあったはずの結界の跡を踏み越えながら彼は言った。


君はと問われるまでもない、着いて行くしかしか私に示された道は無いのだ。


「あっちに着いてから何したい…とか、願望はある?」


 意外な質問で、しかも何にも考えていなかった。首を横に振る。


「そっか…ゆっくり考えるといいよ、時間はあるから」


 傾きかけた日が木々の隙間から燃えるようだった。振り向けば、館が冷たく私を見つめている。此処ともおさらばだ、もう二度と帰ってきたくない。しかし、嫌でも次にここを訪れるのはきっと全てが終わるとき。どうしてだろう、そんな気がした。


 再び前を向く。木の枝が顔に掛かるのだろう、時折首を傾げるようにしながら歩いていた。

 彼は、どうなのだろうか。このあと何をするの、都に着いたら何になるの?


「ねえ」


 摘まんだ彼の袖をそっと引く。振り向いた顔を見上げて問うた。


「貴方は…?」


 不思議そうに、困ったように。けれど可笑しそうに言った。


「騎士になるんだ、兄貴と姉貴の下で。きっと活躍して武勲いっぱいに貰ってそれで」


 じっと見上げ続ける私に何を思ったのか、そっと髪を撫でられる。


「大丈夫、忘れてないから」


 大きな手から伝わる温もり。


「この剣に誓おう。騎士として必ず君を守る」


 彼の顔に、いつかの騎士を重ねる。やはり似ているとしか思えなかった。どれほどかの騎士に、その顔に縁と恩があるのだろう。

 言葉は無く、ただ歩いた。いつしか森を抜け、赤黒く滲む空の下、草原を進む。


「あの…」

「どうした、お腹減ったか?」


はい、いえそうではなく。確かにお腹も減りましたが。


「徒歩で都まで?」

「そんな馬鹿な、馬車で行くよ」


灯が見える。


「腹減ったな」


郷愁など無い。私は知らない。


「ですね」


 足音たちは知らずのうちに調子を刻む。喧騒が心を引き寄せ、その陽気に少しの酔狂を混ぜた様の雰囲気に気圧される。

なるほど異郷の者というのは誰から指摘されるものでなく、自覚するものであった。この孤独、寂寥感はその証だろう。


彼の袖は離さない。おいしい香りと温かい灯り、混ざった中に紛れる異物。知らぬ人達の様々な足を避けて、進めていた歩。それを留めたのは彼が止まったからだった。


 一階は食事処、見上げた二階に「INN」の看板。


「此処にしようか」


 お腹と背中がくっつくまで一刻の猶予もない。しかし


「私…おかねないです」


******************************


よく食べるものだ。丸テーブルを殆ど占拠する皿に乗せられた、これまた巨大な肉塊。

好きなだけ食べていいとは言ったもののこれじゃあ…


「安ッ?!」

 

肉塊の傍らに置かれた伝票は銀貨五枚と。汚い殴り書きであるが確かにそう読めた。

 軽く腹を満たすのに大抵銀貨八枚程度。一体全体どうしてこんなに安いのか。絶対おかしい。


 目を煌めかせ、かぶりつくユリアーナを横目にして店員を呼ぶ。


「この金額、間違いじゃ」

「いんや、そんなことは無いよ」


 あんた他所もんかい、と問われた。此処ではこの値段が適切なのか。


「ここ最近、山からよく動物が降りてくるんだよ。お山に何か居座ってるのかねぇ」

何かがいる、山に?

都に向かうにはどうしてもその麓を通る必要があるのだ。

視界にユリアーナが入っている、その事実だけでどうしようもなく黒いものを感じる。ああ、もちろん悪い予感だろうとも。


災いを呼び寄せる性質なのか、それならばまだ良い。只俺が切り祓うだけだ。


しかし


 屋敷の鳥籠を思い出す、どうして彼女はあそこにいた?


俺はどうしたらいい。もしも彼女が―――


「ヘイ、お待ち」


ドン!と机を叩きつける巨大な肉塊パート2。


「いただきまー」


 す。もきゅもきゅ。デカすぎる肉で表情が見えない。きっと幸せそうに齧り付いてるんだろう。


 ただ、切り祓う、その笑顔を守るために。テーブルに立てかけた剣は未だにその真価を発揮できていない。いつか、此奴の本気も見てみたいものだ。


 窓の外はもう真っ暗だ。俺も何か腹に入れておこう。ユリアーナが全部食べ尽くしてしまう前に。


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