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荊の姫  作者: ごはんごパン
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その瞳は木漏れ日の中で何を見る

「っかしいなぁ…ここいらの筈なんだけどなぁ」


獣道で一人、古い紙切れと鎧背負って立ち尽くす。周りは何処も彼処も森草森。一体如何してこうなった。

 

思い返してみると―――


滅多に連絡の無い兄貴から


『騎士団長になった。領地変わるから悪いが急いで荷物まとめて都まで来い』


などと手紙で来たのが一週間前。急すぎる報せに喜んでいいのやら。兎に角、家中から荷を搔き集め、馬車に放り込んだ。

数日で事を成し遂げた俺を誰かほめてもいいと思う。


そんな事はどうでもいい。偶然にも見つけてしまったのだ。

古びた絨毯の下に、錆びついた蝶番(ちょうつがい)


まさか、自分の家に隠し部屋があるなんて。想像だにしなかった!

 

(きし)む床板をそっと、引き揚げる。ぽっかり待ち受ける暗がりに呑み込まれ、降りた。(ほこり)舞い散る床下には明り一つなく―――


いや、何もない。

段々と目が慣れるに従って、視える範囲が広がっていく。


「うっそやろ…」


 ただ、部屋一つ分の暗闇がそこにあるだけ。人生一、極限まで高まっていたテンションは、事実を前に撃沈した。

 少しぐらい期待したっていいだろう。もしかしたら(まばゆ)いばかりの金銀財宝、国一個くらい余裕で買える金貨の山があるんじゃないかって…


 胸中に吹く、もの悲しい風に肩を落とす。いや確かに国取れるくらいっていうのは言い過ぎた。それでも兄貴の昇格祝い分ぐらいはあってほしかった。


「…ん?」


 項垂れた視線の先、積りに積もった埃の層、その下に。


「んんん?」


 サルベージされたのは丁寧に折りたたまれた一枚の紙だった。指で弾いて埃を落とす。


「もしかして?」


 もしかすると!


 開くとすぐに分かった。願ったり叶ったりだ。

 茶色に()せた紙に記されたのは地図。傍らの染みはおそらく文字だろうが、潰れて読めない。


 胸が熱くなる。最早行くしかないだろう、男のロマンを求めて。


******************************


 手探りは意味を成さない。森は濃くなり、芽生えた一抹の不安に情熱の炎が陰る。何かおかしい。

 握りしめた地図は今にも手汗で崩れそうだ。

 

…やっぱりだ、何かがおかしい。


―――音が、無い?


風の騒めきも、動物の喧騒(けんそう)もない。静寂が場を支配する。


不意に風が吹いた。それが運ぶのは青臭さのみではない。何か得体の知れないものが―――


「―――来るッ!」


 抜刀、降り向きざまに叩きつける。間合いには何もいない。けれど、その向こう


「せぇっ!」


 踏み込み、横に()ぐ。背の高い草が一掃され、視界を舞った。手ごたえは感じられた、しかしその感触は肉でも鎧でもない。

 まるで水を断ったような違和感であった。


 背中に視線を感じる。相手方の動き出す気配はなく


「誰だ」


 誰何に応える声も無し。そして遠ざかり始める気配を


「待てッ!」


 追わない理由は無かった。

草を掻き分け、顔に掛かる蜘蛛の巣を払い駆ける。

まだ相手の正体も分からない。深追いは危険だと理解はしている。それでも地図に書かれた印に事実、何かがあるというのならば。


つま先に違和感、気付いた時には遅かった。先程まで目の前に茂っていた森は唐突に途切れる。何かを突き破ったようだった。振り向いた先にあるはずの森は忽然と消え、草原が広がっている。

 結界だろうか。それにしてはおかしい。結界であるなら、術者の思惑、即ち拒絶や妨害を少なからず覚えるだろう。

 それら悪意が全くもってない。それどころか懐かしい、歓迎されているような温かさを感じていた。

 

切先を掲げて意識を研ぎ澄ます。気配も敵意も見当たらない。

しかし正面、そこには威容の豪邸があった。窓にも壁にも亀裂は無く、綺麗なものである。

十中八九罠だ、分かってる。

その理解に如何して体は反するのか。


行かなきゃならない、守らなきゃいけない。誰かの背中を前方に見た。振り向く顔は逆光で見えない。


「俺の代わりに」


 広い背中は語る。


「彼女を、どうか頼んだ」


 懐かしい声、光の中に遠くなる知らない後ろ姿。伸ばした指先が届く―――


 触れたのは木造りの扉だった。先程の彼はもう見えない。迷いがないと言えばそれは嘘になる。俺は何も知らない、だからと言って逃げ出す気もない。

 (くすぶ)っていた情熱に、小さく炎が宿る。

ギシリ、鳴った扉を開いた。


 開いた隙間から暗闇を照らす。やはり人の気配はない。室内の調度品は人が住んでいるかのように整い、積年の埃も全くと言っていいほどに無い。

 まるで、時が止まっているようだ。


「いや、もしかして…」


 実際止まっている?


この結界内では時が流れていないのか。それなら確かに汚れないのも納得がいく。 


色褪せぬ絨毯は毛が立っていて新品同様。蝋燭立ても全く使われていない。


ふと、気配を覚えた。刹那に抜刀、迎撃。

森で出会ったアレが、そこにいた。打ち合いの末、間合いを取る。影のように朧な体、しかしその手には、立派な剣が握られていた。

 

「お前…」


 ここで、守り続けてたのか。時の流れないこの屋敷でずっと。刃を交えるだけで分かる。彼の執念が未だに体を動かしている。


「請け負った、どうか楽になってくれ」


 彼の体は嘘のように軽い。突き崩して切りかかる。心臓の直上を切り裂いた。

 砂のように崩れ、魔力の残滓すら残らなかった。


 鞘に納めてふと、傍を見る。そこには先程までなかった長剣。鍔に填められた宝石が魔力と輝く。彼が持っていたものだと一目でわかる。


 剣に近寄る。宝石には何か彫られていた。


「これ…うちの紋じゃねぇか」


 三本薔薇に棘の茎。見慣れた紋章に思わず手を伸ばす。間違えは無い、これは―――


触れた途端、光が溢れた。

 名も知らぬ彼に託された、名も知らぬ彼女。そして一振りの長剣。一体何を成せばいいか、正直分からない。その状況下でも一つ、分かることがある。

 

それは、この剣を力いっぱい引き抜くことだ!


剣は案外簡単に抜けた。しかし


ガラリ、ゴロリと音がする。見上げれば、光の当たらぬ天井から何か降りてくる。


「なんだ…あれ」


 大きい鳥籠だと思った。対魔道仕様の黒い檻に一人、誰かいる。ステンドグラスから零れた光が中を照らし出す。


 鎖に繋がれた女が一人、横たわっている。


「君は…」


 呼びかけに応える様に起き上がる。開いた瞳は赤く、深くに吸い込まれるようだ。


「―――?」


 彼女の唇が動き、また倒れ伏した。何を言っているのか聞こえなかったが、誰かを呼んでいる。そんな気がした。


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