貴方は人か、それとも―――
血雨と肉塊に空は紅く染まり、勇者たちの激する声と断末魔が震わせる空気。
止まない興奮で血が沸き上がりそう。昨日の夜とはまた違った昂ぶりに動悸が収まらない。エレントラントは先程から忙しそうに戦場を駆けている。ほかの騎士たちもだ。
「避けてっ!」
横からの衝撃に吹き飛ばされた。赤い絵の具をぶちかますように塗り潰された草むらを転げまわる。
駆け寄ろうとするエレントラントを手で止めた。出る杭は叩かれる、仲間内からはじき出された私は格好の獲物。既に数十体に包囲されている。
魔力は十分、いつでも練れる。しかし
「おいで…『茨』」
蜷局を巻くように、にじり寄る茨。一撃で全部、はきっとできない。
「ユリアーナ!」
声の方向、小竜が群れて壁と成した上から飛んでくる、何かを片手で掴み取った。と同時に、体の奥底に練られた魔力が吸い取られるのを感じた。
巻かれた布が開け、顕わになった紅の宝石。銀の輝きに見える惨殺の意思。
刀身に纏う赤の魔力は、有象無象を掻き消す勢いで吹き荒ぶ。己の体表に纏ったそれは、一切合切を弾き返す不可視の鎧と化した。血色の霧は殺意を孕む。誰も、何も、一言も発しない。
「どうしたのかしら、私にもっと見せなさい?」
口が勝手に言葉を紡ぐ。
「貴方たちの死に様を、ねっ!」
たったの一振りが轟と唸って、目の前の小竜を分断した。零れる腸、剣に付いた血液は蒸発し、散らばった血肉は茨が貪り尽くす。
「さあもっと、もっと私に寄越せッ!」
まるで助けを求めるかのように泣き始める雑魚共へ、躍る様に斬撃を見舞った。
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剣を放り投げて渡した瞬間、暴力的な圧と凄まじい魔力が輪の中心から溢れ出した。
まるで魔王だ。手足が震える、私は恐怖しているのか、ユリアーナに。小竜の目線も釘付けで、ただ泣き叫んでいる。
まるで、親を呼ぶ赤子のように。
黒い大きな影が空を過り、突風で飛ばされそうになった。小竜は蜘蛛の子を散らすように空を飛び、影の原因へ群がる。
本命の登場に皆が身構えた。その間を緋色の魔力が一層色濃く充満し、元凶の小さな影は巨竜より大きく見える。
「ここからは、私一人で始末します」
そういって、こちらに向けられた瞳。彼女の剣の宝石、その色と同じ目の色。眼光は冷たく、見つめられるだけで背筋が竦む。ただ頷くことしかできなかった。
「全ては国の為」そう宣ったハゲ重鎮共の言葉が蘇る。竜は危険だ、恐ろしい。その上を行くユリアーナはどうだ?
恐ろしい、現に膝は震えている。見渡せば腰を抜かしたものもいた。
人、というものは何を以て人と成すのだろう。彼女は言葉があった、感情もあった。食欲も睡眠欲も、色欲だって。
人を超えれば、それは人でなくなってしまうのか。彼女は人か、それとも人の皮を被った化け物か。今日ここで、きっと見極める。
貴方がこの国に必要とされる存在か否かを―――
地面が捲れ、人よりも太い茨が現れた。吹き飛ばされる勢いをそのままに、天に浮かぶ竜へ鬼神の如く迫る華奢な体。
振り下ろされる大剣は空気を震わせ、疾る銀の奇跡は吸い込まれるように鋼の鱗を打つ。
屹立する茨の柱を蹴り、目にも留まらぬ速さで縦横無尽、自由自在に空を飛ぶ。竜の巨体は破壊の威力こそ大きいものの、スピードは左程ない。旋回する方向へ一足先に回り込み、死角から穿たれる切先。追随する茨も一つ、またひとつと傷付けていった。
いつものユリアーナとは思えない、苛烈な天の剣舞。地上の私たちは喝采を贈ることすら許されず、只見上げることしかできなかった。