鋼鉄の殻と歪の仮面
騒がしい城内、いつもより人通りの多い廊下。林のように乱立する足の間を縫って走った。
「こっちです!」
人混みを抜けて、手を振るエレントラントに駆け寄った。
「敵は、竜は何処にいるのですか」
自分でもぞっとするほど冷たい声色だった。溢れる魔力は溶かされた鉄の如く、周囲は皆離れていく。そんな私を―――
「いいですか、貴方は」
がしり肩を掴んで、無理矢理視線をぶつけられた。
「一人じゃないんです」
独りで征かなくていい、本当に?喧騒が、並ぶ足並みが?背の高い人たちに囲まれて何も見えない。
本当に?
「分かりました。うん、もう大丈夫」
奥歯を噛みしめたまま、無理矢理顔を作り替える。歪に歪んだ仮面はちゃんと、笑顔の形になっただろうか。
一瞬、寂しそうに悲しそうな顔を見た。今にも泣き出しそうだった。きっと、私以上に私を想ってくれているのだ。
口惜しい、顔が下を向く。仲間に囲まれて生きる彼女が羨ましい。そして孤独な私が恨めしい。
彼女の号令に、集った兵士が動き出す。彼女の鎧は分厚くて、互いに体温は伝わらない。
―――そうか、
孤独に思うのは、別に私が殻に籠っているからではない。私が触れようとした人全て、皆みんな殻を被っているからだ、と。
結局、誰もかれも、勿論エレントラントだってきっと孤独だ。殻を融かせるのは、夜の楽園のみならば、私は誓う。
肌を晒し、血を流して、互いの孤独を埋めるとしよう。
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続く草原を、迅雷の如く駆け抜ける。腰に回された細い腕、静脈が透けるほど白い肌。背中に感じる僅かな重み。
こんな幼気な少女と、戦場で共に戦え?可笑しなことを言う王も居たものだ。
私が竜を追い払ったのだ、などと戯言を宣えばきっと、次の犠牲が増える。剣客がいらっしゃった、と言う外なかったのだ。
「ならばその、客将とやらに打ち取らせよ」
自国の民でないでないならば、使い捨てても構わない、それが幼子であっても。何処の馬の骨かもわからん人間が剣客としてきたのだ、いつ裏切られるか分かったものではない、竜と共に死んでもらった方が都合がいい。
そんな訳があるか、と叫びそうになるのをやっと堪えて、どうにか取り下げようとした。
「まだ子供ですよ、どうしてそんな」
惨いと思った。全ては国の為、王の為と、今まで捧げたこの身が、怒りに引き裂かれそうだった。
そうだ、彼らは言い放った。
「これは帝国のため思ってである」だと。私が自分に言い聞かせてきた言葉を、不当な理由とされたのだ。
確かに、竜を討伐できなかったら、その結果は帝国にとって最悪の事態を招く、ならば―――
せめて、この手だけは離さないように。
「エレントラント、どうしたの?」
無邪気な声は、争いを知らない子供のよう。
「いいえ、何でもないですよ」
何でもないのだ、何てことないのだ。私が彼女にかかる全ての厄災と、全ての批判を受け止めればいいだけ。たったそれだけなのだから。
彼女への思いに耽るままで
「ねえ、エレントラント…分からない?」
何の事だろうか、ユリアーナの顔は一変し、険しく前を見つめたまま鼻を動かした。
血と、瘴気の臭い。遠い上空から降る金切り声。
「来たわね…気を引き締めなさいッ」
背後から聞こえる詠唱と、抜刀音。
「エレントラント、私にも剣…」
「駄目よ」
目を見開いて見つめられている。確かに、私は出撃を要請した、でも。
「駄目なものは駄目よ」
貴方には本命を打ち取って貰う。だから、それまでは
「下がって、此処は私たちがやります」
眩しい光の中から降りてくる無数の黒い影。鳴き声が耳を劈く。
砲声轟き、天に咲く血肉の花。
降る花弁を迎える様に手を広げ、全身を紅に染めたユリアーナの表情は
心底、愉悦を謳うようで。一瞬、とても悍ましい怪物を見た様であった。