第4章-5 Interlude(ネーロside)兄妹の自由研究
第四章
五 Interlude(ネーロside)兄妹の自由研究
――ヴィオが北の森へ旅立つ前の話。
◆ ◆ ◆
「どうしてネーロ兄様が私の部屋にいらっしゃるんですか?」
少し前までは私に怯えていた五歳下の妹が、遠慮無く迷惑そうな表情をこちらに向けてくる。
妹姫ヴィオの私室。
人払いを済ませているので、室内は二人だけ。
けれど、入り口の外側でヴィオ専属のメイド、エミリィが控えているだろう。
まぁ、人払いこそしたけれど、そこまで聞かれて困る話をするわけでは無いから、気にする必要も無いか。
それに、それがエミリィの仕事なのだから。
部屋の造り自体は第一王子である私とさほど変わらないが、調度品の違いで印象は全く異なる。
ヴィオの部屋はピンクが基調となって、少女色溢れた部屋模様だ。
少しまでのヴィオのイメージには合っているが、最近のハッスルしがちな彼女のイメージとは少し異なる気もする。
それにしてもこうも迷惑そうな表情をされると、何だかもっと困らせたくなってしまい、わざとらしく大げさに肩をすくめる。
「可愛い妹の部屋へ兄が遊びに来て何が悪いのだい? 大体、ヴィオだって私の部屋にしょっちゅう来ているじゃ無いか」
「それは執務室の方ですよね。私室には殆どお邪魔していませんよ!」
「とは言え、何度かは来ているだろう。今度は私が足を運んだまでだ」
「うぐっ」
言葉を詰まらせる妹に余裕の表情で微笑みかける。
「と言うわけで、ゆっくりさせて貰おうか」
ドカッとソファに腰を下ろすと、テーブルの上の小瓶が目に入る。
「ん? これは何だ?」
背が低く、蓋が大きめの小瓶を手に取ると、やや重みを感じた。
「え? ああ、これはリップクリームです」
こちらが座ったことにより、ヴィオも観念して横の一人がけソファに腰掛ける。
「リップと言うことは……口紅か?」
「いえ、色は付いていないんですよ、ほら」
私の手から小瓶を取ると、慣れた手つきで蓋を開けて見せた。
中には半透明なロウの様な物が詰まっていた。
「ロウ……にしては白くないな」
「ネーロ兄様、凄いですね。材料の一部は蜜蝋なんですよ」
「ほぅ。で、これはどういった時に使うものなのだ?」
「唇が荒れたときに塗ると治るんですよ。あと、そもそも荒れるのも予防できます――って、なんでいきなり私に塗ろうとしてるんですか!?」
「塗ってみないとどんな物か分からないだろう?」
リップクリームとやらを指で掬うと、ロウよりは柔らかいが、クリームよりは全然堅い感触だ。
ヴィオはお転婆になってから、何だか面白い物をよく発明するようになった。
先日採用したブラジャーもまずは貴族達の間で評判になりつつある。
今日も、実は何か面白い物があれば……と思って妹の部屋まで足を運んだ次第だ。
賢者の森へ旅立つ前に……。
賢者の森へ行き、賢者の許可が貰えれば、妹の結婚話は一気に前に進む。
今はまだ、ロッソはあくまで婚約者候補の一人だ。
だけど、それが正式な婚約者となる。
気にくわない部分は多いが、決して信用できない奴では無い。
学生時代から知った相手だし、お互い大きな物を抱えて産まれてしまったという、妙な同族意識がある。
……いけ好かないが。
じゃあ、他の奴に嫁がせたいかというと、それも難しい話である。
「やっ……ネーロ兄様……塗りすぎですよ」
困ったようなヴィオの声で我に返る。
気付くと、妹の唇にリップクリームとやらをこれでもかと言うほど塗りたくってしまっていた。
元々薔薇色の美しい唇だが、光沢が出て、いつもより大人っぽく見える。
まぁ、あくまで本人比でなので、まだまだ子供ではあるが。
「……ああ、すまん。少し取ろうか」
「あっ……って、急に塗ったり取ったりしないでくださいよ! 結構作るの大変だったのに、勿体ないですよ!」
真っ赤になりながら小瓶を奪い返そうとするので、ひょいっと躱す。
圧倒的なリーチの差で勝ち目が無いと悟ったのか、こちらを恨めしそうな目で見つめている。
全く、大人っぽくなったり、子供っぽくなったり、忙しい妹だ。
しかし、確かに勿体ないことをしてしまったな。
指にもまだしっかりと拭った分のリップクリームが残っている。
「ぎゃー! 何で自分の口に塗るんですか!?」
「ヴィオ、元気なのは良いが、流石に叫び声がはしたないぞ」
「上品な叫び声を上げてる場合じゃ無いからですよ! ってか、間接キスじゃないですか!」
「間接キスって、子供か? そう言えば、子供だったな」
「子供じゃ無いです!」
「そうか……では、しっかり大人扱いさせて貰おうか」
「え?」
ヴィオが身体を引くより早く、立ち上がる。
間髪入れずに横のソファに座るヴィオの華奢な腰に手を回し、反対の手で顎を掴んで上を向かせる。
クリームを拭いはしたが、それでもその唇はまだキラキラと部屋の照明を反射させている。
こちらの唇も同じように見えているのだろうか?
お互いの吐息がかかる距離。
ほんの数ミリで触れてしまうだろう。
幼い頃は何度も触れたけれど……。
ほぼゼロ距離で見るヴィオは顔を真っ赤にして目をギュッと閉じている。
誰か、目を閉じたら了承って事だと教えてやって欲しい。
否、誰も教えなくていいのかも知れない。
「困ったものだ」
誰に言うわけでも無い言葉を呟き自嘲気味に微笑む。
「なにやら爽やかな香りがするな」
熱を込めないいつも通りの声で話しかけたので、ヴィオがパッと大きな菫色の瞳を開き、ソファの上で後ずさる。
「……材料に柑橘系の精油が入っているんです」
真っ赤になりながらも、質問にはちゃんと答えるんだから、いくらお転婆になったとは言え、根は真面目な妹である。
これ以上からかうのも流石に気の毒なので、こちらも再びソファに腰を下ろす。
「成程。蜜蝋と精油で作っているのか?」
座った私を見て、もう迫ってこないと安心したのか、ヴィオの表情が少し和らぐ。
「後は、植物由来のオイルを使っています。それらを熱で溶かした後、固めています」
「そうか、では精油を変えれば色んなパターンで作れるな。その材料ならある程度流通をしっかりさせれば庶民の手にも届く価格で作れるかも知れないな」
先程までヴィオの顎を掴んでいた手で、今度は自分の顎をさする。
「庶民にですか。……ブラの時も思ったのですが、ネーロ兄様は庶民に色んなものを流通させたいのですか?」
「それはそうだろう。新しい物を作るとき、最初は金銭的に余裕のある貴族に向けて作るが、圧倒的に人数が多いのは庶民だからな」
「次期国王ってより、マーケティング部長って感じだな」
「なんと言った?」
ヴィオがボソッと呟いたが、小さな声過ぎて良く聞こえなかった。
何やら耳慣れない言葉のような気がするが、たまにヴィオはそういう言葉を使う。
元々言語学が好きだったようだし、どこか珍しい国の言葉だろうか?
「いえ、何でも無いです。それにしても、庶民に流通させたいと言うことでしたら、小瓶じゃない方が良いかもしれません」
「何故だ?」
「庶民の多くは普段仕事をしていて、手が濡れたり汚れたりする事が多いです。唇が荒れたからって、そのままの手で小瓶の中を触ってしまうと、中身が悪くなってしまいます」
「では、紅のように筆を使うのか?」
「それも方法としてはあるとは思いますが、リップクリームは化粧のように出かける前に鏡の前で改まってする物ではありません。あくまで唇の荒れが気になったときその場でパパッとつけるものなのです」
「具体的にはどうするつもりだ?」
「スティックに入れて、中身に直接触れなくても塗れるようにするのが良いと思います」
「それは面白い考えだ。早速、エミリィと試作品を作ってみてくれ」
「分かりました。……ネーロ兄様、本当に商品開発が好きなんですね」
好き――なのか?
次期国王として、やるべき事の一つに国の繁栄がある。
新しい物を開発すれば、民の暮らしが豊かになる。
それを輸出すれば、国が潤う。
仕事に好き嫌いは作らないように教育されてきたが……確かに好きなのかも知れない。
何かを作り出すことも、そして、その計画を語り合うことも。
お久しぶりです。
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またコツコツ更新していくので、続きも読んで貰えると嬉しいです。




