第4章-1 十年越しの想い
第四章
一 十年越しの想い
「まぁ! ヴィオったら、隅に置けないませんわ。てっきりロッソ様一筋なのかと思っていましたのに」
「何をどう聞いたらそうなるんだよ!? 大体、一筋って何だよ!? お姫様はそれでいいのかよ?」
――すっかり恒例となった深夜のガールズトーク……じゃなくて、その日の報告会。
といっても、オレが一方的に報告するだけなんだけど。
そもそも、オレはガールじゃないんだけど、見かけはこれ以上無いくらいガールなんだから仕方ない。
お相手は、本来のこの身体の持ち主。
ヴィオーラ姫だ。
絶望のあまり魂が抜けて、そのまま成仏することなく、鏡の中で魂だけとなって暮らしている。
便宜上、魂の姫を『お姫様』、身体の姫……つまりオレのことを『ヴィオ』とお互い呼び合っている。
だってさ、オレの本名を教えるのもなんか変だしね。
元々は城の鏡台だけしか居場所がなかったんだけど、ちょっとずつ魔力が強くなってきたらしく、現在は第一王妃様の形見のコンパクトの中に居る。
だから、端から見るとオレは鏡に向かって激しくツッコミを入れている状態なんだよな。
うん、ヤバすぎる。
エミリィちゃんが宿屋で借りているこの部屋に入ってこないかどうかは注意しておかないとな。
そしてオレは、このお姫様に希望を取り戻すついでに、この身体も取り戻して欲しくて四苦八苦しているのだ。
お姫様が元の身体に戻ってくれれば、オレは今度こそイケメンへの再転生を約束されている。
だけど、お姫様ってばあんまり元の身体に戻ることを真剣に考えてないんだよな。
「私はヴィオが選ぶ道を尊重します。三角関係や四角関係もどんど来て頂いて大丈夫ですわ」
オレが四苦八苦しているのを面白がっている節すらある。
自分の身体だというのに、……解せぬ。
「どんど来ねぇよ! 嫌じゃないのかよ?」
「そりゃあ、ヴィオが本当に嫌いな相手に言い寄られていたら嫌ですよ。……でも、嫌いではないのでしょう?」
「……まぁ、嫌いではないけど、だからってさぁ……オレ、中身は男なんだよ?」
「そうですわね。……元々の貴方にもお目にかかりたかったですわ」
「いや、お姫様周辺の男共に比べると、かなり見劣りするからさ。お見せするほどの者でもないぞ」
どいつもこいつも顔面偏差値が高いんだよ、全く。
「そうなのですか?」
「背も全然高くないし……って言っても、お姫様よりは高いけどさ……そうだなぁ……丁度エミリィちゃんくらいかな?」
ざっと165~170cmって所だな。
女の子なら高い方だけど、男だと平均か、それよりちょっと小さいくらい。
「では、低くもないでしょう」
「もっと高い方が良かったけどな」
「そう言えば、ヴィオの元いた世界は、魔法ではなく科学の世界だったのでしょう?」
「そうだけど……前、チラッと話した事を良く覚えていたな」
「貴方とお話しするのが唯一の楽しみなのですから、当然覚えていますわ。それで、その科学の力で背は伸ばせませんの?」
「あー……どっちかというと、医学の分野かな。手術とかもあるけど、気軽に手を出せる感じじゃないな」
「そうなのですか……。それでは、身長以外の外見は変えられるのですか?」
「ああ、顔も手術である程度変えられるけど、やっぱり気軽に手を出せる感じじゃないな。気軽に変えられるって言ったら、髪の色とかかな?」
「まぁ、そちらの世界でも染髪の文化はあるのですね」
「え? こっちにもあるの? じゃあ、皆のかなりカラフルな髪の毛って染めてるの?」
流石に見慣れてきたけど、最初は色とりどりで驚いたものだ。
「いえいえ、殆どの者が地毛だと思いますわ。勿論、私も。白髪を染める者は居ますが、自分の髪と違う色に染めるのは、旅芸人など特別な仕事に就いている者くらいでしょう」
「へぇ、お洒落染めとは違うんだな。じゃあ、紫に染めちゃうのはありなの?」
「それは禁止されていますわ。この国にとってそれだけ紫は神聖なのです。髪だけではなく、瞳の色も同様ですわ」
「瞳!? カラコンがあるのかよ!?」
「からこん?」
「目に入れられる色の付いた硝子だよ」
「ええ、私は見たことありませんけれど、そういう物もあるようです。とても高級品だと聞いていますわ」
「へぇ。視力も矯正できるのかな?」
「ごめんなさい、そこまでは詳しくなくて……」
ちょっと質問が込み入りすぎたようで、お姫様が困ったように俯いてしまった。
最近では、かなり会話を続けられるようになってきたけど、元々はもの凄く引っ込み思案で口数も少なかったお姫様。
無理させ過ぎちゃったかな?
「だから直ぐに謝らなくて良いってば。あっ、ずっと鏡の中か、宿屋の部屋ばかりだろ? ちょっと外でも覗いてみるか」
「え? 夜のデートですか?」
外の空気を感じられるのが嬉しいのか、俯いていた顔をパッと上げる。
キラキラした瞳が本当に可愛らしい。
同じ外見だけど、男子高校生と本物のお姫様では表情や仕草が雲泥の差なんだよな。
「お姫様と? 楽しそうではあるけど、オレ達が抜け出すと大騒ぎになっちゃうからな。ベランダで我慢してくれよ」
「充分ですわ。いつもは言われるがまま服を着ていましたけど、こういう時にお洒落ってするのでしょうね」
「ん? そのままで充分可愛いじゃん」
「……もぅ、ヴィオったら」
折角顔を上げたお姫様がまた俯いてしまった。
何かマズいこと言っちゃったかな?
「あれ? 顔赤いな。やっぱり外の空気に触れた方が良さそうだな」
まぁ、冷やせば良くなるんじゃないかな?
ガラッと窓を開け、小さなベランダへ出る。
防犯の都合もあって、ベランダからは町並みは見えず、中庭だけが見えるようになっている。
でも、中庭も素敵なんだ。
暗くて見えづらいけど、植物やテーブル、ブランコ、こだわって作られている庭だ。
「あれ? あれは……イメルダさんとパオロさん?」
二階にあるオレたちの部屋の割と近くまで来たので、誰だか分かった。
何か大事な話みたいだし、ここに居ちゃ悪い気もするんだけど、今、部屋に戻る窓の音を出すのも気が引けてしまい、身動きが取れなくなってしまった。
「これ、イザベラからの念写紙よ」
イメルダさんが念写紙をパオロさんに渡す。
昼間、オレが届けた念写紙だ。
イザベラ様とその子供達が楽しそうに料理をしている写真だ。
「……幸せそうで良かった」
「ええ、本当に」
二人の声は少し涙を含んでいる。
「イメルダ。君はイザベラが王宮へ嫁いでから、ずっと申し訳ないって言っていたね」
「ええ、私に遠慮して無理に嫁いだのだと思っていたわ。だから、可愛い子供達に囲まれて、こんな笑顔で……本当に良かった」
「イザベラは君が気に病んでいた事が分かっていたんだろうね。優しい子だから」
「そう、優しいのよ。だから、あの子こそこの宿屋に貴方と残った方が良かったのに……」
「僕はイメルダとだからこの宿屋に残っているんだよ」
「え? でも……十年前に……」
すっかり涙声のイメルダさんの言葉をパオロさんがキッパリ止める。
「うん、十年前に君には振られているね。イザベラが花嫁修業の為に村を出た少し後だったね。でも、僕の気持ちは十年間変わらなかったよ。そして、これからも変わらないよ」
イザベラ様が王宮に来たのは、約六年前って聞いているけど、その前に数年間花嫁修業をしているんだな。
そりゃあそうだよな。
今まで普通に育っていたのに、急に王妃って……と言うことは、今のオレと同じくらいの年で嫁ぐって覚悟を決めたんだな。
「パオロ……」
オレがイザベラ様の決心に思いを馳せている間に、中庭でも話が進んでいた。
「十年前と同じ事しか言えないんだけど、ずっと君の隣にいさせて。これからは夫として」
そう言って、パオロさんが小さな箱をイメルダさんに渡す。
何だろう?
流石に暗くて小さいものはよく見えない。
「えっ……これ、持っていたの?」
「普段は机に仕舞っていたけどね。でも、いつでも手に取れるところに置いていたよ」
「……サイズが変わっていないと良いのだけど」
「それって、つけてくれるって事?」
「わわっ!」
急に二人が抱きしめ合う。
これ以上、ここに居るのは流石にマジで申し訳ない。
丁度少し強い風が吹いたので、その音に紛れて慌てて部屋に戻る。
「あー、ビックリした」
窓を閉めて、カーテンも静かに閉めてそのまま床にへたり込む。
「思いが通じ合って良かったですわね」
「まぁ、それはそうだな。十年越しだって言ってたしな」
きっとずっとお互い好意は持っていたのだろう。
それでも、妹を――幼なじみを――犠牲にして幸せになれない。
そう思っての十年間って、どういうものなのか、オレには想像も出来ない。
そこまで誰かを想うことが出来るというのも、凄いなぁとしか言えない。
「さて、ヴィオはどなたと思いを通じ合うのでしょうね?」
元気になったとは言え、基本、控えめなお姫様がギョッとするような色っぽい微笑みをオレに向けてきた。
「だから、オレは男子高校生なの!! 女の子が好きなの!!」
中庭の幸せな二人の邪魔にならないように、小さな大声でツッコむことにした。




