第3章-31 Interlude(ルーカside)あの日の瞳のままで
第三章
三十一 Interlude(ルーカside)あの日の瞳のままで
あっぶなかったー!
マジでキスしちゃうところだったよ。
何とかすんでの所で堪えたけどさ。
ロッソの為にもあの子の事を見極めようと思っただけなのに、何マジになりそうになってるんだよ。
◆ ◆ ◆
ロッソと出会ったのは五歳の頃だった。
僕のこの顔は母親似だったので、母親も所謂整った容姿だった。
それだけが原因じゃ無いと思うけど、ロッソと出会う少し前に三人目の父親と別れた所だった。
当然、本当の父親ではない。
それに、僕が物心ついてからのカウントだから、三人目ですらないのかも知れない。
本当の父親は顔も名前も分からない。
その年は冬の訪れが早く、途方に暮れていたら、レオーネ伯爵夫人――ロッソのお母様が助けてくれたのだ。
「私たちもずっと母子二人なのよ。ロッソは人見知りで大人しいし、仲良くしてくれると嬉しいわ」
奥様とロッソはあまり似ていなかったが、仲が良い母子だった。
レオーネ伯爵夫人と呼ばれていたが、レオーネ伯爵はおらず、奥様が女主人だった。
僕の母は住み込みのメイドとして雇って貰えることになった。
「僕、ルーカ。よろしく」
母親の都合で各地を転々としていたので、新しいところには慣れっこ。
とにかく、元気よく挨拶しておけば大体上手くいく。
五歳にしてすっかり可愛げがない考え方になっていた。
「……よろしく」
対して、田舎の大きな屋敷で育ったロッソは、もの凄く内気な子供だった。
奥様のスカートの後ろに隠れる姿を見て、心の中で嘆息。
ああ、そうやって甘えてれば許して貰える訳ね。
正直、苦手なタイプだった。
伯爵家の跡取りとメイドの息子。
本来なら口をきくのも難しい間柄だと思うのだが、
「屋敷に出入りする者の中で年の近い子供もいないし、一緒に遊んで貰えるかしら?」
と、奥様たってのご希望だったので、僕はロッソと遊ぶのが仕事になった。
今にして思えば、奥様も色々と難しい立場で、貴族社会の中でロッソの遊び相手を見つけるのは大変だったのだろう。
「ロッソ様―! 早く上ってきてくださいよ~」
「待って、無理だよぉ」
田舎だったことも有り、屋敷の庭は広大だった。
木登りやかくれんぼや釣りなど、遊びには事欠かなかったけど、肝心のロッソがとにかく鈍くさかった。
木は上れない、かくれんぼで迷子になる、釣りをすれば溺れかける。
半べそをかくロッソの手を取り屋敷に戻るのが日課になっていた。
「ぼくは屋敷で本を読んだり、ピアノを弾く方が好きなんだよ。……絵も描きたいし」
「そんなこと言われても……奥様になるべく外で遊びなさいって言われてるんですから、そういうのは雨の日にしましょうよ」
「ルーカ、ピアノとか弾けるの?」
「弾けないけど、ロッソ様の演奏を聴くのは好きですよ」
演奏を楽しむなんて生活とは縁遠かった僕だけど、ロッソに付き合うの中でそういう物が楽しかったり、美しいと言うことがちょっとだけ分かるようになってきた。
「ルーカ……」
奥様の希望に添って行動していたんだけど、出自の怪しい僕がロッソを連れ回すのを快く思わない使用人達も居た。
優しくしてくれる人とそうでない人と半々くらい。
それでも今までの暮らしに比べたら随分マシだった。
「母さん、今日は珍しい虫が捕れたんだよ。でも、ロッソ様がかわいそうだっていって逃がしちゃったんだー」
母親と話せるのは就寝前の僅かな時間だけだった。
でも、その短い時間でなるべく母親に笑って欲しくて、いつも夕食の時間から何を話そうかばかり考えていた。
「そう……良かったわね。母さん、少し喉が渇いたからキッチンへ行ってくるわ。あなたは先に寝ていなさいな」
「……あっ……うん」
屋敷へ来て半年が経った頃から、母親が一緒に眠ってくれないことが増えた。
一人で寝ることには慣れていた。
だって、今までお父さんが居るときはずっとそうだったから。
また、新しいお父さんが出来るのかな……。
今度はお母さんや僕をいじめない人だと良いんだけど……。
――ある晩、その日も母は一緒に寝てくれなかった。
その頻度が増えていて、寂しさより諦めの気持ちが強くなりかけていた頃だった。
すっかり夜も更けて、五歳の子供だったらまず目を覚まさない時間だったが、気配を感じて薄らと目を開けると、母が立っていた。
「ルーカ、ゴメンね」
僕の額にキスをすると母は部屋を出てしまった。
半分寝ぼけていた僕は、気のせいかと思い、そのままもう一度眠りに落ち――
――目を覚ますと母は消えていた。
若い庭師と、奥様のネックレスと共に。
「だから、あんな怪しい女を雇うのは反対だったんですよ!」
「ネックレス以外にも何か盗まれていないか屋敷中調べないと!」
「それよりまず、この薄汚い盗人の子供を放り出さないと」
当然と言えば当然、使用人達の怒りの矛先は残された僕に向かう。
「痛っ!」
首根っこを掴まれ、散々殴られる。
吹っ飛ばされても、また持ち上げられて殴られる。
いつもは良くしてくれていた使用人達は、暴力には加わらないけど、遠巻きに様子を見るだけ。
手を出してきている者達の方が長く勤めている奴ら中心だったから、仕方ないか。
いっその事、意識を手放した方が楽になれるかなと諦めかけたその時――
「やめろ!!」
――僕と殴りかかる使用人の間に割り込んできたのは……
「ロッソ様!?」
――ボコッ!
「わっ、坊ちゃま!」
ロッソだった。
使用人は振り上げた拳はスピードを落としきれず、ロッソの頬を直撃した。
うわぁ、絶対泣くよ。
割り込まれた拍子に床に投げ捨てられた僕は、失いそうな意識の中でロッソの顔を覗き込む。
――泣いてない?
虫が顔に留まっただけで泣きべそをかいていたロッソが、大人の力で殴られたというのに、涙を見せずに堂々と使用人達に向き直る。
「何故ルーカを殴る?」
その声にいつもの弱々しさは全くない。
「だって、こいつの母親が奥様のネックレスを盗んで、庭師と出で行ってしまったんですよ!」
「こいつだって何をしでかすか分からないです!」
「坊ちゃま、その盗人の子供から離れてください」
「だから何だと言うんだ!! 母親が盗人だろうがルーカには関係ないだろう!」
「ですが……」
「ルーカは僕の友達だ! 手を出すなら、まず僕にかかってこい!」
「ロッソ様……」
ロッソの身を挺した行動が効いたのか、僕は教会に預けられるという話も出たが、屋敷に残れることになった。
「ロッソ様、ありがとうございます」
「僕たちは友達だから、これからは様も敬語も要らないよ」
「うん、ロッソ。今度は僕がロッソを助けるよ!」
◆ ◆ ◆
そして、田舎を出て士官学校に入る頃にはロッソは幼い頃の弱々しさもすっかりなりを潜め、限りなく今の性格に近づいていた。
背も伸び、外見も成績も抜群、しかも伯爵家の跡取りだし、ロッソの周りにはあっという間に女性の影が出来はじめた。
女性は美しいけど、怖い。
ロッソ目当てで集まる女性達に片っ端から接触した。
幸い、僕も外見だけは良い。
あの母親には苦労させられたけど、この外見がロッソの役に立つなら有り難い。
ロッソを利用して成り上がろうとしたり、楽に安定しようとしたりする女性達を片付けるうちに、ロッソには堅物という評判がつき、僕はとんでもない女好きという事になっていた。
まぁ、半分くらい正解なんだけどさ。
女の子は好きだけど、怖いし、ちょっと苦手。
だったのに、よりによってロッソの婚約者候補にドキッとしてどうするんだよ!
「はっ!? ロッソ、婚約するの?」
士官学校も卒業して、無事に騎士団として軌道に乗っていた頃、急にロッソが真面目な顔で予想外のことを口にした。
「ああ、多分、直ぐに相手から断られるだろうけどな」
「じゃあ、なんでわざわざアメジスト王国なんて……帝国内で有力な令嬢とか探した方が良いんじゃないの?」
「その割にお前は彼方此方手を出しまくりじゃないか。まぁ、そもそもこの帝国内で甘んじているお嬢様には興味ない」
「でも、その子、お姫様なんでしょ? その辺のご令嬢より更にお淑やかなんじゃない?」
「まぁ、そうしたら、こちらから断っても良いしな」
「だから、そんなに乗り気じゃないのに、どうして……」
「あのクソジジイの側室にって話が出てる。まだ十六歳だというのに気の毒すぎるだろう。俺が正妻にしたいと申し出れば、流石に邪魔してこないだろうし、その後、婚約話が流れても、俺との話があったお姫様をもう一度側室にする話は出ないだろう」
帝国では……と言うか、この辺の国では身分の高い男性が複数の妻を娶るのは珍しくない。
とは言え、他国の王族を正室ではなく側室というのは珍しいと思うけど。
「成程ね。……あっ、ビャンコ……じゃなかったネーロ王子の妹か」
話しながら、士官学校時代の友人の顔を思い出す。
ビャンコは偽名。
本名はネーロ=オリジネ=アメジスト、隣国アメジスト王国の第一王子だ。
お忍びで留学してきていた割に、監督生になったり目立っていた面白い堅物だ。
自身が難しい立場と言うこともあったのだろうか、色々と難しい立場のロッソや、平民なのに士官学校に入った僕らにも変な遠慮をせずにガンガン文句を言ったり、ライバル視してきていた。
あっちは認めないと思うけど、僕は三人で学生時代仲良くしてきたと思っている。
多分、ロッソも認めないだろうけど。
「ネーロ王子のことは関係ない」
でも、ちょっとは認めているのかな。
友達の妹のピンチに立ち上がった訳ね。
まぁ、直ぐに断る話だって言うし、久しぶりにネーロ王子に会ってプチ同窓会でもしますか。
って、そんな軽い気持ちでアメジスト王国入りしたのに、ヴィオちゃんは予想外に面白いお姫様だった。
あのロッソにタメ口をきき、城から抜け出し、何かブラジャーとか言う動きやすい下着を発明したり、とにかく全然お姫様らしくない。
強面だし、色々難しい立場のロッソは帝国では令嬢達の憧れの対象ではあったが、面と向かって関わってくる強者は居なくなっていた。
ヴィオちゃんはまだまだ子供っぽいし、ロッソだって女性として惹かれている訳では無いと思うけど、気に入っているのは伝わってきた。
いや、女性として気に入っているのかも知れない。
じゃなきゃ、あんなにキスしたりしないよな。
だって、ロッソが僕の目の前で女の子とキスするなんて今まで見たことないもん。
逆はあるけどさ。
僕も数ヶ月の付き合いで、ヴィオちゃんがちょっと突拍子ないところはあるけど、良い子だって事は分かっていたんだよ。
だから、弁えて関わっていたし、絡むときだって僕的にはジョークの範囲だったんだけど……。
かわいい顔を気にせず歪めて食べ歩きする無邪気な姿。
迷子と一生懸命遊ぶ様子。
それに――
――自分の瞳と同じ色の贈り物は狡いって。
短めだったことも有り、首では無くベルトに縛り付けたその菫色のスカーフにそっと触れる。
多分、ヴィオちゃんに深い意味は無いんだと思う。
だから、尚更タチが悪い。
しかも、僕のあげた翡翠色のストールに包まる姿が可愛すぎて……。
「ヴィオーラ、ルーカ、帰ったのか。遅かったな」
宿屋に戻ると、丁度ロッソが入り口近くを歩いていた。
様子からして、とっくに会議は終わったようだ。
そりゃあそうか、ホントはこんなに遅くなる予定じゃ無かったしな。
「あっ、ああ。ちょっと寄り道しすぎちゃって。私、着替えてくるね」
宿屋を抜け出していたのが気まずいのか、ヴィオちゃんは近くを通ったエミリィちゃんと慌てた様子で部屋へ戻ってしまった。
ロッソはそんなヴィオちゃんの姿……翡翠色のストールと僕の腰のスカーフに目を向ける。
あっ……、そのままにしちゃってた。
マズいかなと思ったら、ロッソがクスリと微笑んだ。
「お前が俺に対抗してくるのは初めてだな。士官学校でもいつも手を抜いていただろう。本気でかかってこい!」
全く、その真っ直ぐな瞳は五歳のあの日から変わらないんだな。
だから、お前には敵う気がしないんだよ。
頑張るけど。
ブックマークや感想、評価など、とっても嬉しいです。
凄く更新の励みになっています。
長かった3章もようやく終わりまで書けました。
ここまで、如何でしたでしょうか?
次回から4章に入ります。
またコツコツ更新していくので、続きも読んで貰えると嬉しいです。




