第3章-27 鉄壁のスカートを目指して
第三章
二十七 鉄壁のスカートを目指して
「ドウシタノ? チュースルノ?」
「しねーよ!」
ルーカの身体をガバッと離し、思わず大声を上げてしまう。
アメジスト語で言っても通じなさそうだから、帝国語で答える。
この身体の持ち主であるお姫様が語学の勉強をしっかりやってくれていたから、本当に助かるよ。
今夜、ミーティングをするときに、改めてお礼を伝えておこう。
「そうだよ。ストールのボタンを留めてあげようとしてたんだよ」
オレとは対照的に落ち着いた声でルーカが続ける。
こちらも勿論帝国語。
流石、帝国人だけあって慣れた物だ。
っつーか、そっちが母国語なんだもんね。
そう考えると、普段、アメジスト語を難なく扱っているルーカもロッソも凄いよな。
元々のオレだったら、英語で道を聞かれたら四苦八苦で答えられるかどうかって感じだよ。
因みに、目の前の男の子の帝国語は訛りが強いので、ちょっと聞き取りづらい。
しかも五歳くらいの子供だから、まだ喋りもハッキリしないしね。
と言うか……そっか、ボタンを留めてくれようとしていたのか。
何か、やたらと距離が近くなるし、ちょっと変な雰囲気になった気がするけど、思い違いだったんだな。
でも、ちょっと意外だな。
いつものルーカなら、例え本当はボタンを留めるだけだったとしても、
「僕はチューしたかったどね」
くらいの軽口は呼吸をするが如く出そうだったんだけど……。
今日は普通に答えるんだな。
もしかして、子供相手だからその辺のコンプライアンスを強化させているのかな?
「僕ノ、パパト ママハ イツモシテルヨ」
「それは夫婦だからだろ! ってか、そのパパとママはどこに行ったんだよ?」
珍しくルーカのコンプライアンスがしっかりしているのに、男の子の方はお構いなしだな。
しかも、軽く見回した所、それらしい姿は見えない。
「コッチダヨ」
踵を返し、男の子が走り出す。
「あっ、ちょっと!」
「ヴィオちゃん、こっち」
まだ小さいし、直ぐに人混みに紛れそうなので、慌てて追いかける。
と言っても、オレ自身も子供ほどじゃなくてもかなり小柄なので、はぐれるのを心配したのか、ルーカに手を引かれて走る。
「あれ? ここは公園?」
人混みをかき分けて、どうにか辿り着いたのは、広場の南側にある公園だった。
最初に串焼きを買った場所の割と近く。
公園はそこそこ広いが、遊具は豊富ではない。
木に括られたブランコと、滑り台代わりの小山、後は砂場くらいかな?
小山の麓には無造作にボロボロの板が重なっていて、子供達はそれをソリ代わりに小山を滑って遊んでいる。
木が沢山植えられていて、ベンチも沢山有るので、どちらかというと遊ぶと言うより、市場で買った物を食べる場所という意味合いが強そうな公園だ。
「アレ乗ル」
ただ、子供はやっぱり遊びたいんだろうな。
オレたちが付いてきたのを確認すると、今度はブランコの方へ駆け出す。
ってかさ、歩けばよくない?
どうして子供って基本ダッシュなの?
まぁ、オレも小学生くらいまではそんな感じだったけどさ。
「ちゃんとロープを掴むんだよ」
まだ夕方とは言わないけれど、すっかり午後なので、遊具付近は割と空いていて、ブランコはラッキーなことに誰も乗っていなかった。
「オ姉チャンモ乗ロウ」
ブランコは二つだったので、男の子が誘ってくる。
両親の姿がないのは気になったが、ここで遊んでいるように言われて居るのだろうか?
言葉も通じない場所で一人置いておくわけにも行かないし、お家の人が来るまで遊んであげることにしようかな。
っつーか、実はブランコ乗るの久しぶりだけど、子供の頃はめっちゃ好きだったんだよなぁ。
「じゃあ、乗っちゃこうかなぁ」
立ち漕ぎで一回転するんじゃないかってくらい漕いでたなぁ。
よっしゃ、子供に面白い物を見せてやるかな。
なーんて、心の中で腕まくりをしたというのに――
「乗る時、スカートを足の間に挟んで」
――本物の腕をルーカに掴まれる。
「え?」
「スカート、気をつけて」
聞き返すと、珍しくちょっと不機嫌そうな顔でもう一度注意される。
何だよ、いつもニヤニヤしてるくせに。
と言うか、スカートなんて捲れたらラッキーだって思っているクチじゃないのかよ?
マジで調子狂うな。
「分かったよ」
まぁ、乗るなとは言われてないし、これ以上不機嫌になられても困るので、大人しく言うことを聞いて、スカートを足で挟んでフワッと捲れないように気をつけながらブランコを漕ぎ始める。
立ち漕ぎが出来ないのは残念だけど、座っていても久しぶりだと中々面白い。
自分自身が振り子になったような感覚。
本当は学校とかで、ブランコに乗りながらこの辺の勉強をした方がイメージしやすいんじゃないかな?
数式を見れば全部分かるって言う、センスのあるタイプではなかったから、ついついそんなことを考えてしまう。
「オ姉チャン、次ハ コッチ」
続いて小山に誘われる。
今度はルーカに言われる前に、スカートに気をつけて滑るようにする。
キュロット履いてくれば良かったな。
第一王子ネーロやエミリィちゃんにもっと沢山作って貰って、国内に流通させたいなぁ。
需要、あると思うんだよなぁ。
◆ ◆ ◆
「ってかさ、親、遅くない?」
ブランコ、小山、砂場とローテーションしながら暫く遊んでいたというのに、いつまで経っても男の子の両親が迎えに来ない。
空の端っこが赤く色づき始める。
いつの間にか遊具から他の子供達は居なくなっていた。
「遊ボ 遊ボ」
「ねぇ、君さぁ、ここでお父さんとお母さんに待っているように言われてるの?」
「エ?」
今までオレと男の子が遊ぶのを見守っていたルーカが、男の子に問いかける。
「あの、多分、ルーカが大きいから、立ったまま聞くと答えづらいかもよ?」
男の子が戸惑った様子なので、つい口を挟んでしまう。
オレよりよっぽどコミュ力がありそうだけど、もしかして子供は苦手なのかな?
正直、一緒に遊んでくれるのかと思っていたんだけど……。
オレはまだ遊べば結構楽しいけど、五歳上で、もう二十歳を超えている大人だと楽しめないのかな?
「あっ……そっかぁ。よいしょっと、君、名前は?」
ルーカが子供と目線を合わせると、男の子がおずおずと口を開く。
「ピエトロ」
「ピエトロね。ピエトロは何歳なの?」
「五歳デス」
やっぱり五歳だったか。
「ピエトロはお父さんやお母さんに、ここで遊んでいなさいって言われてるの?」
ふるふる。
え?
首振ってるんだけど、どういう事?
「じゃあ、お父さんやお母さんがいつの間にか居なくなったの?」
コクコク。
は?
それって……
どうやら、ルーカもオレと同じ結論を出したようだ。
困ったと言わんばかりの表情でこちらに目を向ける。
「ヴィオちゃん、この子、迷子だ」
ですよねー。
っつーか、どうするんだよ、この子!?




