第3章-26 瞳の色の贈り物
第三章
二十六 瞳の色の贈り物
「まず、この銅貨が100イェン、銀貨は1,000イェン、そして金貨が10,000イェンだよ。それと、それより小さい金額はこの鉄製の硬貨だね。金額が刻まれているでしょ?」
「ホントだ。1イェン、10イェンってそれぞれ刻まれてるね」
お金を広げるので、ちょっと人目に付かない場所で1本60イェンの串焼きを頬張りながら、ルーカの説明に耳を傾ける。
鉄製の硬貨は偽造防止のためなのか、数字だけではなく模様も刻まれている。
結構立派な串焼きの割に60イェンと言う金額なので、元の世界よりは物価が安いのかな?
っつーか、円とイェンで名前こそ似ているけど、そもそもの貨幣価値が違うのかも知れないけどね。
「ただ、金貨はこういう場所では滅多に使わないね」
「そうなの?」
「まぁ、都市部だとまた違うけど、田舎だったら金貨二、三枚で一ヶ月生活出来ちゃうからね」
あ~、じゃあ1イェン=10円くらいのイメージなのかな?
ザックリ考えてだけど。
「そっかぁ。じゃあ、ベージュ兄様がタシャとトマスの村で村長さんに渡したお金は結構大金だったんだね」
別れ際、袋に入っていたからお金の種類は見えなかったけど、立場的に考えて金貨だろうし、見ただけでも結構なズッシリ感があった。
「城から改めて使者も出さず、その場でポンと渡していた感じからして、第二王子のポケットマネーやそれに類するものだろうね」
「へぇ、そういうもんなのか」
「まぁ、多分だけどね。で、ヴィオちゃんはお金のことが少し分かったかな?」
「うっ。 ルーカ、何か誤解されている気がするんだけど、私は買い物するときにお金が必要なことは知っているんだってば!」
「でも、イェンってお金の単位も知らなかったじゃないかぁ」
「そっ……そうだけど」
「ヴィオちゃん。誰でも知らないことはあるから、大丈夫だよ?」
うぅぅ。
ルーカの優しさが辛い。
でも、確かにこの世界のお金のことは知らなかったわけだし、もう少し素直に教えを請うことにしよう。
聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥って言うしね。
「ルーカ、私にこの国のお金のことをもっと教えてください!」
「何々? 急に改まっちゃって。……じゃあ、500イェンお小遣いであげるよ」
ルーカが並べた硬貨から銅貨と鉄製の硬貨を数枚掴んで、小袋に入れるとオレに手渡してきた。
「はっ!? 流石に申し訳ないよ!」
ザックリ計算だけど、五千円くらいのお小遣いを貰っちゃうって事だろ?
「いや、こう見えても僕、帝国第一騎士団副長なんだよ? まぁまぁ稼いでるから大丈夫だよ」
「でも……お小遣いって……」
中々受け取らないオレの手を掴み、やや強引に硬貨の入った袋を握らせる。
「あのね、本当は全部奢ってあげたいけど、それじゃあ金銭のことが分からないでしょ? だから、そのお小遣いで勉強しなよ。ちょっとデートっぽくは無くなっちゃうけどね」
「ルーカ、恩に着るよ」
「何それ? もうちょっと可愛い言い回し無いわけ?」
軽口を叩くルーカは面白そうに微笑んでいる。
だって、本当にそういう気持ちなんだから、しょうが無いじゃないか。
それに、元々男なんだから、そんな可愛い言い回しなんてインプットされてないんだよ。
◆ ◆ ◆
「肉まんじゅう一つください!」
「あいよ! 50イェンだよ」
「はい」
本当はルーカの分も買おうと思ったんだけど、
「二つずつ買うと直ぐに使い切っちゃうだろうから、自分の分だけ買いな。僕は僕で買うからさ」
と、言われてしまったのだ。
確かに、この市場は色んなものが売っているし、あっという間に使い切ってしまうかも知れない。
肉とかご飯系だけじゃなくて、おやつも美味い!
そりゃあ、味だけなら城で出てくるデザートの方が美味しいかも知れないけど、こうやって外で、自分で選んで歩きながら行儀悪く食べるのがサイコーなんだよ!
お姫様なんだから恵まれては居るけど、不便な暮らしをしてみて初めて、自由って大切なんだなぁ……って分かった気がする。
自分のことを自分で決めるって、面倒だと感じることもあったけど、凄く価値のあることだったんだなぁ。
……な~んて、しんみりしている場合じゃない。
折角の自由時間、満喫しないとね。
それにしても、今日一緒なのがルーカでラッキーだったかも。
ちょっとチャラいけど、一番敬語を気にせずに喋れるから高校生だった自分に戻れた気持ちになる。
まぁ、ちょっと年上だけどさ。
ロッソに対してもそんなに緊張しないけど、あいつ、威圧感あるし、こういう市場で買い物すると目立ちそうだしな。
ベージュとは恐ろしくて二人きりで買い物なんて考えられないし。
興奮して吹き出す鼻血で池が出来そうだ。
エミリィちゃんは……きっと歩き食いを許してくれなそうだしなぁ。
そう考えると、こうして細かいことも注意せず、オレが好きに買い食いできるようにさり気なく見守ってくれているルーカに感謝だな。
「……う~ん、あと250イェンか」
「ヴィオちゃん、どうしたの?」
立ち止まって財布代わりの小袋を覗き込むオレに、ルーカがちょっと心配そうに目を向ける。
「いや、何でも無いんだ! あのさ、ちょっとゆっくり選びたい物があるから、あっちで座って待っていてくれる?」
丁度ベンチが空いていたので、そちらを指差す。
「え? 僕も一緒に行くよ」
「良いから! ちょっと休んでいて!」
言いながら雑貨エリアに小走りで移動する。
市場は別に線引きされているわけではないけれど、何となくジャンル別に別れているようだ。
食べ物エリアや、生活雑貨エリアは家族連れや一人で来ている者が多いが、お洒落な雑貨エリアになると、友達同士や恋人同士が急に増える印象だ。
一人だと、ちょっと目立つかも。
少し歩くと、落ち着いたデザインの小物店が目に入った。
「わぁ! 素敵なマント!」
最初に目に入ったのは、紫に染め上げられた厚手のマント。
よく見ると、細かい意匠が施されている。
「あら、お嬢さんお目が高いわね。それは西部名産の絹で作られている逸品ですよ」
小物店だけあって、お洒落に服を着こなす女性店主が声をかけてくる。
「そうなんだ。これ、ルーカへのお礼に丁度良いか……げっ!」
何かゼロが沢山並んでるんだけど。
12,000イェン!?
おいおい、こういう市場では金貨の出番は無かったんじゃないの?
これは無理だ。
気を取り直して、他の品も物色するが、あそこまで高いものは無いけど……足りないな。
他の店を探した方が良いのかも知れないけど、この店の品物、素敵なんだよなぁ。
「この辺のものはお値打ち品ですよ」
オレのお財布事情を察してくれた店主が、店の片隅にあるスカーフコーナーを指差す。
大きなスカーフは高いけど、小さめのスカーフは中々の値段だ。
物によっては、250イェンでも買えそうだ。
「あっ! このスカーフ、凄く良い!」
他のスカーフに紛れて押し込まれていた一枚のスカーフが目に入る。
広げてみると綺麗な紫色。
シンプルな模様が端っこに施されている。
別にオレ自身はもの凄い紫押しな訳じゃないんだけど、折角アメジスト王国という紫に特別な意味を持っている場所に来たなら、お礼はそういう物が良いんじゃ無いかと思うんだよね。
「でも、280イェンか……」
残念、少し足りない。
だけど、250イェン以内でしっくりくる物も無いし……残念だけど、別の店を探すかな。
ああ、このスカーフ、マジで良いんだけどな。
「お嬢さん、手持ちはいくらなの?」
「え?」
突然の女性店主の問いかけに驚くと、店主がニヤッと微笑む。
「あのイケメンさんへのプレゼントなんでしょ?」
「あぁ! ルーカ!」
店主が視線を送った先には、こちらの様子を心配そうに窺うルーカの姿。
帽子は少し深く被っているけれど、それだけじゃあ、あの容姿は隠しきれないんだな。
「ほら、こっちに向かってきちゃうわよ」
「えっ、手持ちは250イェンです」
「分かったわ。じゃあ、250イェンで良いわよ」
「良いんですか!?」
「普段はお値打ち品の値引きはしないんだけど、一生懸命プレゼントを選ぶ貴女を応援したくなったのよ」
「そんな……ありがとうございます」
何かちょっと勘違いされている気がしないでもないけど、まぁ一生懸命プレゼントを選んでいたことに間違いはない。
小袋から残っている250イェンを出し、店主へ手渡す。
「はい、確かに250イェン受け取りました。では、こちらをどうぞ」
「ありがとうございます!」
スカーフを受け取り、ルーカへ駆け寄る。
「もぅ、ヴィオちゃん。急に走り出したら心配するよ」
「ゴメンゴメン。ルーカにこれを選んでいたんだ」
「僕に?」
買ったばかりのスカーフを差し出すと、ルーカが目を丸くする。
「うん、今日付き合ってくれたお礼。……って言っても、ルーカから貰ったお小遣いで買ったから、何か変な感じだけど」
「ううん、そんなことないよ。でも、もっと食べたかったんじゃないの?」
「そりゃあ、まぁ……。でも、お礼したい気持ちの方が大きかったからさ。……気に入らなかった?」
「いや、良いセンスだよ。ありがとう。でも、自分の瞳と同じ色のスカーフを送るって……」
「え? もしかして、縁起が悪かったり……ハックション」
天気は良いんだけど、風が冷たくてくしゃみが出てしまった。
やっぱり、この辺は北部地方だし、王都とは気候が違うんだな。
「ああ、ヴィオちゃんはこっちの気候にまだ慣れないよね。……ちょっと待ってて」
そう言うと、さっきオレが買い物をした店へ足早に行ってしまった。
店主と少し話してから、何かを抱えてこちらへ戻ってくる。
「はい、これ羽織っていて」
「へっ!?」
フワッと頭からかけられたのは細い毛糸で編まれたストール。
色は綺麗な翡翠色。
「素敵なスカーフのお礼」
「え!? だって、そもそもオレがお礼したのに……」
「あと、風邪を引かれたら困るって言ったら受け取ってくれる?」
宝石みたいな翡翠色の瞳に覗き込まれると、色々言いたいことがあるのに、上手く言葉が出なくなる。
ストール越しに頭を撫でられ、それから頬に触れられる。
ああ、このストール、ルーカの瞳の色と同じなのか。
距離が限りなく近くなりそうになった時……
「アー!! マタ変ナコトシテル!」
こちらを指差して大声を上げた幼子。
「「げっ、さっきの子供」」
出かけに大木の所でもこちらを指差してきた、帝国人の男の子だった。




