第3章-17 遠慮するなよ、らしくない
第三章
十七 遠慮するなよ、らしくない
「この位捕れれば十分でしょうか?」
「ぎょっ、御意」
「もうヴィオ様、そんなに怖がらないでください」
魚で一杯になったバケツを持ち上げながら、エミリィちゃんがため息を吐く。
うぅぅ、女の子に対してそんなにビビったら失礼だとは思うんだけど、でもさ、ビックリしたもんはしょうが無いって。
だってさ、オレ、今まで一六年間平和な国で平凡に生きてきた訳よ。
ただの普通の男子高校生な訳よ。
それが、目の前で投げナイフですよ?
しかも、めっちゃ上手いの。
ビビるでしょ?
ビビるしか無いでしょ?
「怖いって言うより、ビックリしただけだから、気にしないで」
「そんなに目を泳がせて言われたら、気になります。はぁぁ、とにかくあまり遅くなると皆さんお腹が減ってしまいますし、作りましょう。この魚で大丈夫でしょうか?」
「おっ、確かにウカウカしていると夜になっちゃうな。で、私は泳いでいる魚にはあまり詳しくないんだけど、これはなんと言う種類なの?」
城では調理後の姿しか見ていないし、この魚は鮭にかなり似ているけど、迂闊なことを口走る前に知識のある人に聞いた方が得策だろう。
「これはシャッケーという川魚ですよ」
「あっ、鮭なの?」
「いえ、シャッケーです。ピンク色の身で、よくムニエルにされていますよ」
やっぱ、鮭だよな。
微妙に発音は違うけど、多分、同じ物なんだろう。
それにしても、鮭ってピンク色の身だから赤身だと思っちゃうけど、実は白身なんだよね。
しかも、海を泳ぐイメージが強いんだけど、海水にも対応できる川魚。
もう何でもありって感じだよな。
まぁ、美味いから良いんだけどさ。
って、我ながらどんだけ鮭のこと考えちゃってるんだよ?
ホントはお刺身も大好きなんだけど、今回作るのはおにぎり。
「じゃあ、かまどの所に戻って、塩焼きにするよ」
かまどに戻ると、お米はエミリィちゃんがしっかり見てくれていたお陰で、よく炊けていた。
鍋をかまどから下ろし、代わりに串刺しにした魚を焼き始める。
かまどからは皆の橋工事がよく見える。
暗くなってきたけど、テキパキと作業が進んでいる。
もう岩を拾い集めるのは終わったらしく、削り直した岩を橋にセットする作業に入っている。
自分の村へ帰るための橋を直すタシャ、トマス兄弟が真剣なのは勿論、岩の形状を見て何やら計算し直すベージュ、いつも飄々としているルーカも綺麗な顔を泥だらけにしている。
それに、普段はふんぞり返っているロッソも……。
文化祭のアーチ作りを思い出すな。
自分もあの中に入りたかったなぁ……という気持ちもあるけど、文化祭の時だって直接アーチを作るわけじゃ無くても、材料を発注したり、申請を出したり、救護係をしたり、色んな仕事をしてくれていた人たちがいたんだろうなぁ……と思いを馳せてしまう。
今回はオレが縁の下の力持ちになってやろうじゃ無いか。
程なくして魚が焼き上がったので、解してやっとおにぎり作りだ。
「エミリィ、まず手にこうやって塩をつけて、お米の中に魚を入れて三角に握ってみて」
一つお手本を作りながら、エミリィちゃんに説明する。
海苔があれば俵型も食べやすくて良かったんだけど、贅沢は言っていられない。
海苔なしなら、三角の方が食べやすいだろう。
それにしても、少し冷ましたとは言え、直接お米を手に乗せると熱いのな。
元の世界では基本的にサランラップで包んで作っていたんだけど、誰か発明してくれないかな?
「ヴィオ様、この様な形で如何でしょうか?」
エミリィちゃんが出来上がったおにぎりを見せてくれる。
「うっ、美しい!」
流石、器用なだけある。
オレより綺麗な三角おにぎりだ。
ちょっとやるせないけど、急いで沢山作らないと!
「「出来たー!」」
暫く二人でおにぎりを握りまくり、どうにかかまどのお米が空になるまで握り終わる。
火傷にはなっていないけど、掌は熱いし、握りすぎて痛い。
普段使っていない筋肉を使ったのかも。
「じゃあ、おにぎり配って良いか訊いてくるね!」
エミリィちゃんが片付けを引き受けてくれたので、オレが皆の方へおにぎりを持って行く。
誰に訊こうか一瞬迷ってしまう。
ロッソに話しかけるのはなぁ……さっき、手を振り払った手前、気まずいし。
ベージュは計算で忙しそうだし、王国騎士団長は岩削りでそれどころでは無さそうだし……。
「ルーカ、そろそろ休憩って取れそう?」
忙しそうだけど、話しかけやすいルーカの所へ行ってしまう。
「わっ、ヴィオちゃん何それ? 良い匂い~」
「おにぎりって言うんだ。手づかみで食べられるから忙しいときにピッタリかと思って」
「皆も疲れが出てきている頃だし、手を洗って休憩が良さそうだね」
ルーカが手をひらひらとさせる。
しなやかで長い指も、普段は綺麗に手入れされている爪も、今は真っ黒。
ちゃんと岩を運べる力があったって、大変な作業なんだよな。
ルーカが皆に声をかけてくれたので、直ぐに休憩時間となった。
最初はおにぎりを持ってきたオレに気を遣ってくれたのかと思ったけど、皆の疲れた様子を見て、休憩のタイミングとして本当に丁度良かったみたいだ。
エミリィちゃんも片付けが終わって、合流したので、二人でおにぎりを配る。
「はい、ベージュお兄様、お疲れ様」
「わぁぁ、ヴィオー! ボクの為にこんな斬新な料理を作ってくれたのかい? うっ、うっ、美味いぞ~~~~!!!」
「よっ、喜んで頂けて良かったです」
何か一瞬、変態兄貴が、グルメアニメのグルメキングみたいに見えたけど、気のせいだよな?
龍とかに乗って無いよな?
「ルーカもお疲れ様。良かったら食べてみて」
「へぇ、塩がきいていて美味しいね。シャッケーが入ってるの?」
「うん。本当は中の具は割と自由なんだけど、今回はベーシックに作ってみたんだ」
オレの一押しはやっぱりツナマヨかな?
いくらも捨てがたいけど。
「そうなんだ。味も勿論美味しいんだけど、可愛い娘から手渡しされるのはまた格別だね」
ちょっとくらい顔が汚れていても、文句なく整った顔でウィンクされる。
似合いすぎていて逆に面白くなってしまう。
「全く、ルーカったら。私じゃなかったら目をハートにして倒れちゃってたよ」
「えー、ヴィオちゃんは倒れてくれないの?」
「お断りです」
自分、男子高校生ですから。
エミリィちゃんがウィンクしてくれたら、キャッキャしちゃうかも知れないけどさ。
あっ、いや、どうかな?
ナイフを構えた格好いい姿が浮かんでしまい、素直にキャッキャ出来ないなぁ。
「ヴィオちゃんったら、連れないなぁ。でも、仕方ないか。ほら、持って行かないの?」
ルーカが敢えて主語を抜いて、目線を送った先に居るのは――
「レオーネ様に?」
――少し離れたところで、ドカッと腰を下ろしているロッソ。
「そうだよ。仮にも婚約者候補な訳だし、持って行ってあげたら?」
戸惑いを隠せないオレの顔をルーカが覗き込む。
「いや、でも。私、さっき変な態度取っちゃったから、エミリィちゃんに持って行って貰った方が……」
「あのさ、この橋なんでこんなに急いで直していると思う?」
「え? タシャとトマスを早く村に帰してあげたいからじゃ無いの?」
「勿論それもあるけどさ、ああ見えて、ロッソは結構お人好しだしね。けど、それだけだったらもうちょっとゆっくり直すよ」
「じゃあ、どうして……?」
「ヴィオちゃんにしっかりベッドで眠って欲しいからだよ。だから、ロッソは回り道の話が出たときに橋を直すって言ったんだよ」
「私の……為?」
「ほらほら、残りはボクが配っておくから、一つだけ持って行っておいで」
一番大きなおにぎり一つ渡されて、ルーカに追い立てられてしまった。
ロッソは他の人たちと少し離れたところに腰を下ろしている。
目の前に立っても、上手く言葉が出ない。
別に大して離れて無いのに、皆がワイワイ休憩する音が、やたら遠く感じる。
「どうしたんだ? 突っ立ってないで座ったらどうだ?」
ロッソから声をかけられるが、いつもみたいに気安く話せないし、本当は座れば良いと思っているんだけど、身体も素直に動かない。
「……これ、おにぎり」
グイッとおにぎりをロッソに差し出す。
「お前が作ったのか?」
「エミリィにかなり手伝って貰ったけど」
「そうか。……うん、美味い。頑張ったな」
おにぎりを持っていない方の手が伸びて、オレの髪に触れる寸前で止まる。
てっきりまた遠慮なく髪の毛をグシャグシャに撫でられると思ったので、驚いてロッソの顔を見ると――
「!」
――見たことの無い、困ったような表情。
そうか。
オレも、ロッソにどんな顔で話しかけて良いか分からなくなってたけど、もしかしたら、ロッソも同じなのかも知れない。
そう思ったら、咄嗟にロッソの手を掴んでいた。
「遠慮するなよ、らしくない」
「ヴィオーラ……」
「ありがと」
「ああ」
言い終わるのと同時に、遠慮無く髪の毛をグシャグシャにされる。
「ちょっと、レオーネ様!」
確かに遠慮しなくて良いと言ったけど、あまりに容赦ないので、グシャグシャにされた髪の毛をかき分けでロッソに抗議する。
「え!?」
てっきり、いつもみたいに意地悪く微笑んでいるのかと思っていたのに――
――何でそんなに嬉しそうに笑ってるんだよ!?
そんな顔されたら文句とか言いづらいじゃないか!
岩と格闘してボロボロになったその手に免じて、今日だけは髪の毛をグシャグシャにされるのを我慢してやる。
今日だけは。




