第3章-15 みんなでクラフト
第三章
十五 みんなでクラフト
「成程ね。こういうバランスで考えれば、アーチの角度が緩やかでも橋になるな」
地面の上にタシャとトマスが描いた元々あったアーチ状の石橋の絵。
その下にオレが昔、資料集か何かで見た扁平アーチ橋の絵を描いた。
二つの絵や、残った橋の土台や転がる石材を見て第二王子ベージュがオレの描いた絵の更に下に何やら計算式を書き始める。
元の世界の数学と通じる部分も結構あるんだけど、書くのが早いし、知らない公式や考えが使われているみたいで、何を表しているのかはよく分からない。
他の皆も分からないのか、邪魔しちゃ悪いと思っているのか、暫くベージュを見守る。
時折、手を止めて真剣に考える姿に、ただの変態では無いんだなぁ……なんてしみじみと持ってしまう。
だって、オレに対しては本当に変態的なんだからしょうがないじゃないか。
あれ?
でも、ベージュにこの仕事を依頼したのって……
「ねぇねぇ、レオーネ様」
「ん? どうした?」
計算の邪魔にならないよう、小声でロッソに話しかける。
「どうしてベージュお兄様がこう言うことが得意って知っていたんですか?」
「ん? 第一王子が直ぐ下の弟はとても賢いって、学生時代に言ってたからな。あいつが人を褒めるなんてよっぽどだろう?」
「あのぅ、前々から思っていたんですけど、仲いいですよね?」
「お互い複雑な立場だったからなぁ……」
「出来たー!」
いつの間にか計算を終えたベージュが大きな声を上げる。
「おお、流石に早いな」
ロッソが感心したように計算式を眺める。
「貴様に褒められても嬉しくも何ともない」
なんてベージュは返すが、上手く計算できたのかその表情は満足そうだ。
だからだろうか、ロッソも特に気にした様子も無く、話を続ける。
「で、どうだ? 出来そうか?」
「まぁ、基礎は大丈夫そうだし、上の部分も近くに流されたものを集めれば何とかなるだろう。ただし、橋の角度を変えるから、石材の形をほんの少しずつ削る必要があるよ。あと、石を橋の上に並べるときに土台となる物が必要だね。その辺の木で作れば大丈夫だけど」
「石を削るのか……」
「元々しっかり加工されている石だから、角度調整程度だしそこまでの作業にはならないだろうけどね。石の上部に溝とか彫って、上からノミとかで叩いてしまえばいけると思うけど」
「そうか、それなら何とかなりそうだな」
「ボクは石を見て、組み合わせとか考えることにするよ」
「そうだな、そこは任せる。あと、この中に大工仕事に慣れている者は居るか?」
ロッソの声かけに王国騎士団長を始め数名が迷いながら手を上げる。
「それでは騎士団長殿、石の加工と石を並べる土台作りは任せる。今、手を上げた者たちとやってくれ」
いつの間にかロッソが仕切っているからだろうか、騎士団長は一瞬顔を顰めたが、そこは大人だからなのか、サッと表情を戻す。
「承知した。馬車調整用の道具を使うことにしよう」
そう言うと、馬車に道具を取りに行ってしまった。
っつーか、ロッソって一応国外の人間だよね?
よくこんなアウェーで迷いも無く指示を出せるよな。
まぁ、誰よりもふんぞり返って居るのが似合いそうではあるけどさ。
「では、残った者は俺と石材運びだ」
「え?」
「何だ? ヴィオーラ?」
「いや、あの、レオーネ様が岩を運ぶの?」
「そうだが? ……ほら、行くぞ」
当たり前だろうと言わんばかりに、ルーカや他の王国騎士達に合図を送り石材を運び始める。
正直ちょっと……かなりビックリ。
そういうのを自分はやらないタイプかと思ったから。
意外とちゃんとしているのか?
「……って、オレもこうはしてられない!」
ぼーっと突っ立っているのが自分だけだと気づき、慌ててロッソ達の方へ走る。
ロッソやルーカ、王国騎士団の皆はでかい岩をドンドン運んでいく。
まだ中一くらいに見えるタシャとトマスも、二人でそれなりの大きさの岩を頑張って運んでいる。
「あれくらいなら、いけるのかな?」
年下の男の子達が運んでいるサイズなら何とかなるだろうと、手頃な大きさの岩を見つける。
「まさかヴィオ様も運ぶのですか?」
加工チームに加わろうとしていたエミリィちゃんが、岩運びを始めるオレを見て大急ぎで駆け寄ってきた。
「あれ? エミリィは手先が器用だし、加工チームに居た方が良いんじゃない?」
「わたしの事は良いんです! 何をしているんですか!?」
「岩運びだよ、見て分かるでしょ? ほらほら、エミリィもこっち持って」
「ヴィオ様ぁ」
強引にエミリィちゃんをスカウトして一緒に持ち上げようとするが――
「うっ……」
――全然上がらない。
「もういっちょ!」
いくら女の子になったからって、こんなに持ち上がらないものなのか?
エミリィちゃんの方はキツそうではあるけど持ち上がっていると言うのに。
何度か気合いを入れてチャレンジしたら、やっとほんの少し持ち上がった。
……持ち上がったけれど――
「動けない」
――岩を浮かせるだけで精一杯。
前にも後ろにも進めない。
どうしよう、これだって岩の中ではかなり小さい方なのに。
「ヴィオーラ、お前は何をしているんだ?」
岩を下ろすことすら出来ずに硬直しているオレの背後から声がかかる。
「レオーネ様」
「ほら、貸せ。一度下ろすぞ」
横からしっかり鍛えられた腕が入り、軽々と岩を下ろす。
「あっ……」
本当はお礼を言った方が良いのかも知れないけど、何か力の違いを見せつけられてしまった気がして、上手く言葉が出ない。
「で、何をしているんだ?」
「岩運びですけど」
「それは見て分かるが、そのへっぴり腰だと身体を痛めるぞ、止めておけ」
「どうしてレオーネ様にそんな風に言われなきゃいけないんですか?」
「ヴィオ様!?」
「エミリィは黙ってて!」
オレだって、元の身体だったら、大きな岩は無理でもこれ位だったら運べたはずなのに。
悔しさで涙が溢れそうになる。
「こらこら、自分の大事な右腕に当たるもんじゃ無いぞ。ヴィオーラ、逆に訊きたいのだが、お前はそんなに岩運びが好きなのか? 今やってみて適性が無さそうだとは思わなかったのか?」
「別に岩運びが好きなわけではありませんよ! だけど、適性が無いからって直ぐに投げ出すのは無責任でしょ? 私より年下の子達だって頑張っているのに」
「そうか?」
「そうですよ!」
「だが、好きな作業でも無いし、将来的に力仕事が求められる立場でも無いだろ?」
「そうです……けど」
「あの双子はこの先の村では一番年上の男だって言っていただろう? だから、まだ子供だがこれからもこういう仕事を求められることが多い、覚悟もしているだろう。それに、現状で小さな岩だったら運ぶ力もあって、あいつらなりに役立っている」
「…………」
「凄くこの作業がしたくて、それが将来の修行にでもなるなら止めはしないが、そうじゃないならハッキリ言って足手まといだ。何かしたいなら、役立つ仕事を探すんだな」
そう言うと、いつもの調子で髪を撫でられそうになったが、思わずその手を振り払う。
「…………」
「…………」
「おーい、レオーネ殿! こっち見てくれ~!」
気まずい空気が漂う中、ロッソが王国騎士に呼ばれる。
少し困ったように肩を竦め、呼ばれた方に行ってしまった。
「ヴィオ様……」
エミリィちゃんの優しい声で堪えていた涙がボロボロ零れる。
悔しくて、情けなくて、ハンカチも出さずに服の袖で乱暴に拭う。
「くっそ、情けねぇ」
まるで子供じゃ無いか。
悔しいけど、このまま岩を運んでも足手まといだ。
とは言っても、オレって何が出来るんだ?
ぼんやり空を眺めると、少しずつ紅くなってきている。
ぐー。
ほら、腹も減ってきちゃったし……。
「あっ、そっかぁ!」
「ヴィオ様、大丈夫ですか?」
急に大声を上げるオレをエミリィちゃんが心配そうに覗き込んで来る。
エミリィちゃんに八つ当たりしてしまったというのに、なんて優しいんだろう。
「うん、さっきはゴメン」
「そんな、頭を上げてください」
頭を下げて謝るオレに、エミリィちゃんは恐縮しまくってしまう。
これ以上謝っても逆に申し訳ない感じなので、顔を上げて今度はエミリィちゃんの顔を真っ直ぐ見つめる。
「悪いんだけど、手伝って欲しいことがあるんだ」
「勿論、お引き受けいたします。それで、何をお手伝いすれば良いのですか?」
可愛らしく小首をかしげるエミリィちゃんに、自信満々に微笑み返す。
「オレが得意なこと!」




