第3章-13 お姫様なのに抱っこがお姫様抱っこじゃない件について
第三章
十三 お姫様なのに抱っこがお姫様抱っこじゃない件について
「あれ? 馬に乗るのって、一人でじゃないの?」
「練習場じゃあるまいし、馬に乗ったこと無い奴を一人で乗せるわけが無いだろう」
休憩も終わり、一人で馬に乗る覚悟を決めたオレの様子を見て、ロッソが肩をすくめる。
「あっ……そりゃあ、そうか。じゃあオレ……じゃ無かった、私は誰と乗るんですか?」
「俺に決まっているだろうが。さっき、そっちの騎士団長と話していたのを聞いていなかったのか?」
「いや、聞いてはいたけど、別に誰と乗るとか言ってなかったし……」
「いいから早く乗るぞ。あまりモタモタしていると、五月蠅いメイドや兄貴が出てくるぞ」
ロッソが顎を馬車の方へ向ける。
一番馬車の窓からはエミリィちゃんが心配そうにこちらの様子を窺っている。
二番馬車は窓が閉まっているが、耳を澄ませると中から――
「僕だってヴィオと話した~い! ぎゅっとした~い!」
「ベージュ様、こちらの書類を森に入る前に終わらせて貰わないと困ります。他にも論文が数点あります」
「ぎゃー!!」
――何か断末魔みたいな声が聞こえたな。
大丈夫なのか?
しかし、ロッソの言うとおり、モタモタしていると馬車に戻されてしまいそうだな。
ちょっと怖い気持ちはあるけど、正直馬車旅にも飽きてきたし、絶好の気分転換の機会だ。
有り難く満喫させて貰おう。
「で、どうやって乗るんだ?」
「ほら、こっちへ来い。乗せてやる」
「へ?」
グイッと手を引かれると、そのまま抱き上げられてしまう。
「え? ちょっと何するんだよ!?」
「乗るのが意外と難しいんだ。それにしても、キュロットとは準備が良いな。この姿勢で色々見えてしまっても味気ないからな」
「バっ! バッカじゃねぇの!?」
「おい! 暴れるな。……どうどう、こいつ馬に乗るのが初めてなんだ。優しくしてやってくれ」
暴れるオレをドカッと鞍に座らせると、オレに話すのとは比べものにならない穏やかな声で馬に話しかける。
確かに馬は凄く賢い動物だって聞いたことがあるけど、馬に対しての方が紳士的だなんてちょっと複雑だな。
「ヴィオーラ姫、この馬はスカルラット。俺の馬だ。ほら挨拶しろ」
「馬に?」
「そうだ。頭を優しく撫でてやってくれ」
よくよく考えてみたら、こんなに大きな動物に触れるのは初めてかも知れない。
動物園とかで見たことはあるけどさ。
スカルラットは他の馬と比べても大柄な方で、真っ黒で力強い感じなのに、不思議と上品な印象だ。
「スカルラット、ヴィオーラです。今日は乗せてくれてありがとう。ロッソとは……友達です」
頭を撫でると、スカルラットは納得したように小さく声を上げ頷いたように見えた。
別に動物に詳しいわけでは無いけれど、その仕草だけでスカルラットが賢いことは十分に伝わってきた。
ただ、納得していない約一名が大きなため息を吐く。
「友達って、子供か? 婚約者だ」
「まだ候補です」
「まだ……な」
何が面白かったのか分からないけど、ロッソはクスッと笑うと、勢いよくオレの後ろに飛び乗った。
確かにいきなり一人で乗るのは無理だな。
「走らせるのは俺がやるが、一応手綱は掴んでいろ。あと、乗馬で必要なのは腹に力を入れて、姿勢を保つことだ」
「え? いきなり走るの?」
「動かなきゃ始まらないだろう。最初からスピードは出さないから、まず乗るのに慣れろ」
◆ ◆ ◆
「痛い……」
馬に乗るって言うのは初めての経験だけど、想像以上に気持ちが良い。
風を直に感じられるし、もっと自転車に近いのかと思っていたけど、そこはやっぱり生き物の背中を借りているので、全然違う。
縦の揺れを感じるし、何より、触れた部分から馬の鼓動を感じる。
ロッソに乗せて貰ってもこんなに気持ちが良いのだから、自分で乗れたらもっと楽しいんだろうな。
乗馬の練習させて貰えないかなぁ?
……なんて、暫くはのんびり旅を楽しんでいたんだけど、そういや、オレの尻は既に限界だった。
「おい、ヴィオーラ姫。大丈夫か?」
思わず口から弱音が漏れていたようだ。
尻の痛みでフラつくオレをロッソが後ろから支え来た。
「いやぁ、ちょっと痛みが……」
「ああ、尻か。最初はそうなるな」
「わざわざ言わないでおいたのに、身も蓋もない言い方するなよ」
後ろで様子を見ているアメジスト王国騎士団長とも少し距離があるので、話し方が若干フランクになってしまう。
それでも、ロッソはオレのことを呼び捨てじゃ無くて、姫呼びだから、いつもよりは少し畏まっているのかな、これでも。
「一応、恥じらいがあるのか?」
「アンタ、私のこと何だと思ってるんだよ?」
いや、畏まってないか。
「まぁ、面白いと思っているぞ」
「貶してる?」
「褒めているさ。さて、尻が痛いときは、腰を浮かせて乗れば良い。ほら、やってみろ」
「はぁ? 急すぎるよ」
「何でもそんなに待っては貰えないぞ。腰は支えてやるから大丈夫だ」
自転車の立ち漕ぎは余裕なんだけど、乗馬は本当に難しい。
内股やふくらはぎの内側にグッと力を入れてゆっくり腰を上げる。
「うわっ」
腰が上がったタイミングでロッソがオレの腰を引き寄せる。
ちょっと、変な姿勢で後ろから抱っこされているみたいで非常に恥ずかしいんだが。
「これで少しは楽になっただろう。橋まであと少しだし、このまま進んでしまうぞ」
尻は楽だけど、精神ポイントがガスガス削られる。
けれど、空も端っこが赤くなってきているし、先を急ぎたい気持ちも分かる。
「変なところは触るなよ」
「この姿勢で言われても説得力無いぞ」
ロッソはそう言うと、オレの腰を掴んでいる手を一瞬離して、腰から太ももにかけてサーッと撫でる。
「ひゃっ!」
急な刺激に思わず姿勢を崩してしまい、ロッソの胸に飛び込むように、もたれかかってしまう。
「そういう声は寝所で出して貰いたいところだな」
「だったら、変なことするな。ってか、寝所って何だよ! 縁起でも無い!」
「ははっ、そんなに鼓動を早めて言われても説得力が無いぞ」
確かに、オレの鼓動は五月蠅い。
何なんだよ、男に……しかもこんな奴に不可抗力とは言え、抱きしめられてどうして鼓動が五月蠅くなるんだよ。
乗馬か?
乗馬に慣れてないからか?
ん?
ってか、確かにオレの鼓動も五月蠅いが、顔を埋めているロッソの胸の音だって……。
「なぁ、アンタだって……」
「これは一体?」
反撃を試みるオレの言葉にロッソの声が被さる。
その声が真剣なものだったので、オレもふざけるのは止めて正面に姿勢を戻す。
いつの間にか東側を流れていた川が大きく西にカーブしてる。
川の流れ的には、西の山脈から流れた川が南へ大きく曲がっているのだけど、まぁ、そんなこと、今はどうでも良い。
それより大切なことは――
「「橋が無くなっている……」」
――先程まで言い争っていたオレとロッソの声がピッタリ重なった。




