第3章-12 お姫様に乗馬のターンがやって来た
第三章
十二 お姫様に乗馬のターンがやって来た
「あー、尻が痛い」
「ヴィオ様、流石にはしたないですよ」
北の森に向かって出発して早数日。
馬車旅も少しは慣れてきたけれど、ロッソが言っていたとおり、尻への負担が半端ない。
しかも、一緒に乗っているエミリィちゃんの手前、ケツと言わずに尻って言ったのに、それでもダメだったか。
お尻にしておけば良かったかな。
馬車の中ではエミリィちゃんと二人だし、女の子に不快な思いをさせないため、会話にも色々気をつけているつもりなんだけど、難しいものだな。
しかし、痛い。
「だってぇ、本当に痛いんだってば。しかも、馬車って結構揺れるし、乗ってるだけなのにすっげー疲れるんだもん」
お姫様の身体を勝手にベタベタ触るのは気が引けるんだけど、痛さのあまりそうも言って居られないので、そっとお尻を庇うように撫でる。
ほんと、女の子の身体ってどこもかしこも柔らかいんだな。
「確かに、ヴィオ様にとっては初めての長旅ですし、お辛いのは分かりますが、この馬車はかなり丁寧に操縦されていますよ。それに、スピードも相当落としていますし」
「そうなのか、あんまりゆっくりだと皆に申し訳ないな」
「昨日、ベージュ様にも確認しましたが、ある程度遅くなることは織り込み済みらしいですよ。ヴィオ様は初旅ですしね」
第二王子ベージュは色んな仕事を抱える中、急遽オレたちに同行することになったらしく、別の馬車の中でも仕事三昧らしい。
街に入った段階で、オレは全く外に出られてないし、宿の中でも自由に移動できる雰囲気では無い。
なので、他の人とのやり取りもほぼエミリィちゃんを介してとなっている。
まぁ、お姫様が旅をしているなんて知ったら、皆ビックリしちゃうだろうけどさ。
「あれ? エミリィは馬車慣れしているの?」
そう言えば、エミリィちゃんは全然余裕そうなんだよな。
「慣れているって程ではありませんが、地方の学校へ通っていたので、親元から離れるときや、王都に戻るときなどは馬車を利用しましたよ。乗合馬車も乗ったことがありますし、それに比べたら、この馬車はベッドの中のように快適ですよ」
「ベッドのようにかぁ。それにしてもエミリィは王都の商家が実家の筈だよね?」
「そうですよ」
「なのに、わざわざ地方の学校に行ったの? 珍しいことなんじゃ無い?」
だって、元の世界で言ったら都会に住んでるのに地方の学校へ行ったようなもんだろう?
希望の学部とかによってはそういう人だって居るだろうけどさ、大体は地方から都会に出てくる人の方が多いだろう。
それに、アメジスト王国はあまり女性の社会進出が進んでいない印象なのに、女の子が親元を離れて遠くの学校へ通うなんて、本当に珍しいんじゃ無いのかな?
「あっ……そうですね。確かに珍しいですが、家の事情ですね、はい。……あら? 馬車が停まりましたね」
エミリィちゃんが窓から外の様子を窺う。
何やら、外から合図が送られたようで、エミリィちゃんが頷いている。
多分、自国の騎士団長辺りが合図したのだろうけど、オレの方からは見えなかった。
「ヴィオ様、休憩です。もう大分田舎の方ですし、外に出ても大丈夫だそうですよ」
「え? マジ? やったー!」
御者がドアを開けてくれるのと同時に馬車から飛び出す。
「休憩って言っても、何処か行ってはダメですよ」
追いかけて馬車を降りるエミリィちゃんの声が聞こえる。
何かすっかり問題児扱いだな。
これでも中学までは相当優等生だったのに。
高校だって、優等生は止めちゃったけど、決して問題児では無かったんだけどな。
でも、まぁいいや!
外で地面に足を着いて立てるだけで有り難い。
周りをぐるっと見渡すと、確かに田舎道だ。
今朝出発した街からも大分離れたし、踏み固められただけの簡素な道が続いている。
東側にはそこそこの大きさの川が流れ、西側には山脈が広がっている。
今朝の街から西の街道を進むと、帝国へと続く山道へ辿り着くようで、そちらの道は割としっかり舗装されているし、道中にも集落が多いようだ。
方や、こちらは特に普段人通りの少ない道のようで、道自体が簡素な上、集落もポツポツとあるくらいらしい。
今後の宿は今まで程快適では無いかもと、エミリィちゃんに聞かされている。
つっても、オレはそこまでデリケートじゃ無いから大丈夫なんだけどさ。
コタツで寝ても風邪ひかないし。
「ずっと大人しく座っていると、尻が痛いだけじゃ無くて、身体も硬くなるな」
大きく伸びをしていると、騎士団長から声がかかる。
「姫様、お疲れではありませんか?」
年は三十前後ってところだろうか。
精悍な顔つきで体格も申し分ない、THE騎士団って感じの人物である。
でも、別に戦いに行くわけでも無いし、自国の騎士団もロッソたちも重い鎧は仕舞って、今は比較的軽装だ。
ベージュは仕事が溜まっているのか、馬車からは降りられないようだ。
お気の毒に。
「ありがとう。休憩してくださり、感謝します」
「勿体ないお言葉です。もう少し北へ進むと今は東側を流れているこの川が大きく西に曲がる所に出ます。そこで橋を渡れば次の集落ですから。もう少しの辛抱です。無理をさせてしまい、申し訳ありません」
凄く綺麗な角度で頭を下げられるので、恐縮してしまう。
「いえいえ、騎士団長のせいではありませんから」
そうそうあまりに真面目すぎて対応には困ってしまうけど、騎士って言ったら普通はこの騎士団長みたいな感じだよなぁ……なんて、ついつい、帝国のエロ騎士団長とチャラ副長を眺めてしまう。
とは言え、ここまでの旅の間、街中は元より、道中も割と旅人や商人が多かったので、オレは表だって外に出られなかったし、話をする機会もあまりなかった。
別にだから何って訳じゃ無いけどさ、ちょっと退屈になりかけていただけだ。
うん、そんだけ。
「おや、やっと外に出られたのか?」
騎士団長と話し込んでいたら、いつの間にか背後にロッソ達が立っていた。
ルーカは騎士団長の手前なのか、一歩下がって会釈だけ。
「レオーネ様、そうなんですよ。身体を伸ばして外の風を感じられるのは最高ですね!」
「確かに、馬車は快適だが、ずっと乗っていると逆に疲れてくるな」
「そうなんですよ! もう身体もガッチガチです」
肩を回すオレの様子を見て、ロッソが形の良い顎に手を当てる。
「ふむ。じゃあ、馬に乗ってみるか?」
「へ? 馬に?」
予想外の申し出に間抜けな声を上げてしまう。
「乗ったことが無いのか? 気持ちいいぞ」
「え~、でもなぁ……」
全然覚悟していなかった提案なので、逡巡していると、ロッソが意地悪そうに眉を吊り上げる。
「何だ? いつもは威勢が良いのに、怖いのか?」
「うぐっ! こっ、怖くなんか無いですよ! 乗ります! 乗れば良いんでしょ?」
ムカついて言い返していると、飲み物を用意してこちらに向かってきたエミリィちゃんが驚きの表情を向ける。
「ちょっと、レオーネ様! どうしてヴィオ様が馬に乗ることになっているのですか!? 本当に油断も隙も無い!」
「ちっ、うるさい奴が来たな。お前がヴィオーラの行動を制限する権限なんて無いだろう。……なぁ、騎士団長、構わないか?」
そう言って、ずっと側に居たこちらの騎士団長へ目を向ける。
「こちらとしては、姫様を危険や人目に晒すのは極力避けたい」
「まぁ、そうだろうな。だから、橋を渡って次の集落の手前までだったら良いだろう? 街を出てからここまで誰ともすれ違っていないし、その辺は気をつけよう」
「だが……」
「それでも心配なら、貴公が後ろについて見張れば良いだろう」
歯切れの悪い騎士団長にロッソが強い視線を送る。
数秒ほど見つめ……睨み合ってから、騎士団長が諦めのため息を漏らす。
「……承知した。ただし、私が止めた方が良いと判断したときは従うように」
「うむ、ご理解感謝する」
うわぁ、マジで押しが強いな。
ってオレ、馬なんて乗れるのかな?




