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第2章-22 真相

第二章


二二 真相




「犯人が居ないとは、どういう事なんだ?」


 最初に口を開いたのはロッソだったが、他の三人も同じ疑問を浮かべた表情をしている。


 そりゃあそうだよな。


 オレだってずっと居もしない犯人を探していたのだから。


「ちょっと言い方が突飛だったかもしれないけど、要はあの日、私に危害を加えようとした人なんて誰も居なかったんだよ」


「では、お前はただの寝不足で倒れたのでもいうのか? 紅茶を飲んでクッキーを食べた次の瞬間、後ろにひっくり返って倒れたのだぞ」


 え?

 そんな痛そうな倒れ方してたの?

 何気に初耳なんだけど。


 そりゃあ、ロッソも慌てて口移しで水も飲ませるのも頷けるな。

 って、そこは頷けねぇよ!


 とはいえ、今そこを言及すると話が長引きそうだから、わざわざ突っ込みはしないけどさ。

 この混沌とした状況も早くどうにかしたいし。


「まず原因が紅茶だと思っていたのが、間違いだったんだ。原因はクッキーだったんだよ」


「そんな!至急使いに行ったものの処遇を……」


「エミリィ、待って待って。確かに最後、私がぶっ倒れたのはクッキーを食べた事がきっかけになっているけど、それだけが原因じゃないんだってば」


「それだけじゃないとは……?」


「うん。順番に話すよ」


 オレを抱えたままの姿勢だったロッソの腕をそっと外す。


「ヴィオーラ」


「大丈夫だよ」


 珍しく普通に心配そうな表情を向けるロッソを安心させるように頷く。

 一応、ロッソの腕からは解放されたけど、まだみんながベージュに対して警戒しているのはオレにも十分伝わってくる。


 ベージュ自身も自分が犯人だと思っているのだから、仕方がない。


 ソファーから立ち上がったオレは、軽やかにみんなの方を振り返る。

 ストレートロングな紫苑色の髪と普段使いのワンピースが、フワッっと同じ形の孤を描く。


「あの日、私が倒れたのは三つのイレギュラーが重なって起きた不運な事故だったんだ」


 みんなこちらに注目しているが、誰も口を開かないので、話を続けることにする。

 応接の間で話した内容と重なる部分もあるが、その場に居なかったベージュの為に一から説明する。


「イレギュラーの一つ目は慢性的な寝不足。


二つ目は予期せぬアルコール摂取


三つ目がロッソと面会中に食べたクルミのクッキーだ」


 右手で一つずつ指を立てて説明すると、ベージュが細く切れ長な瞳を見開いた。

 銀縁眼鏡をかけているので分かりづらいのだけど、綺麗な空色をしているのだ。


「アルコールとクルミの摂取に寝不足による体調不良が重なって倒れたのか……」


 流石、医療の勉強もしているだけあって話が早い。

 それに、最後の確認事項についても答えを知っているベージュが、今この空間で一番真実の近くにいるだろう。


「その通りです、ベージュお兄様。そして、体調不良の原因が寝不足だった事と、クルミはクッキーに入っていた事までは判明しました。後は、二つ目のアルコールだけなんですよ」


 とは言え、オレも目星が付いているからわざわざベージュの部屋を訪れたのだ。

 先程見つけた目的の物に歩み寄って持ち上げて見せる。


 ベージュ以外の三人は意外そうな顔を向けてきた。


「ヴィオ様、そちらは先程ベージュ様が受け取っていたチョコレートですよね?」


「なんだ、それは菓子の箱なのか」


 エミリィちゃんの言葉にロッソが声をあげる。

 お菓子とかに縁遠いのかもしれないな。

 女子へのプレゼントとかマメそうなルーカはお菓子の箱だっていうのは分かったみたいだ。

 ロッソほど驚いてはいない。


「ただのチョコレートじゃなかったんですよ。これは、チョコレートボンボンだったんです」


 そう、オレはだいぶ前に真相をかすめていたのだ。


 自分で思い出していた。

 オレが摂取した事があるアルコールはチョコレートボンボンくらいだったって。


 姫様も同じだったんだ。


 あの日、ベージュが姫様を元気づける為にあげたお菓子がチョコレートボンボンだったのだ。


 お酒を飲んだ事がないお姫様は、アルコール入りのチョコレートだとは気付かずに五つほど一気に食べてしまったのだ。


「チョコレートボンボン?」


「ああ、アルコール入りのチョコレートって言いたかったんだ」


 ルーカの質問でハッとなり答える。

 こちらの世界ではどう呼ばれているのか分からない。

 元の世界だって、国によって『ボンボン・ショコラ』とか、『プラリーヌ』とか色んな呼び名がある。

 本来はアルコール以外にもチョコの中に詰め物をしている全般を指すらしいが、オレが居た地域ではチョコレートボンボンと言えば、アルコール入りの事だった。


「へぇ、プレゼント用にお菓子とかよく買うんだけど、チョコレートにアルコールを入れるって初めて聞いたよ。熱で飛ばしたりしないって事でしょ? まぁ、チョコレートは希少だから中々プレゼントで用意する機会は無いけどさ」


「ああ、チョコートを型に嵌めて空洞が出来るように作って、後からリキュールやジャム状のアルコールを入れるから、アルコールの味がそのまま残るんだよ」


 お菓子に詳しいというルーカも初耳だと言うのだから、この世界ではまだかなり珍しい物なのだろう。

 チョコ自体が珍しいのだから無理も無い。


「菓子職人たちの間ではジェムと呼ばれているらしい。まだ一般には出回っていない物がたまたま城へ献上されたのだよ」


 ベージュの補足説明を聞いて、納得する。


「それを私にくださったんですね」


「ああ、あの日は国王陛下も第一王子(兄上)も居なかったから、たまたまボクが受け取ったんだ。毒味は事前に済んでいたし、ヴィオに元気になって貰いたくて……誓って言うけど、アルコール入りだなんて知らなかったんだよ! けれど……こんなことになってしまって、知らなかったじゃ済まないよな……ごめん」


 頭を下げるベージュ。


「ベージュお兄様」


 そんなベージュの手を両手で優しく包む。


 こういうのは柄じゃ無いし、本当はちゃんと鏡の中に居るお姫様本人が話した方が良いとは思うんだけど、現状そうも行かないんだから、代わりにオレが行動しよう。



 出来るだけお姫様の表情に似せて可憐に微笑む。


 ……むっ、難しい。

 慣れない表情に顔がりそうだ。

 こうして女の子らしく微笑もうとしてみると、可愛いって言うのは単純に顔立ちだけのことじゃ無いんだと身を以て感じる。

 表情や仕草、それに髪型や着ている物など……勿論、そもそもの顔が可愛いって言うのは大きいだろうけど、他の要因も思ったよりも影響している。


 可愛いは一日にしてならずだな。


「ベージュお兄様のせいではありません。色んな事がたまたま重なっただけなんです。どうかお顔を上げてください」


 きっとお姫様ならこう言うだろう。

 だって、姫が積極的になったと一見喜んだ風を装ってはいたけど、この第二王子ベージュだけがチョコを調べたりして本心では元のお姫様を望んでいたのだから。

 そして、ちょっと変態だとは言え、子供の頃からずっと姫を守っているんだから。


「ヴィオ……」


 もう一度、強く手を握ると、ようやくベージュが顔を上げた。


 その様子を見て、他のメンバーも緊張を解く。

 そう、犯人なんて居なかったのだ。


「けれど、あの日を境にヴィオがどんどんガサツになってしまって、菓子に悪い物が入っているのではと思い、実験と捜査を繰り返したけど、何も分からずじまいで……」


 そりゃあそうだよな。

 まさか、全部が嫌になって倒れたタイミングで魂が抜けちゃったお姫様の代わりに、別世界の男子高校生の魂が入っちゃうなんて、どんなに調べても分からないだろう。

 オレだってどういう仕組みなのか全く見当も付かない。


「前にも言いましたけど、大人しいだけじゃあダメだと思ったんです。だから、喋るように心がけているだけで、ベージュお兄様のせいでは無いんですよ」


「そうなのか……」


 誤解が解けるにつれ、少しずつベージュの顔に赤みが差してくる。


「それに、ベージュお兄様は私が倒れてからも、いつも気遣ってくれていましたね。ありがとうございます」


「気付いていたんだね」


 わざわざ口に出すのも野暮かとも思ったけれど、こういう時にちゃんとお礼を言っておいた方が良いだろう。

 ベージュも変態かと思っていたけど、ちゃんと色々考えている妹思いの奴だったのだから。


「はい。いつも耳を触ってきていたのは、私の体温を確認するためだったのですね」


 ネーロから借りた『お家の医療』にも耳で体温を測ると書いてあったらしい。

 丁度先程、鏡の中のお姫様と話したばかりだった。

 ベージュの母である第二王妃が参考にしていた本なのだから、当然ベージュ本人も読んでいるだろう。


 オレが感謝の微笑みを向けると、ベージュも微笑み返してきた。


 そして――


「いや? ヴィオの耳があまりにも可愛らしいから、思わず触ってしまっただけだ」


 あれ?

 やっぱり、こいつただの変態か?


「え? じゃあ、毎度抱きついてきていたのは、脈拍のチェックとかじゃ無くって……?」


「可愛いから抱きついただけだけど?」


「はぁ? なら、どうしてさっきとか私の事を遠ざけたのですか?」


「実験で色んなチョコを食べていて、ヴィオに近づいただけで鼻血吹きそうだったしね」


 嗚呼、ただの変態だ。


「それだけですか?」


「うん。それにしても、ヴィオがボクの手を握ってくれる日が来るなんて! この感動は愛情表現で表すしかな~~~い!!!!」


「やかましい!!!!」


 鼻血を吹き出しつつ抱きつこうと飛びかかってきた変態(ベージュ)を渾身の右ストレートでぶっ飛ばした。


「ぐは~~~!!!」


 吹っ飛ばされたベージュが丁度背後にあった本棚に激突する直前で、エミリィちゃんが受け止める。

 流石、オレのお付きのメイドを任されているだけあって、愛国心が有るんだろうな。

 感心感心。


「この変態が」


 何か、エミリィちゃんの方から、聞いた事も無いような冷たくて低い声が聞こえたけど、気のせいかな?


「ヴィオーラ、お前の兄は変態なのか?」


「ちょっと、ロッソ。いくら本当の事とは言え、他国の王子様を変態呼ばわりはダメだよ~」


 相変わらず、帝国騎士コンビは失礼極まりないが、本当の事なので突っ込みづらい。


「うぅ、右ストレートを打つヴィオも可愛らしい……ぐふっ」


 殴られる前から出ていた鼻血を垂れ流しながらベージュが気絶した。

 その顔には気味の悪い微笑みを浮かべている。


 嗚呼、鏡の中のお姫様。

 アンタの一番の味方は、紛う事なき変態だよ。


 届いたかは分からないけど、思わず鏡の中のお姫様にテレパシーを送ってしまった。

 お姫様の方だって、そんな報告はいらないだろう。

 それに、長い付き合いでとっくに分かっているような気もする。


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