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第2章-20 扉を開けて

第二章


二〇 扉を開けて




 廊下を限りなく走るのに近い早歩きで進みながら、折角の機会だから決め台詞の一つも言っておけば良かったと、若干後悔。


 ほら、

 ジッ○ゃんの名にかけて!

 とか、


 真実は○つも一つ!

 とかさぁ。


 で、同じトリックを用意して犯人の前で披露したりして……。


 オレ、推理ものとか漫画も小説も二時間ドラマも好きなんだよな。

 別に好きなだけで詳しくは無いけどさ、崖の上で真相解明とか一度やってみたい。

 そういや、最近の二時間ドラマは予算縮小の煽りを受けて崖の上で全員集合して犯人の告白とかは無いらしい。

 犯人と探偵役とか最低限しか崖の上に行けないようだ。

 世知辛いなぁ……。


 ……って、今回はそう言う話じゃ無いんだけどさ。

 大体、決め台詞を用意してないしね。


「ヴィオ様、こちらの部屋にご用があったのですか!?」


 目的地に着いたので扉の前で足を止めると、エミリィちゃんが少し驚いたような声を上げた。


「ああ」


「この部屋の主が、お前が倒れた件の犯人なのか?」


 チラッと振り返ると、ロッソとルーカも着いてきていた。

 かなりの早歩きで来たから、オレは息が上がっているんだけど、この二人は全く呼吸が乱れていない。

 エロかったり、チャラかったりしても流石騎士様だと感心するところなのか、それとも単純にコンパスの違いなのか、判断に悩むところだ。

 どのみち羨ましい事には変わりない。


 ……それにしても、てっきりエミリィちゃんだけ着いてきて、二人は応接の間で待っているものだと思っていた。


「あれ? 二人とも着いてきてたの?」


「普通だったら、王家のプライベートスペースへ着いてきたりはしないけど、状況が状況だしね」


 周りの様子を伺いながら、ルーカが答える。

 確かに、王宮も幾つかのブロックに区切られていて、応接の間などのパブリックスペースは客人や行商などの行き来も盛んだが、城の奥にあるプライベートスペースには殆ど立ち入らない。


 まぁ、でも今回は特殊な事情だし、今更応接の間に戻って貰う必要も無いだろう。


「そっか、二人には色々協力して貰ったし、ちゃんと説明したいと思ったから丁度いいや」


 いつまでも扉の前にいても悪目立ちしそうだし、目の前の扉をノックする。


――コンコン


「ベージュお兄様、ヴィオーラです。開けてください」


 ノックしたのは、第二王子ベージュの部屋だ。


 あの日、どうしてお姫様が倒れたのかは分かった。

 けれど、一つだけベージュに確認したい事が残っている。


 五秒ほど待ったが、返事が無いので、もう一度強くノックする。


「ベージュお兄様! 開けてください!」


 やはり返事が無い。


「外出中でしょうか?」


 背後から心配そうなエミリィちゃんの声が聞こえるが、振り向かずに扉に右耳を押し当てる。


――ガサゴソ


 何だかは分からないけど、何かを動かしているような音は聞こえる。


 はっ、居留守とは良い度胸じゃねぇか!

 いつもなら、こっちが逃げたって追いかけて来るくせに!


「お兄様! 居るのは分かっているんですよ! 観念して出てきなさい!」


 まるで投降勧告の様だな。

 しかし、返事は無い。


「じゃあ、力ずくで開けさせて貰いますよ!」


 こういう時は蹴破るに限る。

 渾身の力を込めて、右足で扉を蹴りつける。


――ドコッ!


「いってぇ~~!」


 あれ?

 流石王室。

 良い素材を使っているからなのか、ビクともしない。

 蹴飛ばした足跡が薄ら付いている程度だ。


 普通、こういう感じで扉を蹴ったら、扉が吹っ飛んだりするもんじゃ無いの?

 異世界に転生しても、オレの場合は別にチート能力が付与されたりしないんですね。

 っつーか、希望の性別すら間違っているのに、そんな高度なサービスは期待できないか。


 それにしても、思いっきり蹴ったから脚が痛すぎる。

 足の裏から太ももに掛けてジ~ンとした痺れが登ってくる。


 思わず痺れた右足を抱えて、扉を背にしゃがみ込んでしまう。


「ヴィオ様、大丈夫ですか?」


「取り敢えず怪我はして無さそうだけど……」


 心配そうに隣にしゃがむエミリィちゃんに、弱り切った笑顔でどうにか返事をする。


「ベージュ様にこの扉を開けて頂きたいのですよね?」


「そうだけど」


「力技に拘っているわけではありませんよね?」


「そりゃあそうだよ、よく考えたらオレ……じゃなかった、私ってパワー系じゃ無いもんね」


「承知いたしました」


 そう言うとエミリィちゃんはスクッと立ち上がり、様子を伺っていたルーカに耳打ちした。


「え? 僕で良いの?」


 何かを聞いたらしいルーカは、少し驚いたようにエミリィちゃんへ問いかけるが、エミリィちゃんなりの考えがあるらしく、直ぐに頷いた。


「貴方の方がこちらの精神衛生上まだマシなので」


「マシって……、まぁ、折角のお役目だし、試してみようかねぇ」


 キラキラ輝く金髪をポリポリと掻いて、ルーカがオレの前に片膝をつく。


 いやぁ、改めてよく見るとマジでイケメンだな。

 容姿だけなら絵本の中の王子様を地で行っている。

 ロッソも整った容姿ではあるけど、王子と言うより魔王よりだよな。

 しかしこれだけ格好よければ鏡を見るのもさぞかし楽しい事だろう。

 チャラいけど。


 黄金色の長い睫毛に縁取られた翡翠色の瞳がオレを覗き込む。


「なっ、何だよ?」


「ああ、ヴィオちゃん! 今の蹴りで脚を痛めたのかな? 大丈夫?」


 急にルーカが腹式呼吸の芝居がかった口調で話し始めた。


「え? ルーカ、どうしたんだよ?」


「何だって? 足首を捻ったかも知れないって?」


 いやいや、一言も言ってないけど。

 第一、捻ってないし。


「何なんだよ? 急に」


「良いから、適当に合わせて」


 困惑するオレに、ルーカは軽くウィンクをする。

 そして、腹式呼吸では無く、小声で短く伝えてきた。


 一応普通の世界で十六年生きてきて、こっちの異世界でも半月以上過ごしてきたけど、こんなにウィンクの似合う男をオレは見た事が無い。

 そもそも、ウィンクする機会が無いか。

 少なくとも、オレは無かったな。


「は? 何を適当に合わせろって言うんだよ?」


「君って、結構頭は回る方だと思うけど、こう言うことに関しては本当に察しが悪いよね。ロッソもまだまだ苦労しそうだな」


 何だか分からないが、軽く呆れられてしまった。

 軽く一つため息を吐いてから、ルーカは一度ゆっくりと瞬きをすると、綺麗な翡翠色の瞳を熱っぽく潤ませてオレに向けてきた。


「ん?」


 嫌な予感。


 予感は一秒後に的中した。


 おもむろにルーカがオレのパンプスを脱がせる。

 そして、小さくて白い足を、しなやかな長い指で優しく撫で始める。

 ひんやりと冷たい指先が妙にくすぐったくて、思わず身体をよじってしまう。


 っつーか、オレも触る方が良いんだけど。

 勿論、相手は女の子で。


 なーんて、考えている隙も無く、指先が足から上に移動しようとしているので、声を上げる。


「おい! いきなり靴を脱がせる奴がいるか!」


「大丈夫だよ。僕が隅から隅までじっくり君に触れて、怪我が無いか確認してあげるよ!」


 何だかとんでもない事を大きな声で言い始めるので、少し回復した右足で蹴りでもお見舞いしようと思った矢先、固く閉ざされた扉の内側からかすかに音が聞こえてきた。


「ボクのヴィオに一体何を……」


 扉が結構厚いらしく、ハッキリは聞こえないが、ベージュの声のようだ。


 ああ、こうしておびき出して扉を開けさせる作戦なのか。

 エミリィちゃんとしては、ロッソにオレとの絡みを頼むよりはルーカの方がマシだって思った訳ね。

 確かに、ロッソだとマジでどこまで手を出してくるか分かったもんじゃ無いしな。

 一応、お姫様の身の安全を配慮してくれた結果なんだろう。


 やっと、作戦を理解したオレはルーカの目を見て、力強く頷く。


 そういう作戦なら、乗ってやろうじゃ無いか。

 さぁ、どこからでもかかってきなさい。

 小中学校のクラス劇では、皆のやりたがらない割に台詞の多い役をこなしてきた元学級委員長の底力を見せてやろう!

 「恐ろしい子……!」って白目剥いて驚かせてやるよ!


 そんなオレの気迫を感じ取ったのか、ルーカはニッコリ微笑んだ。


 そして、


「あれ? 今の蹴りの勢いで、口の中も切っちゃったかな? 僕が消毒してあげるよ。さぁ、口を開いて」


オレの顎に指先を当て、上を向かせると一気に距離を縮めてきた。


「ぎゃー! 消毒ってそう言うことかよ! ちょっ落ち着けってば!」


 ロッソよりマシかと思ったけど、あんまり変わりないじゃねぇかよ!

 これ以上、男とのキスなんてホント勘弁だってば!

 大体、攻められるより、攻める方が好きなんだよ!


 しゃがんだままの姿勢で床に手をつき、思わず後ずさったその時、


「ボクのヴィオに何するんだーーーー!!!!」


 勢いよく扉が開き、ベージュの声が響き渡った。


――ゴンッ


 作戦は成功だった。


 ただ、予定外だったのは扉が外開きだったという事。


 そう言えば、姫様の部屋も外開きだった。

 普通、動線を塞がないためにも個室への扉は内開きだけど、王宮の廊下は広いから、そういう事は気にしないようだ。


 いや、別に家の動線事情とかどうでも良いんだよ。

 出来れば、洗濯機からベランダまでは無駄無く移動できるようにするとか、リビングは回遊式の方が便利とか、マジで今はどうでも良いんだってば。


 問題は外開きで勢いよく開いた扉が、ルーカから逃げるように後ずさったオレの後頭部に直撃したという事だ。


「「「「あっ」」」」


 その場に居たオレ以外四人の声が重なる。


 その声を聞きながら、世界が白く染まった。


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