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第2章-15 鏡越しのミーティング

第二章


十五 鏡越しのミーティング




『ベージュお兄様がお酒を……。それは本当に珍しいですわ』


 寝室の鏡に魂だけ入り込んでいる本物のヴィオーラ姫も目を丸くした。


 先程、王妃達のサロンをどうにかこうにか抜け出し、ボロボロになりながら自室に戻ってエミリィちゃんに下がって貰ったところだ。


 夕飯までの僅かな時間だけど、どうしてもお姫様本人と話がしたかった。


 ロッソと初めて会ったあの日、紅茶に何者かが異物を混入したせいで姫の魂が抜けてしまった疑いがある。

 正直言ってオレは第二王子ベージュが怪しいと思っている。


 ただ、それを突き止めても良いものなのか?

 あと、結局、お姫様はどうしたいのか?


 この二つがいまいち分からないのだ。


 元々殆ど喋らなかった大人しすぎるお姫様だ。

 最近はオレが勉強したことを教えるようになって、以前よりは明るくなった気はするけれど、早く元の身体に戻りたいとか、そういうものは感じない。


 オレは、早く転生したいよ。

 この世界にも結構慣れてきたし、嫌では無いけどさ。

 やっぱり女の子じゃ無くてイケメンになりたいわけですよ。

 壁ドンされるより壁ドンしたいわけですよ。


「やっぱり、ベージュはあんまりお酒を飲むタイプじゃ無いんだな」


『ええ。一杯飲んだら真っ赤になってしまいますわ。それに飲酒は思考が鈍るから好きじゃ無いと仰っていましたし。ネーロお兄様は鈍るところが良いって仰っていましたけど』


 そういやネーロの寝所の棚には何種類か酒が置いてあったな。

 夕飯に合わせて飲んでいる時もあるし。


 この国では十四歳で成人扱いらしい。

 庶民はその位から働き始めるものが多いし、そう言えば四つ子だったという第一王女から第四王女も十四歳で嫁いだらしいから、きっとその辺りから結婚も出来るのだろう。

 そう考えると、現在十六歳のこのお姫様は、本当に後から嫁ぐことが決まったんだな。


「次期国王様はストレスヤバそうだもんな。まぁ、ネーロの方は最近早寝してるらしいから、そんなに心配いらないんじゃ無いか?」


『まぁ、ヴィオったらネーロお兄様と随分仲良くなったのね。あのお兄様の寝所から戻ってこなかった日に本当に何も無かったの?』


「ねぇよ! あのなぁ、この身体は姫様のもんなんだぞ。逆に訊くけど、何かあっても良いのかよ?」


『質問に質問で返すところが怪しいですわ』


 腕を組んで目を光らせてくる。

 えー、ちょっとイザベラ様やローザ様と似てきたよ。

 女子怖~い。


「ほんと、言うようになったなぁ」


『お褒めに預かり光栄ですわ。ヴィオと話していると、どんどん元気になってきます』


「そりゃどーも」


 押され気味になり、思わず紫苑色の真っ直ぐな髪を掻く。

 オレのそんな様子を見て、お姫様はクスッと笑う。

 やっぱり当然なんだけどさ、笑い方一つとっても品が良いのな。

 今は同じ顔をしているのに、オレとは全く違う。


『本気でそう思っておりますのよ。だって、少し前までは自分は『真の紫の申し子(ヴェラ・アメジスト)』であること以外、何の意味も無い人形だと思っておりました』


「そんなわけ……」


 言いかけたけど、お姫様の話が続いていたので言葉を飲む。


『巫女になれと言われて育ったのに、急に国外に嫁げと言われて、意味も分からず絶望して魂が抜けたところに……ヴィオ、貴方が入ってくれました』


「…………」


『そうしたら、今まで私に命令するだけで冷たい人だと思っていたネーロお兄様とも仲良くなり、いつも遠巻きに私を見ているだけだった第四王妃様、第五王妃様とも打ち解けて、他にもエミリィや城の皆とも喋るようになって、私が禁止されていた勉強も許可を取り付けて……。それに、私は殆どお話しする前に紅茶を飲んで倒れてしまいましたが、あの婚約者候補のレオーネ様も悪い人では無さそうだって分かりましたし。本当にヴィオには感謝していますわ』


「感謝だなんて……。だって、そのレオーネ様(ロッソ)にはキ……キスされたし、他の奴らにも押し倒されたりしたし、王妃様達には散々胸を揉まれまくるし……嫌じゃ無いのか?」


 実はオレはこれが一番心配だったのだ。


 エミリィ曰く、オレが隙だらけらしく、この身体に入って半月ちょっと。

 ド派手なコミュニケーションを受けまくっているのは、お姫様からしたら災難なんじゃ無いのかな?


 そんなオレの心配をよそに、お姫様は優雅に首を左右に振る。


『ヴィオが一生懸命頑張ってくれている結果ですから。そんなに気に病まなくて大丈夫ですわよ。それよりも、貴方を通して世界が明るいと分かったことの方が嬉しいですわ』


「う~ん、喜んで貰っているのはオレも嬉しいし、正直ホッとしたんだけどさ……世界が明るいって分かってきたなら、どうして魂がこの身体に戻らないんだろうな?」


『そうですわね……。それはきっと、ヴィオを通しての世界が好きだからかも知れませんわね』


「オレを通しての世界?」


『ええ、貴方が今までの常識を打ち破っていく様を見ているのが、とても楽しいのです。貴方の頑張りに甘えてしまって申し訳ないのですが、もう少しこのまま拝見させて頂けると嬉しく思います』


 予想外の言葉に何を話したら良いか分からなくなる。

 取り敢えず、喜んでくれているのかな?


 姫がこれからどうしたいのか分からなくて不安だったけど、オレが色々やってるのをもうちょっと見ていたいって事だったのか。

 ある意味、物好きだなぁ。

 まぁ、悪い気はしないけどさ。


「何だか褒められると照れるな。あっ、そうだ。王妃達のサロンでクッキー貰ってきたんだった」


 ちょっとお行儀が悪いけれど、ポケットからハンカチに包んだクッキーを取り出す。

 こういう所はオレも王妃達も結局は庶民派なのだ。

 まぁ、その方が気楽で有り難い。


『クッキーですか?』


「ああ、くるみのクッキー、好きか?」


 実は、鏡に向かって食事をすると、鏡の中のお姫様も味を感じることが出来るようなのだ。

 最初は紅茶を飲んでいるときに気がついて、色々試したけど、ちゃんと鏡を見た状態じゃ無いと上手くいかなかった。


『はい、大好きですわ。クッキーの中ではくるみ入りのものが一番好きです』


「そうなのか。あれ? もしかして、ロッソと初めて会った日にテーブルに乗っていたクッキーも?」


『そうです。こう言ってはレオーネ様に申し訳ありませんが、気の重い面会でしたので、せめて少しでも心安らぐ様にと用意してくれたそうです。緊張していて一口しか食べられませんでしたけど、美味しかったですわ』


 面会の時に口にしたのは紅茶だけでは無いのか。


「へぇ、それは誰が用意してくれたの?」


『恐らく、エミリィを通して大急ぎで馴染みの店に使いをやってくれたのでしょう』


「馴染みの店なのか」


『ええ、以前から利用していますわ』


 相づちを打ちながらクッキーを頬張ると、お姫様が嬉しそうに微笑む。

 味覚はお姫様の影響を受けているのか、オレもかなり美味しいと思う。

 別に甘党では無いんだけどな。

 もしかしたら、王室御用達のクッキーだけあって、メッチャ美味いのかも知れない。


 しかし、馴染みの店を利用していて、しかも急な面会で慌てて使いをやってクッキーを調達していることを考えると、クッキーに異物を混入するのは難しそうだ。

 と言うことは、やっぱり原因は紅茶なのかな?


「そういや、姫様は他に好きなおやつとか無いのか?」


 異物についてはよく分からないけど、こんだけ喜んでくれるなら、他の物も仕入れてあげたくなる。


『そうですわね~、やっぱりチョコレートが一番好きですわ』


「そっかぁ、チョコがあるのか。でも、こっちの世界に来てから見て無いかも」


「大変貴重な物ですから、特別に取り寄せたりしないと、中々手に入らないのですよ」


 まぁ、作るのも大変だもんなぁ。

 勿論カカオから作ったことは無いけど、調理実習で作ったときに参考までに本来の作り方もレポートにしたから良く覚えている。


 そう言えば、あの時、モテる男子は女子から手作りチョコを貰っていたな。

 オレの班のチョコが一番美味かったという話を小耳に挟んだ。

 あれ、殆どオレが作ったんだけどなぁ。

 どうしてオレの手元には型を外すのを失敗したチョコだけしか残らなかったのかなぁ。

 どうして女子からのチョコは一つも無いのかなぁ?

 あれあれ?

 何だか景色が滲んで見えるなぁ。

 ぐすん。


 って、過去を悔やんで泣いている場合では無い。

 気を取り直して会話を続ける。


「やっぱり、チョコも馴染みの店があるのか?」


『いいえ、私はそこまで顔が広くないですから。ですから、あの面会の日もベージュお兄様が何処かから頂いたというチョコレートを箱ごとくださったのです』


「え? ベージュから? それは食べたのか?」


『ええ、箱に沢山入っていたのですが、面会が怖くて少しでも前向きになろうと一気に全部食べてしまいました』


「何個くらいだ?」


『数えていないですが、恐らく五個ほどだと思います。ドレスに着替える前でしたので、面会の一時間ほど前に食べましたわ』


 う~ん。

 もしそのチョコが原因なら、もっと早く倒れるかな?

 遅効性の物質とかなら分からないけど……。


 と言うかさ、チョコって一気に五個も食べられる?

 すっげー胸焼けしそうなんだけど。

 女子にとっては普通なのかな?


「あのさ、姫様」


『なんでしょうか?』


 何だか色んなものが断片的でハッキリしないんだけど、集めたカードで少しずつ進めるしか無い。


「言いづらいんだけど、オレはベージュがお姫様の倒れた原因を知っているんじゃ無いかと思っている」


 仲が良いらしいし、やはり異物を混入した犯人だと思うとハッキリは言えなかった。

 でも、ここまで言えばほぼ同じだろう。

 姫は驚きを隠せない様子だ。

 言葉が出ないようなので、オレが続ける。


「ちゃんと調べて、必要だったら原因を突き止めても構わないか?」


 最後の確認。


『ベージュお兄様と第二王妃様はこの城での数少ない私の味方でした。第二王妃様は私が幼少の頃に体調を崩されてしまいましたが……。ベージュお兄様のコミュニケーションは情熱的すぎて、正直困るときもありました。でも、大切にしてくださっていると思っていました……』


 ここまで一息で言うと、姫は一度小さく深呼吸をして、オレとしっかり目を合わせてきた。

 お姫様がオレの顔をこんなにしっかり見てくれるのは初めてかも知れない。


『真実を知るのは怖いです。でも、私も勇気を持ってあの日何が起こったのか知りたいです』


 良い表情だ。

 しかし、あの次兄、控えめに言って変態なんだよなぁ。


 オレ、無事でいられるかな?


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