嫉妬
皇宮から帰ると側室たちが正門で出迎えていた。
正門を使えるのは王と王妃、そして嫡子女だけである。側室の筆頭株になった唐孺人が挨拶をした。
「娘娘、お帰りなさいませ」
続いて他の側室たちが挨拶をした。呂妃は不貞腐れいる樊孺人を見つけると鼻で笑って見せた。それに口を出したのは宋八子だった。
「娘娘、樊姐姐は今まで家政を仕切ってきましたのに冷遇なさるので?」
「今はこなたが女主人だからよ?何か文句があるの?」
「補佐役をお任せになれば宜しいのでは?」
「八子、あなたが補佐役をしていたときの帳簿はデタラメだらけだったわ…それで家政を仕切ってきた樊孺人の感覚を疑うわ」
宋八子は何も言えずに引き下がるしかなかった。樊孺人は唇を噛む思いだった。
呂妃は寝所のある東殿に向かっていった。
側室たちは呂妃の姿が消えると解散していったが、後にした残ったのは樊孺人と宋八子だった。
宋八子が樊孺人に話かけようとした瞬間、乾いた音が響いた。樊孺人が宋八子を平手打ちしていた。
「姐姐…」
「賎人!余計なことをベラベラ話すんじゃないわよ!」
「姐姐…悔しいではありませんか?!」
「お黙り」
樊孺人は自身の寝所に戻って行った。その場に残された宋八子は泣き崩れた。慌てて侍女が駆け寄り、体を抱いて寝所に彼女を運んだ。
呂妃は寝所で周儿がいれた茶を飲んでいた。そこに劉醇の謁見の報せが入ってきた。
「周儿、王爷は?」
「熱があり寝ております。代わりにご挨拶を受けてください」
「そ、そうだったわね…」
正殿に向かうと劉醇が彼女を待っていた。精悍な顔立ちに煌煌と瞳が光を帯びている。
「娘娘」
「そのままで。毎回、挨拶に来ていてよろしいの?公主がやきもちをやくわ」
冗談めかしに言いながら呂妃は椅子に腰掛けた。
「公主殿下は兄君のところだと言うとやきもちはやきません」
「今や、附馬であるのに質素だわね」
「華美は好みません」
「王爷があなたを好いているのが分かるわ。ごめんなさいね、王爷は熱があって寝ているの」
「そうだったのですね」
「どうぞ、ゆっくりしていって。あ、欣怡に点心を持って帰るといいわ」
「感謝します」
しばらく2人は談笑した。衛侍従に時間を促されて呂妃は寝所に戻って行った。
呂妃の胸は高鳴っていた。あの瞳に昔、恋焦がれていたときの感情を思い出していた。
「周儿」
「はい」
「劉殿に点心を持たせてやってね」
「かしこまりました」
呂妃は椅子に座り、頬杖を着いた。そして思うのだった。石邑公主を抱いている劉醇を思うと胸の奥から嫉妬が湧き上がってきた。
今すぐにでも石邑公主の髪を掴んで殴りたい気持ちになる。
その腕に抱かれるのは私だ…
心がそう呟いた。だが、今は韓王の呂妃であり、呂甯ではない。
呂甯であったなら、劉醇の妻になっていたはずだった。数日の間に王府の媵侍に選ばれて輿入れをした。ほんの数日があれば劉醇に輿入れできたのだ。
「娘娘」
周儿の声で呂妃は我に返った。
「周儿、どうしたの?こなたは疲れたわ」
「失礼いたしました。お昼寝の用意を致します」
「わかったわ」
周儿が昼寝の支度をする。しばらくして寝台が調い、寝巻きに着替えさせられて身を横たえた。