諍い
樊孺人は点心に手を伸ばした。そこに侍女が現れて桂花糕を置いていった。
伸ばした手を点心から桂花糕に変える。その間、樊孺人は呉長使を睨んでいた。
その仕草も眼差しも美しく傲慢そのものだった。
魏八子がくすりとした。そして言った。
「呉妹妹、孺人姐姐はあまり点心がお好きではないみたいね。もっとも、甘い点心はお好きではないのよ?輿入れして何年だったかしら…それも分からないなんて、だから長使なんだわね」
つられて宋八子も笑った。呉長使は顔を真っ赤にして俯いた。そして樊孺人が言った。
「3人ともお下がり。夏の夜の蚊より煩いわ」
「はい」
3人は一礼をすると立ち上がり部屋をあとにした。
目の前に置かれた点心と桂花糕を樊孺人は薙ぎ払った。
半ば追い出された魏八子と宋八子は回路で再び話しを始めた。呉長使はそそくさに自室へと戻っていった。
2人が立ち話をしていると向こうから呂美人が歩いてきた。梅色の衣がよく似合っていた。
「美人、ごきげんよう」
魏八子が挨拶すると呂美人は足を止めた。
「魏八子、宋八子、仲良くおしゃべりかしら?私も仲間に入れてくださらない?」
「私どもは身分の低い八子です。尊いご身分の美人とは気軽にお話などできません」
魏八子が言った。
「私は八子たちより賎しい媵侍でしたわ…あの頃はよく八子たちに賎しい媵侍とお話はできないと言われましたっけ」
「お許しください」
宋八子か頭を下げると魏八子はすぐに頭をあげるように目で合図した。
「美人、あの頃はあの頃です。今は王爷の美人におなりあそばされたのです。昔のことなど良いのでは?」
「さあ?どうかしら。魏八子、あなたのお父上の事…殿下にお話しましたの」
魏八子は目を見開いた。
「縣令と結託して賄賂を受け取り官職を売っていること…八子はお忘れかしら?この私の目の前で自慢げにお話をなさっていたことを」
魏八子はその場に崩れ落ちた。魏八子の父親は地方の長官で次官である縣令と共に賄賂を受け取り、官職を売り買いしていたのである。
まだ媵侍であった呂美人の目の前で話していたが、気にもとめずにいた。何故なら、媵侍がいきなり王子を産んで美人になるとは思わなかったからだ。
「魏八子、もうおしまいね」
そう言うと呂美人は体を翻した。宋八子が魏八子の体を起こす。彼女の顔は真っ青だった。
「魏姐姐、魏姐姐!」
「荑、荑の身が危ないわ!」
「姐姐、大丈夫ですわ!王子には害は及びません!」
「すぐにでも王爷にお会いしなければ…」
魏八子は宋八子の腕を振りほどき王の館へ向かった。
髪を振り乱し、涙で赤くなった顔も気にせず謁見を求めた。
王は昼寝から目覚めたあとだった。そばには唐美人が付き添っている。
「殿下!どうぞ父をお許しください!」
入ってくるなり跪く八子に王は首を傾げた。
「いきなりどうした?」
すると唐美人が耳元で囁く。
「縣令のことでは?」
「そのことならもう済んだ」
「えっ…」
「王子の祖父は無下には出来ぬが、自ら過ちを犯したものにその権利はない。八子魏氏を媵侍の身分に落とし、王子を康郡王の養子とする」
魏八子は卒倒した。唐美人はお付の侍衛を手招き、彼女を寝所に運ばせた。
「呂美人の告発がなければ見逃す所であった」
唐美人は深く頷いた。