志津馬の得意顔
午後になり、吾助が番屋に顔を出すと、そこにはすでに志津馬が来ていた。
志津馬は吾助の姿を見ると、得意気な顔で腰を浮かせた。
「おう、待っていたぞ」
吾助が志津馬の前に腰を下ろす。
「なんだ。何かわかったか」
志津馬が鼻をふくらませて吾助に向き直る。
「いや、実はな。人別をたどってみたら、了吉には身寄りはなかったのだが、おきみには息子がひとりいたのだ」
吾助が真剣な眼差しで志津馬を見つめると、志津馬は鼻の穴を膨らませて話し始めた。
「おきみは、本所にくる前は、千住にいたのだがその頃は息子がいたのだ。だが、その息子は一度御家人の家に養子に入った後、日本橋の薬種問屋の近江屋に婿に入っている」
「日本橋の近江屋……」
「そうだ。しかし、近江屋のような大店に婿行ってからは、まったく縁が切れていている。人別も抜けていたのだが、当時手続きをした人間がわたしの父のことを覚えていてな。快く教えてくれた」
志津馬が、吾助の顔を覗き込む。
吾助は得意顔の志津馬から目を離し、天井を睨みつけた。
「どうだ、吾助」
吾助の反応を引き出そうと、志津馬が重ねて問いかける。
だが、吾助は天井を睨んだまま、志津馬の言葉に何の反応も示さない。
吾助が突然立ち上がった。
「どうした、吾助」
「日本橋に行ってくるぜ」
吾助は志津馬の知らせになんの感想も漏らさず、利兵衛が茶を淹れる暇もなく出かけていってしまった。
「なんだ、あの野郎」
吾助の口の悪いのが移ったのか、志津馬は武士らしからぬ下品な言葉を口に出して愚痴を言った。