長屋の話
翌日、吾助はおきみと了吉の家に行き、それぞれの長屋の差配に話を聞いた。
おきみの住んでいた長屋の差配の五兵衛は、絵に描いたような好々爺で、おきみの死を心底嘆き悲しんでいた。
涙と鼻水で顔をくしゃくしゃにして、鼻をかんではしゃべり続ける。
「おきみさんは本当に良い方でした。物静かで美しくて可憐で……。お酒が好きな方でね。少ししか聞こし召しませんでしたが、飲むと頬がぽうっと桜色になって、それは美しかった。そう、桜の花のように人でしたよ。何も、桜の花のように散ってしまうこともないのに……。いつも身ぎれいで、乱れたところがどこにもない。それなのに、どことなく女の色香が漂うというか……。あ、いえ、決していやらしい気持ちではありませんよ。しかし、あのおきみさんが身投げとは……。とても信じられません」
おきみは金に困っていた様子もなく、近所の評判もいい。
確かに、身投げをする理由は何も見当たらなかった。
続いて、了吉の長屋を訪ねる。
了吉の住まいは、おきみの長屋に比べると、大分うらぶれた感のある裏店である。
差配の喜六は名前に似ず陰気な男で、了吉の死を悼むでもなく、さも迷惑そうに吾助に応対した。
「はい、了吉ですね。大人しい男でしたがね、家賃が遅れることが多くて閉口しました。まあ、最近でこそ、きちんきちんと期日には支払うようになってきましたがね。どうせ、こんな日当たりも悪くて、狭い裏店の家賃なんて、たいしたもんじゃありませんよ。期日どおりに支払って当たり前です。やっと当たり前のことができるようになったと思ったら、今度は身投げですか。蓄えが少しでもあるわけじゃなし。葬儀の代金は寄合から支払わなきゃならんのですよ。迷惑な話です」
了吉は定職についている様子もなく、その時その時に頼まれ仕事を請け負うような暮らしだったようだ。
決して感心できるような男ではなかったが、了吉にも身投げをする動機は見当たらない。
だが、人に恨みを買うような点も見当たらなかった。