老いらくの恋
その晩のうちに、吾助は新大橋のあたりと、最後の晩におきみと了吉が会っていた桔梗という料理茶屋を回った。
新大橋では十数人の人間に声をかけたが、おきみと了吉らしきふたりを見かけたものはなく、なんの収穫も得られなかった。
しかし桔梗の女中は、小粒をひとつ握らせると、「お客様のことはぺらぺらしゃべるんじゃないっていわれてるんですけどねえ」と前置きをしてから火のついた油紙のようにしゃべりだした。
「いやね、妙なふたりだと思ってたんですよ。ふたりとも年寄りでいやらしい。あ、ごめんなさいね。お亡くなりになったんだったわね。いつも、奥の部屋でお酒飲んで、結構なお料理を召しあがって。支払いはいつも女の人がしてましたよ。はい、身形のいいほうの方です。男の人のほうの身形はねぇ、ちょっとうちに来るような格好じゃあなかったですね、いつも。どうしてあんな品のあって身ぎれいな女の人が、あんな風采の上がらない男とねぇ……。男と女ってのは、わからないもんですね。まあ、いいんですけど。ああ、昨晩ですね。はい。いつもと変わりませんでしたよ。いつも通り、奥のお座敷に上がって、ふたりきりで半刻ほどさしつさされつ。二度ほど酒をお持ちしました。男のほうはたいそう酔っ払ってらっしゃったけど、女の方はしっかりしていましたよ。支払いもきちんと女の人がなさって。どうにもわたしの目には、これから心中しようって風情には見えませんでしたねぇ」
吾助は、中年の女中の長広舌をじっと黙って聞いている。
「いやでもね、いやらしいことをしている感じはなかったですよ、いつも。ほら、そういうことしていると、なんとなくこっちにはわかるもんじゃないですか。まあ、長く商売をやっていると、わかっちゃうんですよね、そういうの。まあ、あのお年でそういうのは、もう無理なのかもしれませんけど」
話が下世話な方向に流れ始め、吾助の眉間に流れる三本の川が深くなってきたあたりで、奥から女中を呼ぶ声が聞こえた。
「あら、やだ、すっかり話が長くなっちゃって。あ、親分さん、こんなことわたしがしゃべったなんてよそで言っちゃいやですよ。ふたりだけの秘密でお願いしますね」
女中は軽く科を作って上目遣いで吾助をにらむと、踵を返して奥に戻っていった。
吾助は軽く右手を上げて、形だけの挨拶を返すと桔梗を後にした。
桔梗を出た後、じっと新大橋のたもとで往来を見守った。遅くまで人の行き来はあるが、ふっと人影が途切れて誰もいなくなる瞬間がある。
吾助は木戸の閉まるぎりぎりの時間まで新大橋を見張り、真っ直ぐに家に帰った。
人々は、咲き乱れる桜の花や散りゆく花びらを愛でることはあっても、地べたやどぶに落ちて流され、汚れた花びらは見向きもしない。
落ちた無数の花びらの中から一枚の真っ赤な花びらを探し出すような作業が始まった。