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花のあと~大川心中始末~  作者: 大平篤志
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相対死

 番屋でさらに詳しく遺骸を改めると、おきみの死体はきれいであったが、了吉の体は膝小僧と脇腹に擦り傷があった。


 おきみの顔には薄く化粧をした跡が残っている。


 おきみは小粒程度しか所持していなかったが、了吉はみすぼらしい身形のわりには二両もの大金を持っていた。


 ふたりともが現金を所持していたことで、強盗の可能性は消えた。


 腹も水を飲んで膨れていることから、別の場所で殺害されて大川に投げ込まれたわけではなく、生きているうちに入水したこともわかった。


 夕方前にはおきみと了吉の遺骸は引き取られていった。


 番屋には、志津馬と吾助の他、書役の利兵衛が残っている。


 志津馬と利兵衛は奥で文机に向かっていたが、吾助は上がり框に腰を下ろしてじっと腕組みをして考え事をしていた。


 情報はすでにかなり集まっている。


 おきみと了吉はふたりとも身寄りのないひとり暮らしであること。


 そして、ふたりは少し前から親しげによく料理茶屋などに出入りしていたらしい。


「老いらくの恋というわけか……」


 番屋で報告書を作成しながら、志津馬が誰ともなくつぶやく。


「そうですね、かなわぬ恋を嘆いての相対死できまりですかね」


 利兵衛が相槌を打つ。


 突然ふたりの話を聞いていた吾助が大声を上げた。


「誰が、相対死だって」


 雪駄を脱いで上がってきた吾助が志津馬すぐ横に立った。


 志津馬と利兵衛が吾助を見上げる。


「心中ってのはな、先行きを悲観した男と女がするもんだ。先行き短けえじいさんとばあさんがするもんじゃねぇ!」


「どうしたんですか。親分」


 利兵衛が吾助に尋ねる。


「心中の報告書を作るのは、ちょっと待ってもらいてぇってことだよ」


「まあ、座れ吾助」


 志津馬が声をかけると、吾助はストンと腰を落とし、胡坐をかいた。


「かなわねぇ恋だと。身寄りのねぇ年寄りふたりの恋路を邪魔するやつが、どこにいるってんだ」


「そ、それは……」


 吾助の疑問は的を射ていて、利兵衛は返答に窮した。


「それだけじゃねえ。心中ならば、なぜ書き置きが残ってねえんだ。ふたり揃って死ぬからには、その理由を誰彼に知って貰いてえってのが人情ってもんじゃねえのか」


「…………」


「こんな怪しいところだらけの話を、杓子定規のお調べで、『はい相対死でした』じゃあ、死んだもんは浮かばれねぇぜ」


 志津馬が吾助の剣幕に気圧されながらも、武士の威厳を取り繕って聞き返す。


「じゃあ、おまえはなんだと言うのだ」


「それは、まだわからねえ。だが、奉行所に報告を上げるのは、少し待ってもらうぜ」


「どうする気だ」


「もうちっと、色々と探りをかけてみる」


「わかった。それで、何かあてはあるのか」


「とりあえず八丁堀には、ふたりの人別を調べて貰いてえ。身寄りがないってのも、周りがそう言ってるだけの話だからな」


「わかった」


「おれは、これからふたりがあの日飲んでいたっていう、料理茶屋に行ってくる。それに、ふたりの葬式に現れる連中の話も聞いてみてえ」


「他に何かできることはあるか」


「余計な口出しをしねぇで、言われたことをしっかりとやってくれればそれでいい」


 御用聞きに鑑札を出すのは定回り同心の志津馬である。口の聞き方ひとつで十手を取りあがられる可能性すらあるのに、吾助の無礼は相変わらずだった。


 志津馬は、憮然とした表情で吾助の言葉に頷いた。


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