ふたつの遺骸
本所担当の定町回り同心、青木志津馬は小さい溜息をひとつついた。
水死体は船頭が見つけた男のものの他に、すぐ近くにもうひとつ女のものも発見されている。
ひとつでも逆側の岸に流れ着いていれば、その処置は川向こうの管轄になるところなのであるが、この日は川の流れの加減か死体はふたつとも本所に流れ着いた。
青木志津馬は、ついひと月前に本所の町回りを任された、若い同心である。
定町回りらしく、日焼けして精悍な顔つきが、困惑を浮き立たせて曇っていた。
「おい、吾助はまだか」
志津馬が土地の御用聞きである吾助を呼びにいかせている間に、野次馬の数はどんどん膨れ上がっていく。
「誰かこの年寄りを知っている者はいるか」
志津馬が野次馬に声をかけると、ひとりの男が前に出た。
吾助のもとに使いに出された小者の太一は、憂鬱な気分で足を急がせている。
こんな朝早い時間に吾助の機嫌がいいわけがない。
夜は博打か酒で毎日遅い男である。
太一は、どうせなら女の家にでもしけこんでいて、留守にしていてくれないかと不埒な願いをこめて吾助の家の前から訪いを入れた。
中で物音がする。
間も無く、だらしなく着乱れた格好で四十がらみの男が戸を開けた。
男は眩しそうに、細い目をさらに細めて太一を見る。
「なんだ」
顔が青白く、息が熟柿臭い。
明らかな二日酔いである。
しかめ面の吾助に、太一は早口で用件を伝えた。
「ちょっと待ってろ」
土間においてある甕から柄杓で直接水を飲むと、吾助が奥に姿を消した。
ゲホゲホと咳をする音や、ガーッと痰を吐く声が聞こえる。
太一は何日掃除していないかわからないような汚い屋内を眺めて時間をつぶした。
間も無く十手を懐にした吾助が出てきた。
「いくぞ」
「へい」
太一が吾助を案内して歩き出す。
まだ酒が残っているのか、吾助の足取りは少し覚束なかった。