志津馬の裁断
志津馬は嗚咽を繰り返しながら涙を流し続けている信助を見た。
信助の嗚咽が徐々に小さくなる。
やがて信助は体を起こすと、懐紙で大きく鼻をかみ、真っ直ぐに志津馬を見た。
「母ちゃんが犯した罪を償うのは、如何に縁を切っても、血の繋がった息子であるわたしの役目です。何かお咎めがあるのでしたら、甘んじて受けます」
志津馬はしばらく信助の視線を受け止め、じっとその心の中を推し量っていた。
「…………」
志津馬が手を膝の上に置き、大きく息を吸ってから口を開いた。
「近江屋信助、身寄りのない年寄りふたりの相対死で、ほかの人間にお咎めがあるわけがなかろう」
信兵衛が身を乗り出して志津馬に顔を近づける。
「なんと、おっしゃいました」
「だから。奉行所の調べでは、今回の件は相対死。はずみで大川に落ちてしまった了吉の後を、おきみが追ったということだろう。仮に事故であったとしても事件ではない。今日にもその届けは出すつもりだ」
「あ、ありがとうございます」
信兵衛が深々と頭を下げる。
信助は、その横で背を真っ直ぐに伸ばしたまま、志津馬に軽く目礼をしたのみだった。
志津馬は顔を正面に向けたまま、そっと目だけを動かして吾助の表情を盗み見た。
「さて、話は終わりだ。帰るとするか」
吾助はそう言うと、徐にたたみの上に置かれた切り餅に手を伸ばした。
志津馬がとっさにその手首を掴む。
「なんのつもりだ」
吾助は乱暴に志津馬の手を振り払うと、素早く切り餅四つを懐に入れた。
「近江屋も一度出した金だ。引っ込めるのもばつが悪かろう。八丁堀は役人だ。商家から金をもらうわけにもいくめえ。となると、この金は、おれが持って帰るより他ねえじゃねぇか」
「そ、それは……」
志津馬の答えを待たずに、吾助は立ち上がった。
「それじゃあ、お暇するぜ。近江屋。もう会うこともあるめえ」
近江屋親子が、深々と頭を下げる。
その姿を見て志津馬も、吾助がこの金を持ち帰ったほうがこの父子は安心するように思えた。
「邪魔したな」
吾助は、自分を出迎えた丁稚を見つけ、懐から小粒を取り出してその手に握らせた。
丁稚が不思議そうな顔で吾助を見上げる。吾助は相好を崩しその頭を撫でた。
「いいお店に奉公できてよかったな」
志津馬は吾助の笑顔を始めて見た。
「はい」
吾助の笑顔に引き込まれるように、丁稚も笑顔になった。
吾助に続いて志津馬も外に出る。