吾助の行き先
翌日午後、志津馬は言伝通りに吾助の家を訪ねた。
吾助はすでに起きて身支度を整えている。
「遅かったじゃねえか」
「おまえの都合で動いているわけじゃない。それよりも、この三日間どこに行ってたんだ」
吾助は志津馬に茶も出さず、さっさと家を出て歩き始める。
「おい、どこに行くんだ」
志津馬が小走りで吾助の後を追う。
「近江屋」
「ちょっと待て」
「いや、待ってる暇はねぇ」
「じゃあ、歩きながら話せ」
「なんだ」
「おまえ、いったいどこに行ってたんだ」
「今からわかる」
「心配してたんだぞ」
「なんで」
「おまえの長屋の周りを怪しげな連中がうろうろしておった」
「あのあたりは、怪しげな連中しかいねえよ」
「おれが追いかけたら、一目散に逃げたぞ」
「あのな、八丁堀。普通の人間は、役人に追いかけられたら逃げるもんなんだよ」
間も無くふたりは近江屋に到着した。
この日の吾助は、正面から近江屋に訪いを入れた。
「旦那と若旦那はいるかい」
先日と同じ丁稚が、また慌てて奥に駆け込む。
「おい、吾助。ちゃんと説明しろ。どういうことだ、これは」
志津馬が肘で吾助を小突く。
「今から、洗いざらい説明するぜ。近江屋の前でな」
番頭らしき中年の男が姿を見せる。
「旦那さまが、奥へどうぞと」
番頭は顔に浮かぶ不愉快を隠そうともせずに、ふたりを奥に誘った。
先日と同じ座敷に通されると、間もなく信兵衛が姿を現す。
「おれは、信助も呼ぶように言ったはずだぜ」
「あいにく、信助は病で伏せっております」
「おれが、千住に行ってきたと伝えな。病なんかぶっ飛ぶぜ」
信兵衛が強く握りこぶしを固め、敵意のこもった眼でじっと吾助を見下ろす。
吾助は真っ直ぐに信兵衛を見返す。
しばらくの間ふたりはにらみ合っていたが、やがて信兵衛は踵を返して廊下を歩いていった。
事件が煮詰まってきていることを志津馬も感じる。
しかし、様々な材料がぶち込まれた鍋が最後まで煮詰められた挙げ句に、どのようなものができがるのかは、まるでわからなかった。