謎の人影
翌日もまた志津馬は吾助の長屋に寄った。
吾助はやはり戻っていない。
この日は、昨日の古女房ではなく、風体のくずれたひとりの町人が志津馬を見ていた。
「すまんが、少し話を聞いていいか」
志津馬が一声かけると、男は一目散に逃げ出した。
「ま、待て」
志津馬が男の後を追う。
しかし、相手の逃げ足は速く、志津馬はその影を踏むことはできなかった。
「何者なんだ、あいつは……。ここを見張っていたようだが……」
志津馬は荒い息を吐きながら、曲がり角の多い下町の中で見失った男の影を見回した。
吾助の周りにはきな臭い匂いがぷんぷん漂っている。
だが、肝心の本人の姿は一向に見えてこない。
しかしその日の夕刻、吾助が何事もなかったように番屋に姿を見せた。
「親分さん」
志津馬の不安が伝染して、落ち着かない日を過ごしていた利兵衛が腰を浮かして吾助を出迎える。
「どうしたんですか、三日も姿を見せずに……。みんな心配してましたよ」
「ああ、すまねえ。ちょっと野暮用でな」
「三日間もですか」
「ああ。そんなことより、明日、八丁堀が姿を見せたらうちに来るように言ってくれ。ふたりで行きたいところがあるんだ」
「はあ」
「頼んだぜ」
そう言うと、吾助は腰を下ろすこともせずに立ち去っていった。
「相変わらずせわしない人だ……」
利兵衛は乱暴に閉められた戸を眺めながら、ひとり呟いた。