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花のあと~大川心中始末~  作者: 大平篤志
13/19

消えた吾助

 翌日から、吾助の姿が本所から消えた。


 本所の番屋では特にこれといった事件もなく、徳次郎と利兵衛が暇つぶしに吾助について話していた。


「親分があんなにこだわるなんて、やっぱり今回の事件は殺しだと思っていなさるんですかね」


 徳次郎が煙管の煙を天井に向かって吐き出して答える。


「さあ、あの人の考えていることはわからんからな」


「まったく、いっつも酒ばっかり飲んで適当にふらついているように見えて、見ているところは見ている。不思議な人だ」


「ああ、目に見えない裏の裏まであの人の目は見えているみたいだ」


「今回の件も、裏があるということですか」


「それは、わからん。ただ、あの人がここまでのめりこむということは、何かあるんだろうと思うだけだ」


「何も言いませんからね、親分さんは」


 その時、番屋の戸が開いた。


「吾助はいるか」


 入ってきたのは、志津馬だった。


「いえ、こちらにはいらしてないですよ」


「そうか……」


「どうかしましたか」


「いやな、変な連中が吾助の家の周りをうろうろしていたんで、ちょっと心配になってな」


「変な連中」


 徳次郎と利兵衛がそろって志津馬の顔を見る。


「ああ、昨晩も吾助はゴロツキに襲われる騒ぎがあってな。あいつはもう大丈夫だといっていたが、なんとなく気になって家のほうにも回ってみたんだ。今日も吾助はひとりか」


 利兵衛が徳次郎を見る。徳次郎が志津馬の質問に答えた。


「親分は普段あまり下っ引きなんかを使いませんからね」


 志津馬が不安に顔を曇らせる。


「大丈夫か」


「わかりませんが……」


「行き先はわかるか」


「さあ……。どこで何をしているかわからない人ですから」


 志津馬が腕を組んで土間に視線を落とす。


 翌日も志津馬は吾助の家を訪ねた。


 外から声をかけるが、誰も中から答えない。


 隣の長屋の古女房が顔を出し「昨日は親分さん帰ってないようですよ」と一声かけて引っ込んだ。


 志津馬は黙って吾助の長屋の戸を開ける。室内は荒れていた。


 一歩中に入る。饐えたようなにおいが鼻につき、志津馬は顔を顰めた。


 さらに奥に足を進める。布団は敷きっぱなしになっており、周りに紙くずや湯のみ茶碗などが転がっている。


「ちょっと、お侍さん。親分さんに何かようですか」


 外から声をかけられて、驚いて振り向くと、さっきの女房が中を覗き込んでいた。


「いや、用事というか、なんと言うかだな」


「他人の家に黙って入るなんて、親分さんが知ったらただじゃすみませんよ」


「いや、拙者は吾助に鑑札を出している定町回り同心の青木志津馬と申すものだ。昨日から吾助の姿が見えんので、ちょっとのぞきに来たというわけだ。昨日や一昨日に何か変った様子はなかったか」


「変わったって言ったって……。親分さんが二、三日家を空けるなんて、日常茶飯事ですからね。こっちは気にも留めてませんよ」


「そうか……」


 二、三日家を空けることが日常でも、今現在は怪しげな事件の最中であり、日常ではない。


 志津馬はいやな予感にとらわれ、さらに家の中を調べようとした。


「ちょっと、八丁堀の旦那。おやめなさいな」


 女房が外から志津馬の様子をじっと見ている。


「わかったよ」


 仕方無しに志津馬は吾助の長屋を後にした。


 途中、一度振り返ったが、さっきの女房は志津馬の姿を後ろからじっと見ている。


 志津馬は、長屋の人間の結束が固いのを見て取り、この場所では怪しげなことは起こりづらいだろうと考えたが、吾助のようにひとりでふらふらと色々なところに出歩く人間は、どこでどのような目にあっているかわからない。


 ましてや、つい先日怪しげな人間に夜道で襲われたばかりなのだ。


 志津馬の不安は募る一方だった。


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