川面
夜も更け、人通りもなくなった橋の上から、ひとりの女が一面に無数の白い花びらが浮かぶ黒い川面を見つめている。
細長い月が出ている。
さらさらと静かに流れゆく川を見ていた女の口元に、不意に笑みが浮かんだ。
風もないのに、桜の花びらは次から次へと降ってくる。
夜の間はどぶのような黒さを見せていた大川に朝日が差し、川面に落ちた花びらが薄赤色に輝き始める。
花びらはゆっくりと下流に流されていった。
水汲み船の船頭が、妙に花びらが集まって薄黒く汚れを浮き立たせている場所に目を留めた。
桜の花びらの流れを堰き止めている黒い物は、かなりの大きさである。
船頭は船をその黒い塊に寄せた。近づいてみると、思ったとおり黒いかたまりは人間の死体だった。
船頭は大きく舌打ちを漏らしたが、自分の水汲みの順番が遅れるにもかかわらず水死体を岸に運び上げた。
そろそろ、道にも人の姿が見える。
船頭は近くにいた人間を呼び止めると、自分の素性と水死体のことを告げ、番屋に知らせてくれるように頼んだ。
声をかけられた職人風の男は気持ちよく返事を返すと、番屋に走った。
このままここにいて、水を届けるのが遅れると困る人間が何人もいる。
船頭は、とりあえず自分が今できることはここまでだと、船を岸から離し、水を汲みに漕ぎ出した。