まだ見ぬ世界に祝福を
「AVG Spirits!」という同人誌にて「兄妹」「戦艦」「パスタ」の3つのお題に添って執筆した短編です。
「……よしっ、と」
きゅっ、と小気味いい音を立てながら、ようやく最後の部分を磨き上げる。
重粒子偏光式三連砲塔の三番砲身は、いまやぴかぴかに磨かれてまるで新品のような輝きを放っている。
うん、我ながらいい仕事だと思う。
「おつかれさーん」
声をかけられ脚立の上から見下ろすと、見知った顔があった。
「相変わらずマメだねぇ」
苦笑するように笑うのは、同じ居住区グループの女の子。先日の区議会で僕のパートナーに決まった子だ。
「まぁ、仕事だしね」
とんとんと、そう低くはない脚立の段を飛ぶようにして降りる。僕の身が軽いって訳じゃない。居住区は重力制御が成されているが、ここのような非住居ブロックではまだまだその辺がうまくいってない。次の交易点で改修されるって話ではあるけど……。
「仕事? そうかなぁ」
降りてきた僕に、夜食のバスケットを手渡しながら、また彼女は少し苦笑するようにしてみせた。
「おっ、このバスケットって事は……タナカのおばあさんのおにぎりかな?」
「そうよ。おばあちゃん、早起きだから」
「最近はきちんとお米を炊ける人も少なくなってきたからなぁ」
早速バスケットの中から、つやつやのおにぎりを掴み出し、砲塔基部の段差に腰掛けながらかぶりつく。
まだ地球産の純粋米の味を知っている世代から言わせると、今のクローン栽培米はやっぱり感覚が違うのだという。まして交易点で入手できるコメ(米によく似た穀物)は似て非なるものだそうだ。
「うん。だからね、あたしも教わったりしてるの」
彼女も僕の隣に並んで腰掛けた。
「いいね、それ」
一緒におにぎりを食べながら、外部スクリーンに映し出される光景をなんとなく眺める。
映し出されるのは――真っ黒な宇宙と星の海。
まだまだ交易点も、その先の知的生存圏宙域も遠く……宇宙はしばらく静かでほの暗いままだ。
外銀河開拓戦闘艦『アカギ を-16番艦』。ここがいまや僕たちの世界だ。
※ ※ ※
//※上記の区切りは定型で使っているだけのものですので、編集時に適当なものにしてかまいません。
僕たちが後にしてきた地球圏で資源その他の問題で太陽系外への開拓論が興ったのは、それこそ僕らが生まれるずっと前の事だ。
やがてその計画が成熟し、その準備も整い……僕たち地球生まれはそれぞれ順次、文字通り宇宙の果てへと旅立っていった。
明確な目的地(事前調査で人類の生存に適した惑星が存在する可能性うんぬん)があったのはわりと初期だけのこと。
「見果てぬ進展地を開拓する」という名目のもと、次第にそれは野放図な形で発展していく。ある地点に向けて出発した船団を送り出した後は、そこから方角を少しずらして新たな開拓団を出発させる。それが終わったらまたちょっとずらして次を……。
出発した時にはほんのちょっとの方角のずれであっても、そのまま宇宙を進んでいけば次第にそのずれは大きくなっていく。それぞれの船団はまさに宇宙にばら撒かれた地球人の種子のように、見果てぬ宇宙を誰も知らない目的地を目指して孤独に進んでいくことになる。
そういった、いわば「宇宙開拓ラッシュ」が加熱した裏側には、宇宙船の内部居住区における生命・資源サイクル技術が成熟し、よほどのトラブルでも無い限りは船内での生活に不自由がなくなったこともあるのだろうが……。
当時の統合政府は「地球人の新たな可能性」「見果てぬ世界への探求」なんて、美辞麗句ばかりで飾っていたのだけど……もしかしたらその段階で地球という惑星はかなりギリギリの状態だったのかもしれないな。
「……仕事っていうだけで、ここまで熱は入れられないと思うなぁ」
彼女がさっきまで僕が手入れをしていた砲塔の、つやつやした表面を撫でながら言う。
「この区域の兵装の手入れは僕の仕事。仕事は大事さ? 僕たちがこうしている意味ってのを忘れないためにもね」
「ふふっ、そうやってムツカシク言う時って……何かもったいぶってる時の癖だよね?」
//※「ムツカシク」=難しく、むつかしく、を意味ありげに言った表現です。翻訳においてあまり似た表現がない場合は強調点を付ける感じで良いのかな、と。
「見透かすなぁ……」
「パートナーだからねっ」
にっ、と歯を見せて笑う。僕は彼女のこういう子供っぽい表情に弱い。
正直言えば、船内の装備や備品の類の整備は基本的にはほぼ機械まかせ。僕の担当はあくまでその機械の仕事をチェックするだけの事だ。まして砲身を磨き上げるのなんて本来はロボットの仕事なのだ。
それに……たった今磨き上げたこの砲塔の事を僕はついいましがた「新品同様」と評したのだけど、実際のところこの砲塔を含め、この艦に装備された武装のほとんどは数えるほどしか使われていない、まさに新品同様だった。
人類の知らない宇宙の深部には数多の危険が待ち構えている――そういった危惧から、開拓船には多種の武装が搭載されており、種別としても戦闘艦の扱いとなっている。
しかし、実際に宇宙を進んでいくと、それらが活用される機会はほとんど無かった。僕たちの船も既に何度と無く他の銀河の文明と接する事になったが、彼らは驚くほどに友好的――というより中立的だった。
まずもって前提として彼らにとってみれば僕らの船などは、水面に揺れる小船のようなもの。せいぜいそれが弓矢や投石器で武装していたとしても脅威など感じ得る筈もなかった。
そして、その上で彼らはほぼ等しく僕らを差別的に見る事はなかった。同時に必要以上に歓待することも無く、要は「ああ、またどっかの辺境から何か流れ着いたな」くらいの認識でしかなかったのだろう。
とはいえ、こちらが何かしら彼らにとって有益な物資や情報を持っていれば、それは相応の対価をもって迎えられるのだ。
その点において、地球産の物資は彼らにとっては非常に貴重なものが多く、僕たちは実に価値ある「交換」をさせてもらえた。中には全くの辺境地である地球の文化や情報そのものが有益に働いたことさえもあった。
何度かの他文明との接触で僕たちは知ることになった。成熟しきった文明の間においては、争いは滅多に起きることがない。もちろん群発的な事故や事件はあったとしても、それはその文明同士で損害に見合った対価を支払う事で解決が成される。戦争、ことに宇宙を挟んでの抗争はどちらにとっても喪失するエネルギーが高く、効率的ではない。
まして侵略などと考える向きは少ない。そんな余力があるのなら、自己の領域を進歩させていった方が建設的なのだ。
中にはそうは思わない文明もあったのだろうが……いまや大抵の文明間では相互に決め事や協力が成される不文律(きっちり明文化されてはいない。きっとそれが逆に良いのだろう)が形成され、目に余る乱暴物は勢力を伸ばす以前に袋叩きの目に合うのだという。
僕たち地球の人間が彼らのそういった「目に見えないルール」を熟知するにはまだまだ成熟が必要なのかもしれないが……とりあえず僕らの船団について言えば、相応の「謙虚さ」を備えていた。
というかケンカ売っても、どう転んだって勝ち目なんかないし。
ともあれ……この大仰な武器は、これまで戦闘で使われた事は一度もない。過去に使用されたのは(まだ他文明がきっちり整備していた航路を知らない時期に)隕石群に向けて低出力で発射された時くらいだ。
「この武器、思い入れでもあるの?」
「……そうだね。思い入れ……かな」
もはや今後も使われることは無いだろう、そいつの艶々した表面をもう一度撫でる。基部に控えめに記されたマークを指でなぞる。
「兄さんの話、したっけ?」
「ううん」
「地球を出る前は、技師だったんだ。こいつを設計したのも兄さんなんだ」
「へぇ……」
彼女はまるで実際の兄さんを紹介されたかのように、砲塔に向き直って見つめなおした。
「地球を出る時って……お兄さんも開拓船団に?」
「僕らの船団の25代くらい前だったかな?」
さっきも言ったように船団の進む方角は少しずつずらされていく。25代前ともなれば方角もずいぶん離れてしまっており、おそらくもう二度と遭遇することは無いんだろう。
「宇宙に出てしまえば、技師の仕事はたかが知れてるだろうから……食器でも作る職人に鞍替えするか、って言ってたよ」
「あはは。随分と頑丈な食器を作ってくれそうだねぇ」
彼女もまた、艶々した表面を撫でながら笑った。
さっき僕も触れた基部に記された……「GM」のイニシャルを象ったマーク。兄さんの仕事である証の控えめな証。
「家族の話なんて、初めてだねぇ」
「そうだったかな……」
「ふふっ、ちょっと懐かしさで涙ぐんじゃってる?」
「まさか」
思わず苦笑する。
「男はちょっとやそっとの事じゃ涙は見せないんだぜ」
「おっと、前時代的ぃ」
「ま、これも兄さんの受け売りなんだ」
涙ぐむまではなかったものの……確かにちょっと心の奥がむずがゆくなった気はする。「じゃあ、お返しに話そうか? あたしもね、お姉ちゃんがいたんだ」
「お互い二番目だったんだな。上に兄弟がいると大変だろ」
「ふふっ、できのいいお兄ちゃんお姉ちゃんと比べられたりね?」
目を細め、少しはにかんだように笑う。これまで見た事がなかった、優しい笑みだった。
「お姉ちゃんは……イタリア料理のコックさんだったの」
「ああ、それは……」
開拓船団ではよほど重宝されただろう。長い宇宙生活でもっとも重要視されるのは食事の問題だ。何度目かの宇宙生活実験でもっともストレスを生んだのは疲労や不眠ではなく、上手い食事が採れなかった事というデータが出ていた。既に自動調理器は普及しきっていたが、それでは補いきれないということで、既に数を減らしつつあった料理人への重要視は日に日に高まっていった。
「お姉ちゃんのクリームパスタ、美味しかったなぁ……」
「うちの区域にもトニオさんがパスタの店を出しているじゃないか」
「う~ん、腕はいいんだけどぉ……やっぱり宇宙小麦じゃねぇ」
宇宙小麦って通称しているのは、ここ近辺の宙域で流通している小麦と同種の植物のこと。
これから作られた麺はクローン小麦のものよりも触感や味が本来の小麦麺に近く、あっという間に普及してきたのだけど……。
「……青い麺って、なんだか違わない?」
ただ、色がどう処理しても青色になってしまうのが難点だった。
「……まぁ、それはトニオさんのせいじゃないしなぁ」
「あはは、そうだね。それを言ったら可愛そうだよね」
彼女は愉快そうにけらけら笑う。
「あとね、お姉ちゃんのパスタは……こう、もうちょっと平型でね。食べやすいように短めに切り揃えてあるの。もちっとしてて……歯ごたえがあって……。クリームもたぁっぷり生クリームが使ってあって……」
「ずいぶん克明に覚えてるもんだなぁ」
「ふふっ、ちょっと思い出で美化されてるかもだけど」
気恥ずかしさをごまかすように、悪戯っぽく舌を出して笑う。
「きみのほうこそ、ちょっと泣きそうなんじゃないかな?」
「そんなことありませんよーだ! それにね、泣きながらご飯食べると美味しくないの!」
言って、がぶっと残りのおにぎりを齧った。
「えへへ……これ、お姉ちゃんの口癖だった」
懐かしい話のあと、僕たちはまた外の星たちに目を移す。
「実はね……もう、きっと会えないと思うのに……なんだかあんまり寂しく感じないの……悲しくないの……どうしてかな」
「……僕も……そうさ」
もしかしたら僕たちの中で、かつての家族――兄や姉の存在が過去になってきてしまっているんだろうか。
いや、それよりも――。
僕も彼女も、見た目は20代の成年だ。しかし、既に船団のほぼ全ての人間は、過去に停泊した星で年齢最適化処置を受けており、宇宙基準の平均寿命1500歳と同じくなっている。
僕もかつては40代の中年であったが、生命体としてのピーク時期の姿として今のこの姿に若返り……既に年齢は数えて250歳。
彼女には(エチケットとして)聞いた事はないのだけど、おそらく僕と同じようなものだろうとは思っている。
年齢最適化処置を受けた以上、このピーク時の肉体がずっと維持され、今後加齢して容姿が変わることもない。
そうやって寿命にせよ外見的にせよ……過去の地球人のそれと大きく違ってしまったいま。
もしかしたらかつての家族を懐かしむとか、大切に思う気持ちも消えてしまったのではないかと――。
それが、いまの僕たちが根底に抱えている不安なのだ。
年齢最適化をあえて行わず、最低限の健康管理だけで済ませているタナカのおばあちゃんのような人は少数派だったが……なんだか少しだけ気持ちがわかるような気がしている……。
「ね」
彼女がそんな不安を振り払うように、無邪気な笑みを浮かべた。
「子供……どうしようか」
僕と彼女は「パートナー」だ。いずれ子供を作り、次代に子孫を残していく役割がある。
しかし、いまや人類の寿命が1500歳。加えて望むのならばクローンやサイボーグ処置などの更なる延命措置も行える。「変わっていく」ことを恐れないのなら、いまや人類は不老不死の術さえ獲得したと言えるのかもしれない。
だけどそんな「人が死なない」状況で、野放図に子供を作ることは許されていない。ある程度の資格検査を受け、それを区議会の審査にかけた上でようやく許可が下りるのだ。
「あたしは……ほしいな、赤ちゃん」
しかし彼女は、そんな難しさをふまえても、その主張を曲げなかった。
「……そうだね」
僕も、そんな彼女の熱意に動かされつつはあった。あった、が――。
「次の交易点まで、答えを待ってくれるかな」
なんだろう……僕にはやっぱり不安があった。
ここに居る僕は、かつての僕と同じなんだろうか。
家族として兄さんを慕い、懐かしむ事ができた自分と、同じものなのだろうか。
彼女との子供を、家族として愛することができる自分なのだろうか。
「…………うん」
彼女は少しだけ寂しそうな間を挟みながらも、小さく笑んで頷いてくれた。
※ ※ ※
「あー! 久しぶりのふつうの地面っー!」
宇宙港に面した繁華街で、彼女は子供のようにスキップをして、大きく伸びをしてみせた。
基本的には船内でも居住区は大気や重力も含め地面の感触その他全てが「ふつうの地面」と同じように調整されている。しかし、それでもこうして惑星の地面に足を付けることで感じる安堵感……高揚感……そういったものは薄れない。
どうしてだろう、と僕が言うと……。
「決まってるわ。やっぱりあたし達は、こうして地面の上で生きる生き物なんだから」
久しぶりの下船によるテンションも手伝い、そんな風に言う。
この感覚がある以上は、まだ僕たちは地球人ではあるんだろうね。
「それじゃ、まずはどこに行く?」
「食事! 異文化圏に来たら、まずはその土地の食事を嗜まなくちゃ!」
「いいけど……言ってもこの前の交易点とそれほど離れてないからね、そんなに変わらないかもしれないな」
それぞれの文明圏同士は、交易種族として広く宇宙に広がっている「トレーダー」という種族によってある程度繋がっている。
彼らはどんな種族ともコミュニケーションを取り、あらゆる取引きに応じてくれる。実際、彼らの普及させた共通言語と翻訳機によって僕たちもかなりの恩恵を受けていた。
彼らはある程度の深部宇宙を超えるとほぼどこにでも存在した。この繁華街もトレーダーが作り上げたものだというし。
……もしかしたら、例の宇宙における友好的バランスも、彼らのこのコミュニケーション能力が齎しているのかもしれない。
「変わらなくてもいーの! 同じメニューでも土地によって、料理人によって違いがあるんだから! ほら、いこいこっ!」
「はいはい」
手を引っ張られるようにして、町に繰り出していった。
※ ※ ※
「…………!」
飛び込みで入った料理屋でメニューを開き、僕と彼女はほとんど同時に声を上げそうになった。
「クリームパスタ……!」
そこには見間違えようもなく確かにそう書かれていた。
もちろん、他の星系にも「パスタ」と呼べる料理はあった。それはそれぞれの文明独自の食文化の発展で偶然近しい料理になったものもあれば……トレーダー種族がかつての僕たちの先人たちと接触し、それを広めた形のものもあったのだが……。
その大半は名称がその土地土地で異なっていたり、中には伝言ゲームのように間違って伝わるもの(パソタ、ペソタの類)が往々だった。
料理としては最初の似て非なるものは当然ながら、地球人から伝わった「パスタ」であっても、その土地ごとの材料を用いていたり、調理法が違っていたりと……細かな差異があるのが普通だ(旨い不味いはまた別の問題。偽物っぽくてもむしろ美味しかったパターンも多い)。
しかし、このメニューには……どうあれちゃんと「クリームパスタ」とあった。さっきの伝言ゲームの流れで「クリーム」も「パスタ」も合っているのは稀有だ。
まして僕らは少し前にあんな話をした後でもあったのだ――。
「お決まりです? ご注文は?」
もふもふとしたぬいぐるみのようなトレーダー種族のウェイターに僕たちは……。
「「クリームパスタ!」」
思わず声を揃えて注文してしまっていた。
※ ※ ※
「これは……」
出てきたそれは、僕たちの認識上のクリームパスタとは大きく違った。
まず、器がドンブリだ。しかも陶器とかではなく、ツヤツヤの鉄製の大ドンブリ。
そして、麺は(これはある程度想定していたものの)青色の宇宙小麦麺。かけられたソースは赤色で、色とりどりの具材は現時点ではちょっと何だか判らない……。
「いただきますっ!」
それでも彼女は迷わずに「クリームパスタ」に手をつけた。
「………………!」
直後、目を見開いて固まる彼女。
「どうしたの? あんまり……」
美味しくなかったのかな、と僕も遅れてパスタをすする。
不味くなんかない――いや、美味しい――!
平型で食べやすいように短めに切り揃えてある麺――。
もちっとしてて――歯ごたえがあって――。
赤いソースは、たっぷりの生クリームの風味が――。
「こ、これって……!」
僕は彼女のほうに視線を送るが、彼女は彼女で僕のドンブリを見つめているようだった。
「………………!」
彼女の視線をたどるように、ドンブリに指を這わすと――。
指先に、忘れもしないマークの感触が――。
「あはは……青い麺に赤いクリームって……なによぅ……。こんなのクリームパスタじゃないじゃないぃ……もぉ……」
「パスタにドンブリってなんだかなぁ……。もうちょっとシャレた、色気のある食器を作る時間くらい……あったろ……ははっ」
「あれあれ? お客サマ……合わなかったです? お口に?」
ウェイターが僕らの様子を見て、心配したように言う。
でも……僕らは僕らで、それに鷹揚に応える余裕さえなかったんだ。
「あはは……。男はちょっとやそっとで泣かないんじゃなかったのぉ?」
「きみこそ……泣きながら食べると美味しくないんだろ?」
お姉ちゃんのクリームパスタに――兄さんの食器――。
それは一体、どこで巡り合ったんだろうか。
この、二度とは巡り合わないはずの、広い広い宇宙の中で……。
「美味しい……うん、すごく……うまいよ……」
「ああ、お客サマたちの星、嬉しいと涙分泌するです? 良かったですね。それなら」
ウェイターが安堵し、ネコのような目を細めて笑った。
「自慢の料理です。これ。伝わってるです。遥か遠くの星から」
「お姉ちゃん……」
「この器もそう。丈夫です。美しいです。鉄なのに温かみもあるです。広く、広く、流行です。ブームです。とても良い交換です」
「兄さん……」
僕たちは改めて顔を見合わせ、笑った。涙でくしゃくしゃの顔のまま、笑った。子供のように、鼻水だって出てたかもしれない。
もしかしたら――。
単純に二人の乗った船団は何らかの事情でルートを変え、僕たちの航路とそれぞれに交わっただけなのかもしれない(それだってすごい確率だけども!)。
もしかしたら二人はそれぞれの交易点でそれぞれの技術を伝えてゆき……それがこの星で交わったのかもしれない。
二人は出会ったのだろうか? なんらかの言葉を交し合ったのだろうか? 僕たちと同じように、弟や妹の話を笑いあいながらしたんだろうか? 僕たちのことを懐かしく思ってくれたんだろうか?
もしも……これは本当にもしものことでしかないのだろうけど……。
僕たちと同じようにお互いをパートナーとして認め合ったりしてくれただろうか。
「わ、わだじ……」
彼女が鼻水をずずっとすすり上げながら、やっぱり涙でぐしょぐしょの顔で笑う。
「なんで……どうして寂しいって……悲しいって思えなかったか、わかったの……!」
実は僕もたったいま、同じことに思いついていたけど……。
「聞かせてくれる?」
彼女にそう、促した。彼女の口から、彼女の言葉で聞きたかった。
「それはね――」
※ ※ ※
僕らを隔てているのは、ただの宇宙だ。
そこにはかつての地球人では想像もできないほど、途方も無い距離があるのだろう。
でも……僕たちはどうあれ繋がっている。
今までも……そしてこれからも、その宇宙同士で繋がっていた。
だから、寂しくはない。悲しくもない。
こうして、たまには……本当にたまの偶然には、そのちっぽけな種子の欠片程度には、触れられる可能性もあるんだから。
彼女がそういった事を、彼女なりの言葉で話すのには、すごく時間がかかった。
まだ聞かされていなかった「お姉ちゃん」の思い出なんかも含まれてて、話がいったりきたりで……目の前のパスタのどんぶりが空になっても、まだまだ終わらなかった。
でも、僕は時間も忘れてそれを聞き入った。彼女の話がすごく嬉しくて、楽しくて……。
でもね、覚えておくといいよ。
きみの番が終わったら今度は僕の番なんだから。語りたい思い出も、話したい気持ちもいっぱいあるんだ。
それにね、僕の話はそれだけじゃないんだよ。
もうひとつ、きみに言うべき……言わなくちゃいけないこと。
船に戻ったら、僕たちの子供をつくろう。
どんなに困難で、大変でも、一緒にがんばろう。
この宇宙の中で、僕たちにしかできないつながりをつくろう。
このとっても素敵でとっても素晴らしい世界を、僕たちのまだ見ぬ子供にも分け与えてあげよう――と。