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作者: 田名国

普通の恋物語です。

初投稿ですが、読んで頂けると幸いです。

「何から書こうか?」

 筆を執りながら考えてみる。

「実際、書こうと考えると分かんなくなるもんだな」

 頬杖をついて、少し苦笑いをしてしまう。

彼は、頭で物事を整理して、順々に考えることが出来るが、文章に自分の気持ちを表現する事が得意では無い。

「まぁ、始まりから書くのが一番か」

 筆を進め始める。

「二人の事だから、よく覚えているし、その方が書きやすいしな」

 これは特に変哲も無い、一人の男の話である。

 

 彼はごくごく普通の会社員として充実しているとも言えないが、特に不満のない生活を送っていた。

 不満。

有るには有った。

 でも、我慢できないほどでは無い。といった感じだ。

 彼には夢が無かった。

 会社で出世して、偉くなって、綺麗な女性と結婚して、子供を作って、孫の顔を見て、穏やかに人生を終える。

 そんな幸せな理想を望んではいなかった。

 憧れはしていたのだろう。

 ただ、憧れは憧れであって、そこにたどり着くまでの道程が面倒だったのだ。

 「人生一度きりだし、その場その場で自分がしっくりする選択をしていけば、まぁ満足だろう」

 そんな感じに考えて日々暮らしていた。

 

 9月の始め。

 会社内で人事異動があった。

 今回は彼も異動の対象だった。

 彼が会社に勤め始めてからこれで異動は二回目。

 「丁度、今の勤務先にも飽きてきていたし、タイミング的には良かったな」

 「転勤先でうまくいかなかったら次の職でも探すか」

 異動自体は何も問題は無い。

 むしろ彼がその時置かれていた状況からすると好都合だった。

 その時は、同僚との力量差を強く感じていて、彼が思ったこと、やりたいことを実行出来ず、仕事に対して楽しみが無かった。

 ただ、ただ、現状が変わることを望んでいたのだ。

 

 10月下旬。

 新しい勤務先での仕事が始まった。

 何度か足を運んだことのある職場で、上司も若く、自由度の高い職場だった。

 「この状況ならもう暫くこの会社でもいいか。

 今までの抑圧されていた状況からは抜け出せた訳だし。

 自分がどこまでやれるのか、試してからでも遅くはないな」

 逃げていた事は自覚できている。

 自分で抜け出したわけでは無いし、 現状を打開した訳でも無い。ただ、現状が変わってくれることだけを望んでいた。変わってくれたのだ。

 都合の良い考えだった。

 都合の良い状態になってくれたのだ。

 それでも彼は仕事を楽しめるようになった。

 日々職場へ行き、上司、同僚、部下と業績を伸ばすために働いた。

 

 そんな新しい職場で、ある女性と出会うこととなる。

 彼女は、明るく、気が強く、気さくで、年齢は彼と同じ位の女性だった。

 日を重ねることで、休憩中やすれ違った時に少し話しをする程度の仲になった。

 「まぁ職場なのだからその位は当たり前の事だろう。

 僕より先にこの職場にいたし、普通に接していた方が都合が良いな」

 そんな風に当時は考えていた。

 

 これが彼と彼女のなんの変哲も無い出会いである。

 当時は彼女のことを《気になる女性》とすら思って無かった。

 まぁ、今となっては「そんな風に考えるようにしてただけなんだろう?」と彼に言ってやりたいくらいだ。

 

 数か月が過ぎ、春がまだ気配すら感じさせない三月の中旬。

 彼女とは依然として進展は無く、普通に会話する程度だ。

 職場の友人としてだが。

 

 彼には友人がいない。

 厳密に言うと、田舎に旧友はいるが、単身上京してからというもの友人を作っていない。

 彼曰く

 「職場が変われば休みも合わなくなるから。合わせるのも合わせて貰うのも申し訳ないし、わざわざ会いに行くのも会いに来るのもお互い面倒なだけだから、それがお互いのためだ」

 である。

 なんとも自分本位である。

 

 今までも同じようにその場で仲良くなることはあった。

 だが、職場が変わると同時に連絡を取らなくなり、友人を続けないようにしていた。

 今回も同じ事。「仲良くなっておいた方が都合が良い」と言う考えだ。

 そんな理由からではあったが、彼女を食事に誘った。

 下心は無かった、かもしれない。

 

 「丁度話したいこともあったの」

 彼女からの一言。

思考が巡る。いや、妄想か。

 「なんだ?」

 「この状況から想定するに、告白?」

 「いや待て。それは流石に都合良く考えすぎだ」

 「実際、告白されたら俺はどうする?」

 「暫く彼女なんて居なかったし」

 「いや待て!都合良く考えるな!」

慌てすぎである。

 まぁ、世の一般男性はこのような思考に陥ったことが一回や二回はあるはずだ。彼だけでは無いはずなのである。

 そんなこんなで予定を取り付け、電車で三駅程離れた彼女の家に近い場所を選んだ。

 と言うか彼女の中では決定していた。

 「ここが良い!」と無邪気に言うものだから断れもしなかった。

 予定日まではまだ日にちがある。

 余計な想像、もとい、妄想をしないように心掛けよう。

 

 予定していた日より前、残り就業時間が僅かになった時。

 仕事終わりになにをしようか彼は考えていた。

 ふと、彼女は今日なにをしているか気になった。

 「彼女の予定が空いていたら、今日食事出来ないかな?」

 と考えつつ連絡してみる。

 「まぁ、もともと予定していたのだから、前倒しでも良いだろう。もちろん彼女次第だが」

 ただ彼は、彼女との食事を待ちきれなかっただけだった。

 

 間もなくして彼女からの折り返しの連絡が入る。

 「特に何もしてないよ。これからでも大丈夫だけど、ちょっと準備するから時間頂戴!」

 思いの外すんなりだった。

 その時の彼は内心、

 「こんなにテンション上がるのは年一位だ!」

 三月に彼の年一のハイテンションを済ませてしまったのである。

 

 残りの仕事を今までに無いくらい手早く終わらせ、同僚がいそいそと仕事をしている姿を横目に

 「おつかれっしたー、お先に失礼しまーす」

 と駆け出すように職場を後にした。

 

 彼女の指定した時間に着くように電車に乗る。

 早くも済ませた年一のテンションを紛らわすため音楽を聴くが、耳に入ってこない。

 「話しってなんだ?」

想像できる限りを想像しつつ駅に着いた。

 改札出口に彼女を見つけた。

 本当に急いで準備をしたのだろう。息が上がっている。

 「そんなに急がなくても良かったのに」

 嬉しい気持ちを抑えるように困った表情で彼女に言う。

 「いや、待たせちゃまずいし、何より美味しいもの食べれるから!」

 無邪気に返してくる。

 「そっか、じゃ美味しいもの食べに行くか」

 「うん!」

 駅からほど近い小洒落た居酒屋に入る。

 ここは彼女が姉とたまに来る場所らしい。魚が上手いそうだ。

 「何名様ですか?」

 「二人です」

 二人です、の言葉に少し動揺した。

 異性と二人で居酒屋に入るなんていつぶりだろう?などと考えてしまった。

 案内された場所は個室になっており、落ち着いた空間になっていた。

 「これ食べたい!あっ、これも!」

 「これも食べて良い?」

 「これ食べたい?」

 おしぼりで手を拭きながら、まるで幼少時にプレゼント箱をどれから開けようかウズウズしている少女のようにメニューを開く彼女。

 「こんなに可愛かったか?」

 と感じた。


 他愛の無い会話で盛り上がる。

 職場での出来事や彼女の友人の話し、彼女の姉の話し。

 普段は話さないような話を沢山した。

 

 1時間ほど経過しただろうか。

 ふと、会話が途切れた。

 そして彼女がゆっくりではあるが話し始めた。

 それは、およそ二ヶ月前に彼女に起こった事だった。

 話し始めた彼女はさっきまでのそれとは違い、酷く脆く、か弱く、か細く見えた。

 本題はこれだったのだ。

 想像とは全くもって別次元。

 想像だにしなかった。

 

 その出来事に対して彼女は、

 怒り

 憎しみ

 絶望

 悔しさ

 ありとあらゆる暴力的な感情と負の感情が溢れかえらんばかりに内包している。

 と彼にゆっくり話してくれた。

 

 話しを聞きながら彼は、

 どうして彼女が!

 彼女をこんな状態にした相手を絶対に許さない!

 そんな事があっていい訳がない!

 何故その時に僕がいなかった!

 こんな状態なのに、何故僕は気付いてあげられなかった!

彼自身にも感情の波が押し寄せてきた。

 

 涙を流しながら話してくれる彼女。

 話を聞くことしか出来ない彼。

 

 「考えるんだ!思考しろ!想像しろ!妄想しろ!体現しろ!彼女が少しでも楽になる行動を!言動を!」

 そんな事ばかり考えていた。

 考えるばかりでなんの言葉も出てこない。

 酷く悔しい。

 ただそれだけだった。

 一人の女性を元気づける事さえ出来ない自分が惨めだった。

出て来た言葉と言えば、

 「相談ならいくらでも乗るよ!」

 なんだそれは?軽い。

 「そばにいるから」

 そんな事じゃあない。

 「そいつを許さない」

 だからなんだ。

 出て来る言葉全てが上辺だけのようになってしまう。

 そんな言葉をかけるつもりじゃあ無い。そんなつもりじゃあ無いのだか言葉が、足りない、軽い。

 

 そんな彼を見て察したのか、

 「ありがとう」

 彼女は、そう笑顔で言ってくれた。

 その笑顔も、彼女が振り絞った優しさで作ってくれたものだったのだろうと感じた。

 

帰りの電車の中、何も出来なくて悔しくて握られた手のひらに爪跡がはっきりと残っていた。

 

 家に帰り、少しは冷静に考えられるようになったが、煮えくり返った気持ちに整理が付かず、眠れなかった。

 彼女のことばかり考えていた。

 どうすれば彼女を苦痛から解放できるか。

 どうすれば彼女は幸せになれるのだろうか。

 どうすれば。

朝まで考えて出た結論はたいしたことじゃあ無い。

 普段通りに接する。

 彼女の表情などで精神状態を推察し、合わせた行動、発言をする。

 知識を付ける。

本当にたいしたことじゃあ無かった。

今の彼に考えられることはこの位しか無かったのだ。

 これが彼の精一杯。

 今まで生きてきて精一杯がこの程度かと落ち込んだ。

 

 それからも彼女は普段通りに接してくれた。

 彼も出来る限り彼女の気が紛れるように振る舞った。

 

 翌月。

 彼女と食事をした。

 これで彼女と食事するのは二回目だ。

 少し時間が経ち、彼女に起きた事も進展し、彼女の気持ちも少しではあるが整理が出来てきているらしい。

 だが、彼女の心に残った傷跡は生々しく、彼女の笑顔を見る度に、傷口を抑えながら痛み泣いている姿が見えるような気がしていた。

 その日も他愛の無い会話で時間が過ぎていった。

 

 それから何回か、一月に一度のペースで彼女と食事をした。

 日を重ねる毎に、彼は彼自身にある欲が出て来ている事に気付いた。

 彼女が笑っている姿を見ていたい。

 彼女がちっちゃな事に腹を立てている姿を見ていたい。

 彼女がちょっとした段差で躓いて恥ずかしそうにしている所を見ていたい。

 彼女を誰よりも幸せにしたい。

 彼女と一緒に幸せになりたい。

彼は彼女を好きになっていた。

 

 無邪気な所。

 すぐむきになる所。

 お酒が好きな所。

 相手を気遣う所。

 笑う所。

 すぐ足がつっちゃう所。

 仕事に真面目な所。

 実は弱い所。

挙げだしたらきりが無い。

 彼女に起こった事。残った心の傷。

 彼には消し去ることは出来ない。

 でも彼は、

 「これからの僕を賭けてでも、今までの全てを上書きし、塗り潰し、ちいさくまとめて見えなくなるくらいにして、今までの君の人生では考えられないくらい、幸せにしたい」

 と、今度会ったときに伝えようと考えていた。

 

 

 

 ここまでが、今日までの話。

 

 そして彼は君に言った。

 「これから二人は幸せになる予定。続きは明日から書いていくのだけれど、この先は一緒に考えてくれないか?」

 彼は精一杯の優しい顔で君にそう伝えたのでした。

感想などあればお聞かせ下さい。

読んで頂き有り難う御座います。

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