ヒマワリの君
2016年10月26日に作成。お蔵入り。
嶺上開花としての2作品目です。
夏になると母の実家がある田舎に帰る。俺もそれについて行く。
いや、“ついて行く”というよりも“連れて行かされる”といったほうが妥当だろう。
別段、母の田舎が嫌いなわけではない。しかし、何もない――というより無さ過ぎるこの田舎が不便すぎてならないのだ。
コンビニなんかは有る訳が無く、買い物となると車で15分ほど行った先にある小汚い商店にまで行かなければならない。 幸いにも電気が通っているのが唯一の救いだ。
さて、自己紹介がまだすんでいなかったか。 俺は御影 忍、父はとある会社の起業者。母は多忙な父を支える専業主婦をやっている。 高校2年になるが未だに過保護な親に振り回されながら生きている。
この物語は、そんな俺の何の変哲もないはずだった夏の帰省から始まる一つの恋物語である。
*****
夏、庭先に植わっている木には蝉が2、3匹引っ付いていてしゃわしゃわと五月蝿いほどに騒ぎ立てている。 何が楽しくてそんなに騒ぎ立てているのやら、と頭の片隅で生物の生存本能を小ばかにしつつ、読みかけの本に意識を戻す。
窓は網戸になっていて風が吹き込み、そもそもの気温が自宅のある都会と違うからかそこまで暑くはなかった。(とはいうものの、最近は温暖化の進行なんかにより例年よりも気温は高くなっていた)
ここで少年――御影 忍が本を読んでいるのは決して暑いからでも蝉が五月蝿いからでもない。 只々外に出る用事など無く、友達もいないからである。
友達がいないのは田舎のことに限らず、学校でも友達は居なかった。(全く居ないわけではなく、そう呼べる友達が少なかったのである)
「忍~、お母さんちょっとおばあちゃんと出かけてくるから、留守番よろしくね~」
「ん~。 いってらっしゃい」
忍は曖昧な返事を返し、車に乗る祖母と母を見送り、同じ場所に座り本を開く。
気がついたらもう昼過ぎになっている。いつの間にか寝てしまったのだろうか。全く記憶が無かった。
変な姿勢で寝てしまっていたらしく、肩や腰がひどく痛かった。
(ん… 今何時だろう)
ゆっくりと上体を起こし、時計を確認しようと辺りを見渡す。
「あ、やっと起きた。 昼ごはんもう出来てるよ」
「あぁ、うん…」
……うん?
「そういえば始めましてだよね? 私は日向 葵、1ヶ月くらい前からこの家にお世話になってるんだ。よろしくね…えっと…」
「あ、御影 忍です」
おどおどとした表情で自己紹介を済ませると、葵はにぱっと笑い「じゃ、お昼食べようか」と言い茶の間へと向かい、少し遅めの昼食をとった。
大分日が傾き、空が赤く染まりきった頃に母と祖母が帰ってきた。そのとき丁度忍は葵と夕飯の支度をしていた。
「ただいま~、ちゃんと留守番してた?」
「お帰り、母さん。 そんな事より聞きたいことがあるんだけど」
神妙な顔つきで葵のことを話そうとすると、母はその事を見透かしていたらしく「葵ちゃんの事?」と能天気に答えた。
「いやだって、『実家に忍と同い年の女の子が居る』なんて言ったら忍のことだから絶対に来ないでしょう? だからわざと黙ってたのよ」
「別に葵が居るからどうこうって話じゃないんだよ」
「あら?もう名前で呼んじゃってるの? 相手が葵ちゃんだったらお母さん安心だな」
「そういう話じゃないって、あとそういうこともないから。 聞きたいのは、葵がここに居る理由だよ」
「あ、なんだそうなの」
「なんで露骨に残念そうな顔になるんだよ」
「だって忍って友達居ないしそもそも小さい頃から色恋の話聞かないし母親としてはそういうことの相談に乗ってあげたかったって言うかぶっちゃけ息子とそういう話をするのが夢だったのよ」
「そんな事どうでもいいわ!」
しかも余計なお世話だ!と叫んでいると、台所のほうから葵が顔を覗かせながら「ご飯できたよ」と忍たちを呼んだ。
夕飯を食べ終わり、母親と一緒に奥の間に入る。
「…で、葵ちゃんがここに居る理由だっけ?」
「そうそれ、それ大事」
母は何時に無く真剣な顔を覗かせている。そんなに重大な事なのだろうか。
「実はあの子、両親を事故で亡くしたらしいのよ」
それは案外にもヘビーな話だった。
話を要約すると、葵の両親は事故で他界。祖父母も葵の面倒を見る事ができるような体調ではないらしい。そこで、かねてより付き合いがあったうちで面倒を見る事になったらしい。
「だからね、べつに無理やり忍と合わせて恋人にしようとか全然考えてないのよ?出来ればそうして欲しいってだけなの」
それもそれで複雑だが… と考えていると、ふと昼間の葵の顔が浮かんできた。
「そういえば、葵は1ヶ月くらい前にここに居るって聞いたんだけど…?」
「そうだけど、それがどうかしたの?」
もしかしたら… と思考を巡らせるが、それを母には悟らせず、「別に」と答えて奥の間を後にした。
ふらっと台所を覗いてみると、葵は黙々と食器を洗っていた。
忍にはその後姿がどこか頼りなさげで寂しそうに見えた。
*****
夜が明け、窓から差し込む光が煩わしく感じられる頃、忍は目を覚ました。
(むぅ… もう朝か…)
昨晩の葵の様子が気になってあまり眠れていないようだが、早く起きないと祖母や母にどやされてしまうので、忍はしぶしぶながら体を起こした。
「あ、忍君起きた? ふふ」
驚いた。 驚きすぎて声帯からふきゅ、と変な声が漏れてしかった。
「寝癖、すごい事になってるよ?」
「……うん」
「あれ?もしかして朝弱い? あ、朝ごはんは目玉焼きと味噌汁だから」
「…? 母さんは?」
「もう出て行ったよ? 何でも、このあたりの人が集まって日帰りの小旅行に行くんだって。 帰ってくるのは夜遅くになるらしくて、おじいちゃんもおばあちゃんも行ってるんだ」
話を聞く限りだと、どうやら葵と二人きりのようだ。
「二人きりだね」
「うん、言うと思った」
忍がそうあしらうと、葵はばつが悪そうに面白くないなと不貞腐れていた。
朝食を食べ終わった忍は昨日、本を読んでいたところに同じように腰を掛け本を開いた。
普段忙しい毎日を送っている忍は、再三暇が欲しいと嘆いているが、暇がありすぎるというのも問題だ。何しろ別段やることがないのだから、その暇を潰すのに忙しくなってしまう。
本を読んでいると、葵がこっそりと部屋に入ってくるや否や、忍の隣にぴったりと張り付くように座った。
「葵…さん? 何してるの?」
「何って… 忍君が読んでる本を横から読んでる。 あと、葵でいいよ」
「そうか。じゃあ聞くけど、楽しいか?」
そう聞くと葵は少し考え込み、かなりいい笑顔で全然と答えた。
「だって途中からだからどんなお話か分かんないし」
「だと思ったよ」
やれやれ、と思いつつページを一つめくった。
「ねぇ、どうせ暇でしょ?散歩でも行かない?」
「こんなクソ暑いのに散歩? 正気?」
冒頭でも説明したとおり、温暖化やらなんやらかんやらで結構気温が上がっているのだ。そんな中を歩くなど軽い自殺行為だ。
「何か見返りがないと行かないな」
「じゃあ、何か得すればいいの?」
「単純に言えばそうだけど、そう簡単な話じゃないよ」
少し理屈っぽくなってしまったが、実際に外は結構な気温になっているだけあってそう簡単には外には出たくない、というのが言いたかったのである。
「うーん… だったら、今晩一緒に寝るって言うのはどう?」
「……何それ」
「ダメ? 一応誘ってるんだけど」
「ダメ。 そんな誘いには乗りません」
「ダメか~」
そもそもどこにダメじゃない要素があるのやら。
「じゃあ、忍は何がして欲しいの?」
葵は真剣な目で忍にぐいっと顔を近づけた。 もう少し顔を近づけたらキスできるくらいには近かった。
「…そんなに散歩行きたい?」
そう聞くと、葵は意表を突かれたように目を丸くした。
「う~ん… そういわれると何も言えないかな?」
散歩を諦めたのか葵は体勢を元に戻した。
その後は何も喋らず、ただただ蝉の鳴き声とページをめくる音だけが響いていた。
昼食を済ませた後、母から電話がかかってきた。 母の話によると、旅行に行ったはいいものの道がすごく込んでいるらしく、とても日帰りでは戻れないという内容だった。
つまり明日、もしくは明後日までこの二人きりの状態が続くのだ。
「はぁ… まず、この時期に小旅行に行こうって言うのが間違いだろうに…」
「あ、誰からだったの? 電話」
「母さんたち、帰ってくるの明日か明後日くらいになるらしい」
「へぇ~、そうなんだ。 じゃあ暫くは二人きりだね」
とてもいい笑顔でにっこりと笑う。 そこで忍は思い切って一つ、胸につまった疑問をぶつけてみた。
「なぁ、俺といてそんなに楽しいか?」
すると、やはり面食らったように目を丸くした。
「葵、本当は――」
「やめて」
それは今まで聞いた事のない声色だった。
「ホントは、自分が一番分かってるの。 でも、私はそれを肯定したくないんだ」
鋭く、しかし思い言葉は忍に積み重なって行った。
不意に忍の顔色を覗った葵は逃げるようにして裏の勝手口から出て行った。 外はどんよりとしていて分厚い雲がかかっていた。
「はぁ… やっぱり他人と関わるのは苦手だ」
放っておけば勝手に帰ってくるだろうと思い、忍は読みかけの本に手を伸ばした。
夢中になって走っていた。 ここに来て1ヶ月とはいえ、あまり道のないこのあたりの地理を把握するのは簡単なことであった。それ故に、夢中になって走っていても自分がどこにいるくらいかは分かる。
「はぁ… はぁ…… 何してるんだろう、私」
自分の本心を知られてく無くて逃げ出して、そして冷静になって考えてみればそれが問題の先送りという事に気がつく。 全く持って最低だ。
ふと空を見上げると、頬にポツリと水が落ちてきた。 次第にそれは強くなっていき、土砂降りとなった。
家からはかなりの距離があるので、戻るにしても戻らないにしても濡れ鼠になることは明らかだった。 勿論、雨宿りできそうなところもないので何をするにしても濡れる事を悟った葵は降りしきる雨の中をゆっくりと歩いて帰ることにした。
雨は嫌いだった。 友達の家に遊びに行く事も出来ないし、外を走る事もできない。雨音は自分が一人だという事を強調してくるし、何より寒い。どの点をとっても嫌いな要素しか出てこない。
(寂しい… 寒い…)
両親が他界し、親戚も誰も自分を引き取ろうとはしない。 ぬくもりの中で育った葵にはその状況がとても冷たく感じられた。そして、雨に打たれている現在と重なる。
相当な雨に打たれながらぽつぽつと歩いていると、急に雨が止まった。
急な出来事に驚き、顔を上げるとそこには息を切らしながら傘を持っている忍が立っていて、自分が濡れるのもお構いなしに傘を差し出していた。
「びしょ濡れじゃん。 風邪引くぞ」
忍はそういうと、照れくさそうに顔を背けた。
嬉しかったのか恥ずかしかったのかは分からないが、葵は忍に抱きついていた。
家に戻り、とりあえず風呂に入ろう。となって風呂を沸かしていた。
「兎に角、先に入りなよ。 俺は後でいいからさ」
「え~、いいじゃん別に。一緒に入ろうよ」
「ダメなものはダメ。 そもそも男女が一緒に風呂はいろいろまずいでしょ」
「でも忍だってずぶ濡れじゃん。風邪引くかもしれないよ?」
的確な返答に言葉も出なかった。
「だから、ほら。 一緒に入ろうよ」
「…はぁ、ダメなものはダメだって」
「でも寂しいし…」
ふと寂しげな顔を覗かせる。 それを見た忍はうぐっと唸るとため息混じりに妥協策を考えた。
「だったらこうしよう。葵が風呂に入ってる間、脱衣所で待ってるから。寂しくなったら話しかければいい」
「そこまで行くなら一緒に入ればいいのに。 それに私がお風呂から上がるときにどうするの?」
「あ…」
そこまで考えが回っていなかったらしく、一本とられてしまった。
「私の勝ちだね。 じゃ、一緒に入ろっか」
ここであれこれ言い訳するとまた何か葵に不快な思いをさせてしまうと思った忍は腹をくくって一緒に入る事にした。
そのときのことはいろいろな事情で話せないが、兎に角どちらも損をしていないのは確かだろう。
その日の夜もやはり眠れず、窓から空を見上げていた。 昼間にかかっていた雲は夕方には晴れ、すがすがしいほどの空が広がっていた。
「あ、やっぱり起きてた」
宵闇の中から葵がふらふらと部屋に入ってきた。
「いやぁ、この部屋が一番綺麗に見えるんだよ」
葵はそういうと、昼間と同じように忍の隣に座った。そしてやはりぴったりとくっついている。
「その… 昼はごめんね」
「…なんで謝るんだ? 悪いのは俺だろ?」
「ううん。 悪いのは私。逃げた私」
達観した物言いをして、葵は忍の肩にもたれかかった。
「ふふ、なんか落ち着く…」
支えている忍も、緊張も無く不思議と落ち着いていた。
「ずっとこうやって過ごせたらいいのに…」
「――だったら、そうするか?」
返答の意図が分からず、葵は「え?」と素っ頓狂な声を出していた。
「俺、実は昼間『ほっとけばその内帰ってくる』って思ってたんだ。 でも、なんか気になって、ほっとけなくて… それに、寂しそうにしてる葵を見て、やっぱりほっとけなかったんだ。 だから、その… 上手くいえないんだけど、これから、ずっと一緒にいないか?」
葵はしばし言葉の意味を考え、嬉しそうに唇を寄せた。
*****
あの夏から既に5年が経っていた。
高校を卒業した忍は父親の会社に就職。 それなりに業績を上げていた。
私生活の方でも忍は結婚し、妻のお腹の中には既に第一子がいた。
とても忙しくはあるが、忍はかなり幸せだった。
何せ忍の傍らには、夏に咲く向日葵のような眩しい笑顔があるのだから…
いかがでしたか?
次回のお蔵入り小説もお楽しみください。