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ミステリ小説バー『ディッカーズ』

とびらのさん主催の『下ネタ短編企画』参加作品です。

ですので、当然下ネタ噺です。


お気軽にお読みくださいませ。

 私はミステリ小説バーという、ちょっと変わったお店をやっております。

 お店の名前は『ディッカーズ』です。とあるミステリ作家の名前を読み替えてつけた名前ですが、聞かないとわかりませんね。


 ちょっと変わっているといっても、見た目は普通のショットバーです。メニューも普通です。

 オーソドックスなカクテルやウイスキー、いくつかのワイン。そしてちょっとしたおつまみをご用意しております。


 他のお店と少し違うのは、店名の前にあるミステリーバーの名前の通り、ミステリ小説を店内で読めるようにしております。

 お店の壁一面が本棚になっていて、洋の東西を問わず、古典も新刊も、可能な限り入荷することを心がけております。

 お店を始めた当初はお金も無くて古本ばかりが棚にある状態でしたが、お陰さまで常連様も増えて新刊を入荷できるようになりました。本当にありがたいことです。


 お店では特製の「しおり」を販売しております。

 これをご購入いただいた方は、店内の好きな本にしおりを挟んでおいていただくことができ、次回のご来店時に続きから読むことができる、というわけです。

 しおりを挟まれた場所は別に記録をつけておりますので、うっかり落とされた場合でも安心です。

 それらサービスも含めて一枚2000円ではありますが、私のデザインを気に入ってくださった方もおられ、そこそこご利用いただいております。


 営業時間は夜八時から深夜三時まで。

 今日もいつも通り、六時に店に来て、掃除をして、消耗品の確認をして、近くの店で買い出しをしてオープン準備を整えました。愛用のソムリエエプロンを腰に巻くと、気分が引き締まります。

 このように少し早めに来て、開店時間までゆっくりと本を読むのが私の趣味です。趣味が高じた店というわけですね。


 そして開店時間がやってきました。

 バーというのは、その業態上どうしても二軒目や三軒目に立ち寄っていただくお店なので、早い時間はあまりお客様はいらっしゃいません。

 おおむね九時頃からお客様がいらっしゃることが多いのですが、今日は少し違いました。


「マスター、開いてる?」


 常連のお客様です。

 年のころ五十前後といったところでしょうか。クイーンやディクスン・カーといった古めの名作を繰り返し読まれるのを好む方です。

 いつもであれば、日付が変わる頃にやってきては、幾度も読んだであろう古典の名作を肴にバーボンを傾ける人なのですが。

 今日は早いのですね、と言いながらおしぼりをお出しする私に、お客様は年齢に似合わぬ無邪気な照れ笑いを浮かべました。


「今日は、マスターと話がしたくてね」


 もちろん、大歓迎です。

 そうお伝えして、まずはご注文をうかがいました。

 オーダーされたお酒はメイカーズマークをロックで。チェイサーはお出ししないのがこのお客様の好みです。


「少し汚い話だが」


 そう前置きをして、お客様は回りをくるりと見回しました。

 他のお客様がおられないことを確認されたのでしょう。


「いわゆるスーパー銭湯にいくのが好きなんだがね。そこでちょっとした趣味というか……まあ、言ってしまえば性癖として、前を隠さずに歩くのが趣味でね。湯船に浸かっている人の顔の前ギリギリを通るのが楽しいというか……」


 最初の一杯目を半分ほど一気に飲んだお客様は、そう話を始められました。

 飲み屋である以上、酔って下ネタを話される方も少なくありません。

 他のお客様のご迷惑にならなければ、私としても別に嫌いではありませんが、どうしてそのような話をしにこられたのでしょうか。

 そのあたりをうかがうと、お客様は頬を掻いて残りの酒を飲み、熱い息を吐いてからおかわりをオーダーされました。


「たまたま、仕事後の酒の席でそういう話題になったんだ。そこでおれはネタのひとつとしてこの話をしたんだが……」


 お話の途中で私が新しいグラスを置くと、お客様はすぐに掴んで口をつけました。

 今度は、三分の一ほどをぐい、と飲まれました。


「どいつもこいつも一斉に黙りこんでしまって、場が完全にしらけてしまった。そりゃあ、少しは常識外れなところもあるが、別に直接的な被害があるわけでもないし、風呂場なんだから裸は当たり前だろうに」


 不満を述べられるお客様を前にして、私はなるほど、と大きく頷きました。

 個人的な意見ですが、と口癖のようになっている言葉を先に言ってから、私はお答えしました。


 ちんこが眼前にある程度のことであれば、不可抗力で同じようになっている人もいれば、好んでちんこに顔を近づける男性もいます。

 見えること、見せつけることは問題の本質ではないのでしょう。

 単にいたずら心の度合いの差ではありませんか?


「いたずら心。良い言葉だ。それだ。それで行こう」


 こうして、お客様は自らの行為に立派な言い分を得た、と喜んでグラスを傾けられました。詭弁の様な気もしますが、お客様と私が納得していれば良いのでしょう。


「いや、酒を飲んでからいうのも妙だが、冷静になると何やら恥ずかしい話をしてしまったな」


 気にすることはありません、と私はお伝えし、バランスをとるために私も少々恥ずかしいいたずらが趣味でして、と前置きをすると、お客様は興味を示されたようでした。


「へえ、何をするんだい?」


 私は、家の近所にある銭湯へ良く行くのですが、そこには小さな露天風呂がございます。平日がお休みの私が利用するときは、あまり人が多くないのです。

 そこで私は露天風呂の縁に腰かけて膝の上にタオルをかけて股間を隠し、放尿をするのが趣味なのです。


 そこまで言うと、お客様のグラスがぴたりと止まりました。


「それは、風呂の中に、ということかね?」


 まさか、と私は肩をすくめました。

 湯船の中に放尿するなど言語道断です。

 私はただ、自分が人知れず放ったものが誰にも気づかれることなく排水溝へと流れていくスリルを味わっているだけで、お客様と同様、誰かに迷惑をかけたいという意思は全くありません。


 当然ですが、それが終わればタオルを洗うふりをして浴槽から湯を掬い上げて洗い流すのがマナーです。


「そ、そうなんだ……。いやはや、何か今日は目が覚めるというか、驚くというか、そういう気分の連続だよ」


 そう言って、お客様は私が良く行く地元の銭湯の名前をしつこく聞いてから、グラスを空にして早々に帰られました。

 ひょっとすると、同じことを試してみられるのかも知れませんね。


 今宵も楽しい営業になりそうです。

 ミステリの世界は、こういった人と人との関係から成り立ちます。被害者にはなりたくありませんが、人の心理を知る一端というのは、かくも静かで興味深いものなのですね。



 最初のお客様が帰られた後、今度は女性のお客様が見えられました。

 こちらも常連のお客様で、いつも同じような時間にお越しです。いつも通り軽いカクテルをご注文いただきましたが、本日は本を手に取られません。

 いつもであれば、新刊を選んで結構な速度で読み進められるのですが。


「ちょっと話を聞いてくれますか?」


 もちろん、と私は応じます。

 お客様との会話はこの仕事の醍醐味でもあるのです。


「知ってるかどうかわかりませんけれど、今わたし、彼氏と同棲しているんですよ」


 初耳ではありますが、私は頷いて返します。

 同棲していることそのものが問題ではなさそうだったからです。


「その、昨夜私がトイレに入っているときに、うっかり鍵をかけ忘れてしまって……」


 お客様が言われるには、同棲中の彼氏にトイレの扉をあけられてしまったそうです。

 それだけであれば、同居の際に充分起こり得るハプニングで終わりますが、お客様の場合は特別な癖がおありで、それが問題だったようです。


「わたし、トイレでは服を全部脱がないといけないタイプで……」


 聞いたことがある癖です。

 そういう癖がある方は一定量いらっしゃると聞いたことがあります。

 ですが、お客様は彼氏さんから完全に否定されてしまったようで、その癖を直さない限りは結婚まで考えられないとまで言われたそうです。


「でも、この年でなかなかそういうのって修正できないですよね」


 習い性というのは簡単に修正できるものではありません。私もお客様の言葉に同意しました。

 ただ、トイレで全裸になることがやめられないのと同様に、彼氏さんの意識を変えるのも難しいことなのでしょう。


「ですよね……」


 話している間にすっかり氷が解けて薄くなってしまったグラスを見つめて、お客様はため息を吐きました。

 物憂げにお酒を飲むのも悪くはありませんが、暗い気持ちで飲むお酒は悪いお酒です。良いお酒であることも重要ですが、良い酔い方のためには良い気分というのも重要です。

 そして、それを演出するのが我々バーテンダーの仕事でもあります。


 そこで、私は自分のことを話してみることにしました。

 実のところ、私も公共のトイレでは小用でも個室に入ります。とある癖があるためです。


「へえ。良かったら聞かせてもらえます?」


 良かった。少しだけお客様に笑顔が戻りました。


 私はショッピングモールなどのトイレに入ると、個室へ入ってとりあえずすべての服を脱ぎ去ります。


「同じなんですね」


 その通りです。ここまでは。


「まだ何かやるんですか?」


 私はトイレの個室に入って全裸になってから、便座の上に立つのです。

 そして個室上部の隙間から小便器を眺めながら、じっと他の人が小用に立ち寄るのを待ちます。

 女性だといまいちピンとこないかも知れませんが、男性トイレの多くは壁沿いに並んだ小便器と、対面に並んだ個室とで構成されており、個室の上から見ると小便器がずらりと並んでいるのが見えるのです。


「え……」


 誰かが来て、用を足し始めた時に私も立ったままで用を足します。

 高い位置から零さないようにするのは至難の業ですが、そこはそれ、慣れたものですから。


「えぇ……」


 音で気付き、振り向いて驚く方もいらっしゃいますが、ほとんどの場合何も言わずに退出されます。

 でも、気付かない人の方が多いですね。

 そして、同じタイミングで小用が終わるととても達成感を感じられます。


 どうでしょう。この話を彼氏さんとしてみては。


「そ、そうですね。それに比べれば……」


 そうです。彼氏さんがそれをやってくれるならば、お互い様の精神がわかってもらえるでしょう。

 きっとお二人の仲も深まるはずです。


 お客様はお礼を言って、急いでお支払いを済ませてお帰りになられました。彼氏さんと早くお話がしたいのでしょう。

 フリーの身である私としては、羨ましい限りです。



 十一時を過ぎる頃になると、当店は複数のお客様がそれぞれお好みのお酒を楽しみながら、まったりと本を読む空間となります。

 オーダーいただいたメニューを作りながら、時にはお客様のご相談をお受けする。そこに垣間見える人々の悩みこそが、あるいは人が生きているという証明なのかも知れません。

 知られても良い、知られたくない、色々な秘密も、その人間に深みを与えるのかも知れません。


「すみません。あの本を取りたいのですけれど」


 本棚の高い位置にある本をご所望のお客様がいらっしゃいました。

 自ら踏み台を使われる方も多いですが、高いところが苦手という方も当然いらっしゃいますので、喜んで代わりに取らせていただきますとも。


「あっ……!」


 お客様が小さな声を上げられ、私は自分の失敗を悟りました。

 ソムリエエプロンの下はスラックスなのですが、私は常にその前部分を開けたままにしております。というより、出したままにしているのです。

 高い踏み台を登る際、股の間からぶら下がるモノが見えてしまったのでしょう。


 目的の本を手渡しながら、私は照れ笑いと共に謝罪しました。


「お目汚し、申し訳ございません」

「い、いえっ……あ、ありがとうございます?」


 困惑気味に本を受け取ったお客様は、席に戻られてからも私の方をチラチラと窺っておられます。

 どうやら、意図せずまた私の秘密が一つ漏洩してしまったようです。

 失敗を反省しながら、私は気を引き締めて仕事に戻ります。


 このように失敗もありますが、ミステリ小説バー『ディッカーズ』は今日ものんびりと営業しております。

 皆様のご来店を、心よりお待ち申し上げます。

その後、

一人目のお客様は酔うとマスターの話を聞きたがり、

二人目のお客様は思うところあって同棲を解消して地元へ帰り、

三人目のお客様はヘビーユーザーになりました。



お読みいただきましてありがとうございます。


下ネタ短編企画参加の他作品については『下ネタ短編企画』タグから、ぜひどうぞ(^^)


それでは、お目汚し失礼いたしました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 初めまして。 三人目のお客様が可愛いです。 なんだか、気持ちがわかります。 私もこのお店、行ってみたいです・笑
[良い点] 現実でもあり得なくはないかもと思う内容であり、それゆえに想像しやすい。 客に対するフォローのようでフォローでなく、むしろそれを超えてゆく変態マスターの奇行が面白い。 [一言] マスターもす…
[良い点] 渡る世間は変態ばかり(  ̄▽ ̄)
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