4話
クラスの人達がだいたい席に座ると、五限の授業の担当教師が入ってきて、チャイムが鳴ると同時に日直が号令をかけた。
最初の方はしっかり聞いてノートもとっていたが、お昼が終わって、それでいて日差しも心地よく、体がポカポカして、強烈な眠気が襲ってくる。
「ねむ……」
教科担任は特に寝ている生徒に何か言うことはなく、聞いているやつだけ教えて、というスタイルである。
基本的に常に寝てしまうやつはテスト前で焦るので、堅実なやつはちゃんと授業を聞いている。だが、この時間は別でお昼ご飯を食べて、お腹が膨れている時にこの心地良い空間では普段寝ないやつでも睡魔に襲われて寝てしまうことも多いのだ。
そんな眠気に必死に抗っていたが、とうとう限界がきて、机に突っ伏してしまう。
一度そうなってしまうと、もう体を起こすことが出来ない。
「次の授業は体育か……、体力テストだっけな……」
そんなことを呟きながら、面倒臭いなとか、どうやって手を抜くかとか考えていたら、暖かい空気に溶け込むように意識が吸い込まれていった。
目が覚めた。いや、目が覚めたというより意識が戻ったというのだろうか、それとも戻されたのか。
俺は自分の思わぬ体制によろめくが、必死に足に力を入れて二本足で踏ん張る。
「……なんだ?」
俺は確か教室で寝ていた。それは今思い出してもそれ以降の記憶などない。
だが、今の自分の状態を見つめ直す。いま、自分の立っているところは学校から校門までの道の上だった。
いつの間に授業が終わっていたのか、いつの間に自分は外に出ていたのか、理解出来ないことの連続に頭がこんがらがっている。
「なんで、俺こんなところに……? というか授業どうやってやり過ごしたんだ?」
空を見上げるともう太陽が傾いていて、日が沈む少し前のまだ太陽が赤くなる前のような位置にあった。
俺は学校が終わったらすぐに家に帰るため、こんなに長く学校に残ることはほとんどない。
学校から見るこの景色に俺は違和感しか覚えなかった。
「おーい、そこのボール取ってくれ!」
少し離れたところから声がして一瞬向いて、すぐに目を下に逸らしてしまう。その視線の先に赤い縫い目が目立つ硬式の野球ボールが転がっていた。
それを見て俺はおもわず戸惑ってしまう、俺が声をかけてきたやつから目を逸らしたのは彼が野球のユニフォームを着ていたからだ。おそらく野球部の一員なんだろう。
おそらく彼が取ってほしいと言っているボールはこれで、それを俺に取ってほしいと言っているのだろう。
そのボールを拾うのを少し躊躇っていると「こっちに投げてくれー」と向こうから大きな声をかけてきていた。
俺は意を決してボールを拾う。久しぶりのボールの感触、中学の野球部では軟式のボールだったが、縫い目の位置はどちらも変わらないためとてもしっくりくる。
おもわず感傷に浸ってしまったが、すぐ思い出したかのように待ってる彼の方に向く。
三十メートル程離れて位置にいて思ったよりも遠くにいたので、振りかぶって少し力を入れて投げる。
「うっ……」
久しぶりに投げたために少し肩の痛みを感じながら手の中に残るボールの感触を確かめていた。
「うぉっ!」
向こうで待っていた彼は自分の頭上の遥か上に来た球をジャンプしてグローブを高く掲げるが、それよりも高い場所を飛んでいたボールはそのまま練習しているグランドの方へと転がっていった。
「あ、思いっきり投げすぎた……」
久しぶりに投げたために力加減がわからずに暴投をしてしまったことに俺は少しの罪悪感と腕の鈍りを感じていた。
「ありがとー!」
そう言って彼はグラウンドの方へ駆け足で戻っていった。
「ふぅ……」
お礼を言われて少しホッとする。そして、野球部の練習を遠目に眺めて、少しの未練と言葉にできない気持ちを感じながらその場を後にした。
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さっき投げてもらったボールを取りに駆け足で拾いに行くと、近いところにいたチームメイトに拾ってもらいそれを軽く投げて渡してもらった。
「結構飛んで来たなー、今投げたやついい肩してるな」
そいつは、高崎のことを少し羨ましく、そして、尊敬したように呟く。
「そうだろ? あいつに野球部に入ってほしいと思うんだよな」
もともと、高崎がどの程度いいボールを投げるか気になったからボールを彼の近くに転がして、離れたところで待っていたのだ。
最初はなかなか拾ってくれなかったが、結局はしっかり投げてくれたので狙い通りである。
「まあ、うちの部に入ってくれれば嬉しいけど、俺たちの部一人一人のレベルは高いけど、人数が足りないのは事実だし。だけど、今入ってない奴が勧誘したところで入ってくれるのか? 多分彼、野球経験者だろ? 今入ってないのにはそれなりの理由があるんじゃないのか?」
チームメイトの彼も即戦力になりそうな高崎を勧誘したいという気持ちはあるが、楽観視はできないらしい。
「まあ、確かに、理由があってやってないみたいだけど、今はマネージャーが勧誘中だからきっと大丈夫だよ」
マネージャーが彼を今毎朝勧誘してるのだ。そのためその子は朝練を免除されてる。まあ、朝練にそこまで人員はいらないというのもあるけれど。
「流石だな、お前」
「え? 俺?」
マネージャーが褒められてるのかと思ったがどうやら俺のことを褒めているらしかった。
「だって、そんだけ信じられるくらいマネージャーが大好きなんだろ?」
俺は思わぬ一言に顔が熱くなる。
「ば、馬鹿っ! そんなんじゃねぇ!」
俺はそう言い残してその場を逃げ出した。
今野球部は十人しかいない。三年生が引退して少ないチームメイトがもっと不足しているのだ。今年の夏の大会は少ないチームメイトの中で県ベスト4にまで上り詰めた。
しかし、準決勝で敗退して、その勝ったチームがそのまま甲子園に出場したのだ。
敗因はエースの不在。そして打撃力も不足していた。
打撃力は全員が努力すれば少しは向上するが、問題はエースだった。これは才能の面も大きいのが事実である。
エースに向く奴がこの野球部にはいない、それは認めたくはないが事実だった。
だが、そんな時、中学時代に少し有名だったエースがうちの学校にいることがわかった。有名だったのはエースとして凄いという理由だけではないが。
甲子園に行くためには確実に彼がいた方がいいだろう。そう考えていた。
「高崎創太、ぼっちエースか」
そう呟いて、彼はセンスの無い名前だなと小さく笑う。そして高崎が来てくれたら見えてくる甲子園に胸が高鳴り始めていた。
それほどまでに彼はマネージャーを信用していた。
一週間に一回は投稿する……そう決めてこの短さじゃ良くないんではという……
上手くかけない……ごめんなさい




