2話
「遅い!」
ドアを開けると門のところで制服姿の沙月が待っていた。
紺色に白のチェックの入ったスカートとワイシャツの上に半袖の白のカーディガンを着ている。
朝日が彼女を照らしていて、美しさをより際立たせているようだ。
「誰も待ってろなんて頼んでない」
俺がだるそうにそう言うと、軽く睨んできた。
「うるさい! 口答えしない!」
「無茶苦茶だ……」
勝手に待っていた方が文句を言ってくる。基本毎日沙月は俺を待っている。たまに早く出て先を行くと後から教室で怒鳴りにくる。だから迎えに行くか、それか出る時間を調整するかしなければならない。
「インターホン押せばいいだろ」
「私朝からインターホン押すのって気が引けるのよね、私自身朝からインターホン押されるの嫌いだし」
確かにその気持ちはわからなくはないが、だからと言って毎日文句を言われるのも気に食わないものだ。
「ほら、さっさと行くわよ」
そう言って翻して先を歩き始める。その時にスカートがめくれて下着が見えそうになったが、良心で目をそらす。
俺はそれに少し駆け足でついて行き、隣に並んで一緒に歩き始める。
家の近くは同じような家が並んでいる住宅地で、今通ってる道も昔から大まかなところは変わっていやしない。
「白のカーディガン着てて暑くないのか?」
「……多少暑いけど……の線が……のが嫌なのよ」
ところどころ、声が小さくてあまり聞こえない。
「え? なに? 聞こえない」
「うるさいわね! セクハラよ!」
「えぇ……」
沙月はそう言ってそっぽ向いてしまった。昔からこういう行動は変わらない。
「ねぇ、部活とか入らないの?」
唐突に沙月は聞いてきた。いつも同じ質問してくるな。
「またそれか……俺は部活はしない」
「野球とか……」
「もう野球は……しない」
野球はしない。特に部活では、もう絶対に。
「ふーん、プロ野球選手になるとか言ってたのにね」
「俺だけが、そんなこと……」
俺だけじゃ、意味ないんだ。俺だけがそんなこと言っていいわけない。
「なにそれ、あんたなに気にしてんの?」
「別にいいだろ、そんなこと」
「そんなこと言って、毎朝鍛えてたんじゃ未練たらたらじゃない」
「俺は! 別に……」
俺は別に未練があって鍛えてるわけじゃない。鍛えるのは嫌いじゃないし。
「本当にバカみたい」
そう言って呆れたように言葉を止める。どこか、寂しげに見えたのは気のせいだろうか。
「お前こそ、部活入らなくていいのかよ」
「……は?」
沙月の声が険しくなった。何か言ってはならないことを言ってしまった気がする。
「私が、今、なにもしてないと思ってるの? 私が高校入って半年間、なにをしてるか、なにも知らないの?」
「……知らない」
沙月が高校でなにをしてるのか、聞いたことがなかった。常に自分で精一杯で、考えてるだけで1日が終わってたから。
「はぁ……、他人に興味がないのね、私にも」
沙月が溜息を吐いてとても呆れた声を出した。怒りを通り越してただ呆れてるような感じだった。
「結局、なにやってるんだ?」
「教えてやんない」
そっぽ向いて先を歩き始めてしまった。それでも俺も置いていく訳ではないらしい。
「はぁ……、私、太陽って嫌いなのよね」
「……急にどうした?」
「今の自分の状況が気に入らないのよ、太陽ってスポットライトみたいじゃない? スポットライト当たってると自分が主役って感じがするのよ、主役って苦労してばっかだったりして私は嫌い」
「お前みたいな美人ならではのお言葉だな」
全く、顔がいいやつの悩みは贅沢だな。
「び、美人……わ、私は、モブキャラでいいのよ、ただ、普通に幸せにしてくれる、苦労もそこまでないようなモブにね」
「まるで今の状況が幸せじゃないかのようなセリフだな」
「えぇ、そうよ、今の状況が気に入らないのよ」
人生成功ロードを歩んでそうなこいつに似合わないセリフだな。こいつにもこいつなりに色々あるのだろうか。
「まあ、頑張れよ」
「……はぁ、そうね、頑張るわ」
溜息をついて、また落胆したような表情をする。
さっきから表情がコロコロ変わるな。
そうこう話しているうちに住宅の上にはみ出ている校舎が見えてきて、周りにも通学している学生が見えてきた。
自転車で来てるやつや、一人でイヤホンして歩いてるやつ、カップルで来てるやつもいたりする。
俺らもカップルに見えたりするのかな?
そんなこと言ったら沙月に睨まれるので言わない。
さっきより大通りに出たら排気ガスの臭う道になって思わず顔をしかめる。このあたりの道はよく車が通る道でトラックやタクシーなど様々な車が行き交っている。その大通りにはコンビニや飲食店、ガソリンスタンドなどのたくさん通る車の客を狙って様々な店が展開している。排気ガスの匂いは他の奴には気にならないのだろうが、俺には駄目な匂いだ。
「あんた、この程度の匂いでそんな顔してたら絶対に都会なんて行けないわね」
「都会なんて行く気ない」
排気ガスの充満してる都会なんて行ってたまるか、空気が悪そうだ。
「はぁ……、さっさと行くわよ」
今日はいつもより沙月の溜息が多い。何か悩み事でもあるのだろうか。
「溜息ばかりしてると幸せ逃すぞ?」
「誰のせいだと思ってるのよ、誰の」
どうやら俺のせいらしい。全く心当たりがないから困ったものだ。
校門は表の大通りではなく、表通りの1個裏の道にあるで、歩道のない狭い道に入る。
基本的に裏の道には車が通らないので、みんなまばらに広がって歩いている。
校門の前には生活指導の後藤先生があいさつ運動をしており、服装や身嗜みのチェックをしているようだった。
「「おはようございます」」
俺と沙月は同時に挨拶する。この先生は挨拶しないと少しうるさいのでしっかり挨拶する。
「ああ、おはよう。西条、お前は今日の朝練出てないのか?」
「はい、あ、大丈夫です、元々許可貰ってるので」
「そうか、まあ、朝はやること少ないだろうからな、午後は頼んだぞ」
「はい、わかりました」
沙月と後藤先生が、軽く事務連絡話をしていた。そのことに少し俺は驚いていた。
「お前、後藤先生と仲良いんだな」
「仲良いって表現はおかしいでしょ……先生よ? まあ部活で顧問なのよ」
後藤先生は何の顧問だったか……だめだ、知らない。そう考えると俺の他人への興味のなさは沙月の言う通りであったことがわかる。
「朝練、お前早く起きてるのに行かないんだな」
「元々朝はそんなにやることないから、まあ、私は特別なところもあるけどね」
朝にやることがない……? 水泳部とかだろうか、でも、朝にできることは多いはず。
「本当に何の部活入ってるんだ?」
「教えてやんない」
そう言って下駄箱まで行ってしまった。
靴を履き替え、教室に向かう途中、急に前に人が飛び込んできた。
「おはよ! 沙月!」
急に飛び込んで来たのは同じクラスの逢沢美咲だった。彼女はショートヘアで目がぱっちりしていて、マイペースで元気が有り余っている、髪にとめてる赤のヘアピンがとても印象的な子だった。
とても悩みなど無さそうな子で、日々を楽しく生きている、全力で生きている逢沢さんにとても俺は惹かれていた。
「おはよう、美咲。相変わらずあんたは朝から元気ね」
「それが私の取り柄だから!」
そう言って満面の笑みで答える。俺は思わず目を逸らしてしまった。顔が少し熱い気がする。
「高崎くんもおはよう」
「あ、ああ、おはよう」
なるべく冷静に声を裏返さないように言った。俺の体温はどんどん上がっている気がする。
「それじゃ、早く行くよ!」
「ちょ、ちょっと! そんなに急がなくてもいいでしょ!」
逢沢さんはそんなさっきの返答に構わず手を引っ張って先に行ってしまった。
始業開始までまだあと十分ほどある。俺はゆっくり教室に向かって歩き始めた。
のんびり、いきます




