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86話 チュとアヤカタ

 トカチを斬るには、ひとつ問題がある。

 それは遠いのだった。

 距離があるので剣が届くには時間がかかる。

 もう少し近ければいいが、近づくには理由が必要であるし、的確な理由が思い付かない。

 そうしていると、衛兵が大広間に入ってきた。

 それもチユともう一人人狼の女を連れて。

 チユは俺と目を合わさないようにしていた。

 

「トカチ様。チユとアヤカタを連れて来ました」


「よし、下がってよい」


「はい」


 チュと一緒に来たのはアヤカタと言うらしい。

 なぜ二人呼ばれたのだろうか。

 チュと何らかの関わりがあるのだろうが、その話しは聞いたことはなかった。


「チユよ。ひとつききたい」


「何でしょうか」


「なぜ私のトカチ盗賊団から逃亡してターヤに居た。そんなにここが嫌いだったか。私はお前たちを雇ってあげているつもりだが、嫌だったか?」


「……お許しをトカチ様。もう二度としません」


 深々と頭を下げて謝罪する。

 こんなに深刻なチュを見たのは初めてのことだった。

 よほど追い詰められてると感じた。


「それではアヤカタにきく。なぜチユの逃亡を手伝った。お前が手伝ったのはすでにわかっておる。チユの単独でできるほど我らの壁は薄くない。おそらくは他にも協力者がいるのだろう。そうだな?」


「そこまで分かっていて呼んだのだろう。何も言うことはない。ひと思いに私を殺せ。だがチユの命だけは救ってあげてくれ」


 このアヤカタが手助けをしたようだった。

 死を覚悟した言い方をしているあたりは、人狼族の中心的な立場なのかもしれない。

 普通はここまで言い切れないと思うから。


「自分は死んでもいいが、チユは助けろときたか。受け入れがたいな」


「お願いだ」


 アヤカタは地に這いつくばって頭を下げる。

 

「その願いは叶わぬ。なぜならここでふたりとも死ぬからだ」


「なっ!」


 アヤカタは頭を上げて絶句した。

 チユは助かると思っていたようであったが、トカチには通用しなかった。

 ここまでさせて二人を殺すなんて非道ととしか思えない。

 トカチの非情な精神を見せつけられた格好だ。


「この場で刑をくだす。我が盗賊団を裏切るとどうなるか、わからせるためにな。お前たちの亡骸は後で他の人狼の者にも見せて知らしめさせてやろう」


 この場で刑をくだすだって!

 不味いな。

 早く止めないとチユが殺されてしまう。

 だが止めに入れば、チユの味方だと分かってしまいトカチに作戦が見破られることに繋がり、怪しまれて囲まれたあげく、殺される。

 トカチの部下が大広間に入ってきた。

 その手には剣が握らている。

 あの剣でチユとアヤカタを斬るつもりだ。

 残念ながら、この場を脱するアイデアが浮かばない。

 助けるか、見過ごすか。

 どちらにしても最悪な結果しかイメージ出来ない。

 もう考えてる時間がない。

 部下は剣を構え始めていて、トカチの合図があれば斬るだろう。

 トカチは何のためらいも無く見つめている。

 獣人のひとりやふたりが死んだところで別段困らないぞという風にして。

 チユと過ごした時間の記憶が蘇ってくる。

 一緒に食べた食事の和気あいあいとした時を。

 迷宮で回復魔法を使用した役に徹して何度も助けてくれた。

 それは何だったんだ。

 こんな簡単に全てを無にしてしまっていいのか。

 無くして後悔はないのか。

 チユは自らトカチ盗賊団に戻るので、ありがとうございますと言った。

 けども本心はそうなのか。

 違うだろう。

 俺に助けてもらいたいと、思っていても口には出せなかったんじゃないのか。

 そのチユが斬られるのを、ただ見ていることができるとでも。

 俺は気づいていたら立ち上がっていた。


「……進。どうした?」


 トカチが俺の行動に違和感を感じたようだ。

 そこで命令は行われずに部下は剣を止めたままに。

 良かった。

 まだ斬られる寸前だった。

 だが問題はこれかれであろう。

 理由を説明するにも、とっさの思いつきで対応しよう。

 それしかこの場を乗り切る方法がないのだ。

 本の僅かな望みを賭けて考えたのは、危険な策であった。

 危険な策とわかってて説明した。


「はい。トカチ様に提案があります。それはトカチ様にも有効な案であると思います」


「提案とはこのタイミングでいうことか。よほどの案であろうな。申してみろ」


 トカチは刑を執行するのを邪魔されて憤慨だとわかっていたが、俺の話は聞いてくれそうだ。

 

「今ここでそこの獣人を殺すのは戦力ダウンになるのではと思います。聞いたところ回復魔法が使えるそうで。迷宮でも貴重な戦力になるはずです。殺すのは簡単ですが新しい回復魔法の使い手を探すのは簡単ではありません。ここは活かすのが賢明です」


「失礼な奴だ! トカチ様に意見を言うなんて引っ捕らえろっ」


 トカチの部下が俺の無礼な発言に怒りをあげた。

 それに続いて他の部下も同意見だった。

 俺に殺意をむき出しにしてきたので、もはやここまでか、最後のあがきも無駄に終わった。


「貴重な戦力か。チユは戦力としては期待してないし、ただ後方支援として多少なりとも役にはなっていた。だが逃亡した罪を見逃せば他の人狼どもに示しがつかない」


「おっしゃる通りで、しかしチユが逃亡ではなく新たに仲間を増やすためにターヤに行っていたことにしたら、どうでしょう?」


「と申すと……」


 トカチが俺の話に耳を傾けてくれた。

 ここが最後のチャンス。

 この機を逃せば俺もチユもシュナリも明日はない。

 

「ここに居る獣人はシュナリといいまして私の信頼する友でございます。シュナリをトカチ様に差し上げます。そして盗賊団の一員としていただければ、トカチ盗賊団の戦力は増えてチユも生かせますし、他の獣人にも筋は通ります」


「なるほどチユを生かして利用しろと。だが進の話にはひとつ問題がある」


 トカチの態度に部下も一度は声を上げたが、身を引いて俺の話を聞く姿勢をとった。


「問題ですか? トカチ様にとって損はないはずですが」


「進の後ろにいるシュナリ。その方の実力がどれ程のものか。知らない限り受け入れがたいな」


 トカチはシュナリがある程度の実力があれば受け入れる可能性があると示唆した。

 シュナリはまだ若いけども、その卓越した素早さ俊敏性や魔物を相手にした戦いのセンスはトカチならすぐに察知する。

 後は、どうやってシュナリの能力をしめすかだが、方法としては嘘は無謀となる。

 トカチほどの盗賊を強く見せる役を演技させれば、一発で嘘がバレる。

 ここは賭けに出るしかない。

 シュナリを見ると不安を隠せないようであった。

 当たり前か。

 何の約束も無く話が勝手に決まっていけば、不安を抱える。

 俺は決断しシュナリに目で合図した。


「この私がシュナリとこの場をお借りして決闘しましょう。それで実力をおはかりください」


 俺はシュナリとの決闘を申し入れた。

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