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82話 2つに一つ

 急ぎ足で屋敷に向かって行くけど、周りの人間の目も気にしつつ、なるべく普通を装った。


 焦っては不審に思われてしまうし、この屋敷に探りが来るやもしれないからだ。


 普通にするのは案外難しい。

 意識するとかえって怪しい動きになっていて、怪しまれてしまう。

 誰も見られてないのを確認する。


 今なら屋敷に入っても誰も見ていないので門をくぐった。

 気配を消すスキルなんかあるといいけどなと思った。


 帰るなり居間にシュナリとチユは座っていて、楽しく会話をしているところだった。

 チユに真実を話すのをに気が引けてしまうし、言い出しにくい。

 

「ただいま」


「あらご主人様おかえりなさい。チユと買い物したこと話してたのよ」


 と笑顔で言ってきたので俺も笑顔を作った。


「シュナリが服を試着した時の進の顔ったら。笑っちゃうわ」


 チユも高らかに笑っていた。

 俺の事で話は盛り上がっていたようだ。

 普段なら俺も笑って話に入っていくけど、今はそれも叶わない状況にある。


 それを伝えるのがとても困難だし、空気が伝えるような空気ではないのもあるし、楽しい雰囲気をブチ壊すのは明確であった。


 でも一刻を争う事態に伝えなければならない。


「……」


「進……どうしたの。押し黙っちゃって。いいのよ笑って」


「笑いたいさ、思っいきり。行ってみたよ騒ぎのあった方に」


「カップルがケンカでもしてたとか?」


「ケンカじゃなかったんだ。チユのぶつかったあの男だった」


「えっそれって……まさか」


 シュナリが疑うように言った。


「そのまさかだ。男はトカチ盗賊団の者だった。そしてチユを探せと人々に言いつけた。俺も信じられなかったよ。でもこれはマジだ。チユを差し渡さないと町の女を連れ去ると脅しまでした」


「……」


「チユ……」


「私はどうしたら……あいつ等に捕まったら……」


 和やかな雰囲気は一気に壊れて沈んだ空気に変わった。


「ご主人様、チユはもう仲間です。一緒に迷宮で戦ってきた。このまま差し渡さないですよね。そう言ってください!」


「俺もそう思いたい。チユは仲間だと。もしこのままここに居たよしよう。チユは助かるかもしれない、しかし街の女性は酷い仕打ちに合う。最悪売り渡されたり殺されたりする場合だってあり得るだろう」


「じゃあ。チユが1人犠牲になればそれで皆が救われるというのですか。それではあまりにも酷いです。私には到底できません」


 シュナリは涙をためて訴えてくるも、さすがに俺も辛くなってきた。


 チユは黙ったまま目には涙が溢れそうになっているのを堪えているように思えた。


 エハロ迷宮に行った記憶が鮮明に見えてしまう。

 チユが居なければ無理だったし、いたからこそ達成できたと断言していい。


 それなのにチユを渡すのは情けない話だ。


「相手はトカチ盗賊団なんだ。そこらの盗賊団とは桁の違う強烈な集団であり、数も相当な人数を揃えていることが予想される。町の人々も誰も逆らおうとはしなかった。逆らえば俺とシュナリの命の保証はないよな。つまり、普通に戦いを挑んでも犬死するだけになる」


「……それは確かに言えてます。トカチ盗賊団と言えば他の盗賊団も震え上がるでしょうね。悔しい。悔しいですご主人様」


「俺も同じだよ……。けどな選択をしなければならないんだ。ふたつにひとつの選択を。おとなしくチユを差し出して皆を救うこと。もうひとつは、チユは渡さないでおき町に被害者を出す。それを決めなければいけない」


「……そんな。どちらも悲しい選択肢です」


 ずっと黙ったままだったチユは、やっと口を開く。


「こうなることもあると、思っていました。いつかはこうなるとも。だから決心はついてます。私を差し出してください。そうすれば皆さん助かるのです。私のせいで犠牲者がでるのは堪えられませんし」


「……。本当にいいのか」


「はい。覚悟はできていましたから始めから」


 そこでチユは大粒の涙を流した。

 こうなると予想して笑顔を作っていたと思うと、何とも言葉にならないほどに胸が苦しくなった。


 タイムリミットは明日。

 結論は明日決める。


「チユ……」


 シュナリはガックリと肩を落としてその場に座り込んだ。

 それからは夜まで家の中に居て一歩も外には出ずにいた。


 暗くなるのを防ぐために、明るい話題をしたりしてみたがかえってシーンとしてしまう場面もあった。


 何を話していいかわからないし、かといって黙ってるのも重苦しくなるのを繰り返すばかりになった。


 ご飯を食べる時間になり晩ご飯を食べると、いつもなら和気あいあいと楽しい時間が地獄のように感じられた。

 食べていても美味しくない。

 何を食べたのかさえ覚えていないほどに。


 これほど美味しくない料理は初めてであったのもあり、半分以上残してしまった。

 食欲は精神的な影響を多大に受けることを、実感した。

 そうしていると夜寝る時間になっていた。


「チユ……。俺の部屋で寝るかい?」


「いいえ。自分の部屋で寝ます」


 元気なく部屋に入っていき俺の誘いを拒否した。

 まだ今日買い物したベッドは届いてないのに。


 それはチユも分かっていて言ったのだった。

 それぞれの個室に別れてばらばらに寝ることになった。


 自分のベッドに入った。

 なかなか寝付けない。

 寝付きが悪い上に、この状況は余計に寝れなくさせた。

 目を閉じても色々と考えてしまい、朝までに選択を決める必要があるのがプレッシャーになっていた。


 どちらを選ぶかで悩んで悩んで何度も起き上がると、水を飲んで落ち着かせた。

 こんなにも長い夜。


 少しだけ寝たのだろうか、朝になっていた。

 もう朝か、結論を出す時間がきてしまった。

 ベッドの中で決めた。


 俺は自分で結論を決めて起き上がることにした。

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