80話 スイーツの後に
とても美味しそうなので、ひと口食べさせてくれないかな。
皿の上にあるのは小ぶりなスイーツなので、分けてもらえるかどうか。
「美味しいっ」
「このチーズがすごく滑らかですっ」
「あの……ちょっとだけ食べたいなぁ……」
「ひと口だけだぞ……はい」
チユがシュークリームを切り分けて食べさせてくれるのを、俺は口を開けて食べさせて貰う。
「うん、甘いっ」
甘いし、何よりもチユに食べさせて貰えるのが楽しい。
しかもナース服である。
まるで病人になって入院中に看護士さんからスプーンで食べさせてもらってる気分である。
これをしてくれてスイーツ1個の値段なら安い。
「はい。あーん」
「うん。チーズが濃厚だな」
次にシュナリがひと口サイズに切って俺の口まで入れてくれる。
確かに良い味わい。
左右からスイーツを食べさせてもらい、何とも楽しい時間を過ごせた。
周りのテーブル客が俺を怪しい目で見ていたが無視した。
「今日は服と家具を買ったのだし、このまま帰ろうか。迷宮へは明日からにして」
「そうですね、コーヒーも飲めましたしね」
「チユも満足してもらえたかな」
「満足しました。しかしまだ足りない……」
「足りない? もっと服を買って欲しいのかよっ」
「いえ、できれはこのコーヒーをもう一杯飲みたい」
カップを持ち上げてお代わりを要求してくる。
「ご主人様、もう出ましょう。お代わりを認めたら何杯でも飲みますっ!」
「そうしよう」
「待って〜」
チユを置いて喫茶店を出ていくと、慌てて席を立とうとするチユ。
「袋を持つのわすれるなよ」
「あっ、イケね」
慌てていたせいか服の入った袋を置き忘れる始末。
戻って袋を取ると今度こそ小走りで俺の方に向かってくるのだが、そこで通行人が歩いているのを気づいていなくて、ぶつかってしまったのだった。
「あっ!」
「……チッ。女か、気を付けて歩けよな!」
「す、すみません……」
チユは通行人に体当たりしたら、通行人の体格のいい男に軽く怒鳴られて、頭を下げて謝る。
「大丈夫かよ、許してもらえて良かった」
「はい……」
「服を買ってもらえて浮かれてたな」
「はい……」
シュナリに言われて反省するチユ。
ヤケに反省してるな、珍しく。
でもちょっとぶつかった割には反省し過ぎてるような。
おどおどしていて、いつも明るいチユっぽくない。
気のせいかなと思いつつ、歩き出した。
もう予定の買い物は済み、コーヒーも飲んで屋敷に帰ろうとしていた。
屋敷に向かっている最中のこと、どうも口数が少ないなと思えた。
「まだ、ぶつかったこと気にしてるの?」
「……」
シュナリが気を使ったように言ってみると、返事はなかったから、おかしいなという風になった。
黙ったまま反応が鈍いのは、何か理由があるようにもみえるので、確かめたい。
「やっぱり何かあったのかいチユ?」
立ち止まって黙ったままだったが、少ししてから口を開いた。
「……実は。さっきぶつかってしまった男がいましたよね、知ってる男によく似ていたの」
「知り合いかよ、もっと早く言いなって。気にすることない。まだ近くにいるかもだぞ」
「会いたくない……」
チユは下を向いてしまい、悲しそうな顔に。
知り合いなのに会いたくとは、どういう意味か。
「理由がありそうだな……話してごらん」
「……。私がまだトカチ盗賊団に雇われていた時のことで、そこで盗賊団の治癒をしたりしていたの。盗賊団は多くの人員がいたけど、その中に居た人によく似ていたの。チラッと見ただけでハッキリとは見てないけど、たぶん盗賊団の者だと思う。もしかして私を探して来たのかなと……」
「トカチ盗賊団の者なら、会いたくないわけだな。それで何か不安になってたんだ」
「怖い……」
「怖がることないわ。ご主人様がいる」
「そうだよ俺がついてる」
シュナリさん、俺を頼りにし過ぎです。
「それを聞いて少し安心です。もうトカチ盗賊団とは関わりたくない。あそこには戻りたくないの」
「わかった。その男にまた会うこと内容に、ひっそりと屋敷に帰ろう。屋敷にいれば安全だしな」
「その男だってチユだと気づいてない今のうちに帰りましょう」
シュナリも同意見のようで、動くなら早い方がいい。
「ありがとう。でももし見つかったらその時は私を見捨てて下さい。私ならいいの」
「何を言ってるんだ。さぁとっとと歩くんだ」
「そうよ、まだ見つかってないのだから、心配はしなくていいのよ」
屋敷に向かって行くと決まり、そこからは無言で歩いていく。
人とすれ違う時には、なるべくチユを隠すようにしておく。
今日は念のため屋敷に帰って外には出ずに待機しておこう。
その男がチユの人違いならいいと思うようにした。




