第9話 登録の条件
「待てよ、俺はまだ負けてない!」
ギルドへと戻って行く俺達に向かって傷だらけの新人が吠えた。
「そこのデカいのが勝手に止めただけだ。俺はまだ負けてない」
自分の負けを認められないのか、最初の受付嬢への丁寧な対応が嘘だったかのように自身の主張を通そうとする新人ムソウ。
溜め息をついたルクは隣から突然フッと消えると、次の瞬間ムソウの前に現れた。
「喧嘩を売るなら相手の実力くらい自分の目できちんと見抜け。出なければ早死にする。さっきのディムってやつは確かに褒められた人間じゃないが、実力で言えばAランクに匹敵する。今のお前じゃ逆立ちしたって勝てない相手だ」
「だが、あの男はBランクだった!」
諦め切れないのかそう続ける新人にルクは冷たく言い放った。
「ランクを上げない理由があるのか、ただ問題行動が多くて上がらないかのどちらかだ。実力はお前よりも上だよ」
ムソウは頭をがっくりと落とし、深く項垂れた。
「すまない、待たせたな、では行こうか」
俺とメグが待っていた場所へ戻ってきたルクはそう言うと先頭を切って受付嬢の後を追い、ギルドの2階へと続く階段を昇って行った。
「こちらで御掛けになってお待ちください」
受付嬢に応接室のような場所へ案内されると、高級感が溢れるソファを手で示して受付嬢がそう言い、応接室を出て行った。
「では遠慮なく座って待とう」
ルクが俺達にそう声をかけ、3人でソファに座る。チクタクと時計の音が俺達の心臓の鼓動とタイミングが合わさり、特に理由もないのに緊張感が増して行く。
トントンというノックの音がし、部屋の入り口から1人の戦士風の壮年の男が現れた。髪の毛に少しばかり白髪が混じってはいるが、身体付きはがっしりとしており、そこに秘められる力も強いものを感じる。冒険者としてもおそらくSランクに到達しているのではないだろうか。
「お初にお目にかかる、剣聖殿、それに第3騎士団長殿もかな?おやおや、前任の副団長殿もいるようだ。私がこのギルドのマスターをしているエマディム・イェッタだ」
「イェッタ?」
聞き覚えのあるラストネームに俺が思わず聞き返すと、エマディムと名乗った男は笑いながら応えた。
「あぁ、今の君のところの副団長、ナコイール・イェッタは私の弟だ。君の話はよく聞いているよ。とても運がいいそうだね」
悪戯っぽく笑いながらそう話すギルドマスターに俺はというと申し訳なさを感じていた。
「弟さんに大きな怪我を負わせてしまいました。身体だけではなく、心の方も。本来であれば部下の死の責任と負い目は俺が負うはずだったんですが、席を外していた結果、責任はともかく彼がほとんど1人で重荷を背負うことになってしまって・・本当に申し訳ありません」
深く頭を下げ、自身の罪悪感を吐露する俺にギルドマスターはというと、よせよとでも言うかの様に手をパタパタと動かしこう続けた。
「弟は無事だった。それだけでいいんだ。さっき入院している弟を見舞いに行ったが確かに酷い顔をしていたよ。でも弟は生きている。私はそれだけで充分だよ」
「はい、そう言っていただけると助かります」
涙が滲むのを堪えながら俺が続けると、しっかりしろとでも言うかのようにメグに背中をバシンと叩かれた。別の意味で涙が溢れそうになる。
「さて、本題に入ってもいいかな?」
ルクが仕切り直すようにギルドマスターへと問いかけると、彼は小さく「ふむ」と口にし、うなずいた。
「この第3騎士団長タカと元第3騎士団副団長メグを冒険者として難関ダンジョンへと潜らせたい、極秘情報になるがジェネシス帝国との戦争が迫っている。それに備えての装備品の収集が主な主旨だ。ついては特例として彼らをBランクとして新しく冒険者登録してほしい」
ルクがギルドマスターにそう要求すると、ギルドマスターは困った様に目を泳がせた。
「いかに剣聖の要望とは言え、なかなか難しい条件だな。そもそもダンジョンのドロップ品は国家のものではない。冒険者全員に平等にその権利が与えられている。だから国の要望とは言えドロップ品目的として特別扱いをすることは難しい」
「彼らの実力は私が保証する。2人とも軽く見積もってAランク以上はあるぞ」
ルクがなおも交渉を続けると、ギルドマスターは溜め息をついて説明を始めた。
「そういう問題ではないのだ。ランクアップとそれに伴う難関ダンジョンの解放は冒険者の安全を確保することももちろん理由としてあるが、もう1つ、ギルドに貢献してくれた褒美としての意味合いもある。ギルドに何の貢献もしていない人間に与えるわけにはいかんのだ」
「だが王国としてもこのままそうですかとFランクから彼らをスタートさせるわけにはいかない。ジェネシス帝国の脅威は今も着々と王国へ忍び寄っている。何か手は無いだろうか?」
ルクが食い下がると、何か考えるような仕草をした後にギルドマスターがやれやれとでもいうかのように口を開いた。
「1つ、手がないわけじゃない。誰も行かない、いや、行きたがらない難関ダンジョンの攻略だ。これを実績としてくれれば特例を認めてもいい」
誰も行きたがらない?その言葉に不安を覚えた俺は口を挟んだ。
「失礼します、誰も行きたがらないとはどういうことでしょうか?そんなダンジョンがあるのですか?」
「アルゲネロンの巣というダンジョンがある。そこに出現するモンスターはそれはおぞましく、そして強い」
おぞましく、強いだけなら高ランク冒険者が避けるようにも思えない。当然の疑問をぶつけると、ギルドマスターは頭を手で抱えて続けた。
「そこに出現するモンスターはただ一種類。アルゲネロンというモンスターだ。見た目はほとんど人と同じ、女冒険者が近くにいれば発情して襲いかかり、男の冒険者が近づくと威嚇し、徒党を組んで剣を振りかざして襲ってくる。何もないときはただひたすらに筋肉を鍛えている。言わばその辺にいる変態がモンスターになったようなものだ。そして一番はアルゲネロンの巣はイカ臭いが故、慣れないと呼吸もまともにできない」
その話を聞いて俺は正直冒険者にならなくてもいいかなと感じていた。そんなとこ行きたくない。別に武具なんてなくてもいいんじゃないだろうか。
「分かった。そのアルゲネロンの巣を攻略すれば2人をBランクとして登録してもらえるんだな?」
勝手に話を進めるルクにちょっと待ってくれと抗議の目を向けるが受け入れてもらえず、そこで話は纏まってしまった。
「あぁ、ゴミ処理のような任務だが、実力も必要だ。ただ、女性には辛いダンジョンだから2人で行けといった制限は特に設けない。誰と行ってもいいし、剣聖が手伝って攻略してもいい。攻略という結果だけがあれば認めよう」
ギルドマスターの説明に3人いればなんとかなるかなと思っていた俺は次の瞬間見事な裏切りにあった。
「ごめん、私ちょっとトイレ、お腹ぎゅるぎゅるになった。タカ行って来て」
メグはお腹を抑えて家へと帰って行った。
「すまん、俺もこの後、王に呼ばれていてな。悪いがタカ1人で攻略してきてくれ。大丈夫だ!お前の実力は俺が保証する」
帰還魔法の光に包まれてルクが消えて行った。
「ではそういうことで、タカ殿よろしいかな?」
ギルドマスターの確認に俺にYES以外の選択肢はなかった。
「もしかしたら一緒に行ってくれる仲間がいるかもしれない。下に降りてパーティメンバーを募ってみてはどうだろうか?」
温かいアドバイスを頂いて、重い足取りで応接室を出た俺の目には光るものがあった。




