第8話 新人教育
俺とメグが冒険者ギルドへと歩を進めていると、後ろからルクが追いかけてきた。
「タカ、今回の任務は難関ダンジョンに潜ることだと説明したな?ただ、冒険者ギルドでは新規登録の場合、通常Fランクからのスタートになってしまうため、挑戦するのにB以上のランクが必要な難関ダンジョンには潜れないんだ」
冒険者ギルドのルールを説明してくるルクに俺は疑問を投げかけた。
「それじゃあ、俺は難関ダンジョンに潜るまでにかなりの時間が必要になります。それではジェネシス帝国が攻めてくるまでに充分な武具を調達することができません」
Fランクから始めていたら、Bランクに到達するまでにどれだけの時間がかかるか分からない。王国で仮にも騎士団長を勤めていた俺がBランクに到達できないことはないと思うが、戦争に間に合わなければ本末転倒である。
「そのために、追いかけて来たんだ。登録に当たって、俺の推薦という形でお前をBランクからスタートさせる。周囲に知られれば余り良い顔はされんだろうから、一応他国からこの国に来た冒険者ということにしろ」
確かに、何事も特別扱いというものはいらぬ軋轢を生みかねない。このことは登録した後も秘密にしておいた方がいいだろう。だが、この国で騎士団長をやっていた俺が他国から来たという設定は無理がないだろうか?そう問いかけると、ルクは少し考えるそぶりを見せた後にこう答えた。
「んーそうだな。ニドリウム王国の式典に参加した際に、同時に冒険者登録をした。そして滞在中にランクを上げた・・・ということにしよう。これならばニドリウムでの騎士団長としての実際の公務もあったことだし特に矛盾はないだろう」
なるほど、嘘の中に真実を混ぜることによってバレにくくしたわけか。俺も全てが嘘より少し真実があると心苦しくない。
「わかりました。あ、総帥、着きました。ここですよね。冒険者ギルド」
ルクとこれからについて話し合いをしながら歩いていると、冒険者ギルドへと到着した。俺とルクとの話し合いに参加できず、仲間外れのように扱われたメグが、私怒ってますと主張するかのようにギルドの扉を蹴っ飛ばして開けた。
「おいおい、目立たない様にしようよ。メグ」
たまらず俺が声をかけると、メグはツンとした態度で俺を無視して、受付のあるカウンターへと向かって行った。
「嫁さんは大事にしろよ。タカ」
ルクは苦笑いをしながら俺の肩をトンと叩くとメグの後を追って受付へと向かった。
「大事にしてるよ。世界で一番」
釈然としない思いを抱きつつも、俺は誰にも聞こえない声で呟くと2人に遅れて受付へと合流した。
「王国騎士団全軍総帥、ルク・ソールだ。慌てず騒がずにギルドマスターの所へ案内してくれるか?」
目立つことを避けるため、口元に人差し指を当ててルクは受付嬢にギルドマスターへの案内を頼んだ。
「か、かしこまりました!すぐにお取り次ぎします!」
冒険者とは基本的に権力とは縁がない組織である。そのため受付嬢も国のお偉方の相手をすることは滅多にない。緊張しているのか、引きつった声で返事をすると早足で階段を昇っていった。
受付嬢がギルドマスターの元へと向かった後、俺達は何やらギルド内が騒がしいことに気付く。3人で目で相談した結果、俺が代表して何が起こっているのか訊きにいくことになった。
「なあ、どうやら騒がしいんだが、一体何が起こってるんだ?」
近くにいた魔術師風の男に尋ねると、訝しげな顔で俺を見つめた。
「見ない顔だな。このギルドに何か用か?」
王都の冒険者ギルドならばほとんどのギルド員が顔見知りだからだろうか、そして権力とは無縁だからなのか自国の騎士団長の顔も知らないその冒険者はそう俺に訊き返してきたため、最初に打ち合わせた設定で通すことにした。
「ああ、ニドリウムの方から流れてきたんだ。それでこのギルドに挨拶を、と思ったらどうやら騒がしくてね、何かあったのかと不思議で君に尋ねたわけさ」
「あぁ、ニドリウムの方からか、良い国だよなあそこは・・・歓迎するよ、グリードへようこそ。実は今さっき新人がギルドに登録したんだが、そこでここのBランク冒険者と揉めてね、今から訓練場で決闘をするらしいんだ」
「Bランク?それは誰なんだい?」
難関ダンジョンへ挑む資格を有した冒険者ということで興味が沸いた俺は男にどんな人間なのか尋ねてみることにした。第3騎士団への勧誘が頭にちらつく。
「あぁ、あんまりいい冒険者じゃないぞ、ディム・バークっていうんだが、俺達の間じゃ新人潰しなんて呼ばれてる。入ってくる新人に片っ端から因縁吹っかけてボコボコにしちまうもんだから、登録翌日に冒険者辞めるってやつも少なくないんだ」
ということはこれからその新人潰しが訓練場で行われるわけか。止めにいくべきか悩んだ俺は取りあえずルクたちに報告することにした。
「総帥、どうやらBランク冒険者が訓練場で新人を潰すようです。どうされますか?」
指示を仰ぐと、ルクは一言見に行ってみようと応えたため、3人でその様子を見に行くことになった。
訓練場は異様な熱気に包まれていた。ある冒険者はジョッキに入ったビールを呷りながら野次を飛ばし、また他の冒険者はどっちが勝つかの賭けを行っていた。ちらりと胴元をしている冒険者の男を見ると、新人の勝利に賭けている冒険者は1人もいなかった。これでは賭けにはならないだろうに。
「あの双剣士の男がディムですかね?なかなかの強さを感じます」
俺がそう呟くと隣にいたメグが茶々を入れて来た。
「ふん、器も玉も小さそうな男だ。私があいつと戦ったら5秒で叩きのめせるよ」
「だが、実力があるのは間違いないだろう、Bランクと言っていたが実際はAランク程度の力がある。だがそうなると新人潰しなんて不名誉なことをする理由が分からないな。おそらくランクがBなのはそういったことも加味してのことだろう」
メグと俺の言葉を聞いたルクは目を細めてディムと思わしき男を観察した後、自身の考えを口にした。
「新人の男もそれなりにやるように見えますが、相手が悪いですね」
俺のみたところ、新人とは思えないほどに身体が出来上がっていて、そこらのモンスターであれば瞬殺できるくらいの力を感じる。
俺が分析していると、どうやら2人の戦いが始まるようだ。双剣士の男が口を開く。
「新人、今すぐ土下座して有り金全部置いていくなら見逃してやっても良い」
対峙する相手を新人と呼んでいることから双剣士の男がディムで間違いないだろう。まるで盗賊のような言い草に思わず俺は眉をしかめた。
「先輩、僕はSランクを目指します。Bランクで満足しているような人に僕は負けません」
きっと新人の彼は純粋なのだろう。純粋であるが故に彼はランクが実力を全て示していると錯覚している。この新人の実力ならBランクとは良い勝負ができるかもしれないが、ディムの実力はそれ以上。おそらく彼はこの戦いに負ける。
「いきます!」
先手を取って攻撃を仕掛けたのは新人の彼だった。持っていた大剣を左腋に構え、右肩からタックルをしかける。
だが、ディムにそれは通じない。ディムはタックルを仕掛けた新人の肩に手を置くとそれを起点に空中で宙返りをすることで躱した。
「その程度の力でSランクを目指すか、何百年かかることやら」
そしてディムは躱すと同時に挑発も忘れない。
「バカにするな!」
挑発され、屈辱を顔に滲ませた新人の彼は大剣を袈裟懸けに切り下ろし、その勢いのまま身体を回転させ横薙ぎに振るい、連続攻撃へと繋げた。
だが、それも通じない。ディムは自身の得物である双剣を抜くこともせず、時に身を屈め、またジャンプし、軽やかな身のこなしで躱していく。やがて疲れてきたのか、目に見えて新人の動きが鈍ってきた。それを見逃さなかったのか、今まで手も付けていなかった双剣を抜き放ったディムは新人の男の間合いへと一足で侵入し、刃を振るった。手にうっすらと赤い線が滲み、頬や額にも同様に赤い線が滲む。
俺が止めた方がいいかなと思い始めると、俺よりも先に動いた男がいた。
「そこまででいいだろう。そこの彼も実力の差がわかっただろうさ」
ルクがディムの刃を手で掴んで止め、彼にそう語りかけていた。意外にもルクの実力を感じたのか大人しくディムは引き下がっていった。
「冒険者は餓鬼が夢見てなる職業じゃない、それを教えたかっただけだ」
ディムはそう呟くと背中を向けて訓練場から去って行った。
「あれだけの剣を振るって全て傷を皮一枚に留めている。なかなかの技量だよ。彼は」
俺達の隣に戻って来たルクがそう呟いた。
「あーーー、はぁはぁ、えーと、総帥閣下、マスターがお会いになるそうです」
ギルド内にいない俺達を必死に探したのか息を切らした受付嬢が俺達を訓練場まで呼びに来た。
「今行く」
ルクがそう返事をし、俺達3人もギルドの中へと戻って行った。