第7話 冒険者ギルド
俺達が去った謁見の間にて・・
「アユキ、いるか?」
ピザデブンが天井に向かってそう呼びかけると、忍装束を纏った1人の男が音も無く床へと降り立った。
「はっ。ここに」
「聞いていたようにクレアとタカにはあのように説明はした。だが、王国としてエージとクレアに全て任せ、デス・ベガリオンへの対策を取らないわけにはいかない。それはわかるな?」
「もちろんです」
アユキはさっと頭を垂れ、王への恭順を示した。しかしこの場にはもう1人いる。
ルクはその顔に抗議の色を浮かべてピザデブンを見つめていた。
「ルク、いい加減にしろ。お前の話も分からないでもない。だが、我らとて常に最悪の事態を想定して動かねばならん。でなければ国が滅ぼされる」
ピザデブンは設計図を入手した後に、アユキとルクにグリード王国で設計図を元にデス・ベガリオンを作ることを提案していた。ルクはそれに反対していたのである。
「仰ることは理解できます。しかし、これを作ってしまえば周辺各国に疑心暗鬼を生み、ジェネシス帝国との戦争状態へ突入したとき、各国へ援軍要請を行う大義名分が失われます」
デス・ベガリオン建造によって生じるデメリットを上げ、王へ考え直す様促すルクにピザデブンは苛立った様にこう告げた。
「これは決定事項だ。撤回はない。ルク、お前はこの件に関して何もしなくてよい。ジェネシス帝国との戦争に備え軍備を整えよ。アユキ、お前は隠密機動部隊を率いて秘密裏にこの建設を進めよ」
『はっ』
アユキとルクは敬礼を返し、謁見の間を後にした。
謁見の間を出るとルクとアユキが言い争いを始めた。
「アユキ、作る気なのか?正気か?」
ルクがアユキの肩を掴んで問いかけると、フッと掴んでいた肩が消えた。そして背中から声が聞こえてくる。
「俺の身体に気安く触るなルク。暗器が仕込んである、怪我をするかもしれないだろう。王にそう命令された。作るのが俺の任務だ」
「だが、これでは帝国と同じではないか!俺達は平和国家のはずだ!あんなものは必要ない!」
背中へ聞こえた声へと振り返りながらそう叫ぶと、既にそこにアユキの姿はなかった。
「例えそうであったとしても、王の発言も一理ある。完全に否定出来ない以上、俺は王の命令に従うまでだ」
どこからともなく聞こえたきた声はそのようにルクに告げた。
俺は大通りを歩き、家へと向かった。いつも木に張り付いていた男は木に張り付いたまま眠っており、鳴き真似はしていなかった。
不思議な物足りなさを感じつつ、家に着く。
「ただいま、メーたん帰って来たよ」
「おかえりのちゅぅ」
「ただいまのちゅぅ」
玄関を空けるとメグがやってきていつものキスをかわす。
「聞いたよ。ベガと戦ったんだって?怪我はない?」
心配してたんだよという表情を浮かべメグは俺に尋ねた。
「あぁ、ベガとの戦いは総帥の援護をしただけだったから怪我はしなかったよ。その前にダンジョンに潜っていたときに軽く怪我をしたけどさ。でも俺の部隊は半数以上死んだよ・・」
生きていた頃の隊員の顔が頭に浮かび、うっすらと涙を浮かべながら俺はメグにそう答えた。
俺は大丈夫?って言ってくれると思ってたんだ。だが、現実は残酷だ。
「ちっ、ここで死んでくれれば保険金3億ゴールドもらえたのに。なんで死んでないんだ。」
あろうことかメグは俺になぜ死ななかったのかと責め立ててきた。
「そんなこと言わなくてもいいだろう!それはひどいよ!」
あんまりな言い草に俺も思わず声を荒げる。
「けっ。でも帰って来れたんなら3億以上稼げよ。稼ぐ前に死んだら許さないからな」
素直じゃない嫁は俺にそう吐き捨てた。本人としては死ぬんじゃないとでも言ったんだろう。俺はそれが分かったから一言
「ありがとうな。メグ」
とだけ返した。
「総帥から命令を受け取った。しばらく冒険者として有能な人材のスカウトとダンジョンで装備品の収集に努めることになった」
そして、しばらく冒険者として活動する旨をメグに報告する。
「へぇ、じゃあメグも一緒に行こうかな。身体動かさないとストレス溜まってしょうがないんだよね」
メグ・メグミスキー、俺の嫁は元第3騎士団副団長。ナコイールの前任の副団長であり、実力は折り紙つきだ。頼もしい一言に俺は即座に同行を頼んだ。
「助かるよ。メグがいれば大分楽になる」
「薬屋に寄って必要なものを整えてから冒険者ギルドへと行こう」
俺の提案にメグは背中を向けてリビングへと歩きながら右手を挙げてヒラヒラとさせることで了承した。
「メグちゃん!久しぶりだねー」
薬屋に着くと、ポンさんがメグの姿を見てそう声をかけてきた。
「おーい、ポンさん俺もいるぞ」
存在を無視された形の俺がポンさんにそう声をかけると
「メグちゃんの前でタカちゃんに声をかけると怒られちゃうからねー」
とメグをチラッと見て悪戯っぽく笑いながらそう話した。
「ははは、まあ愛されてますから」
俺が得意気にそう言うと頭を巨大な十字架で殴られて目の前に星が浮かんだ。どうやらメグの得物である十字架で殴られたようだ。
「バカ言ってんじゃない、自意識過剰め。ポンさん、メグとこの豚に回復薬999個ずつ用意して。ダンジョンに潜るから」
倒れた俺を足で踏みつけながらめぐはポンさんに注文を入れた。
「あいよ、399ゴールドと60シルバーだよ」
「釣りはいらないからとっといて」
メグは100ゴールド金貨を4枚渡すと俺の首根っこを掴んで歩き出した。
「あらあら、仲がいいのね、ポン羨ましいな」
ポンさんはそんな俺達を見て微笑ましそうに笑っていた。
冒険者ギルド、そこは国中から夢と希望とそしてお金を求めて腕に覚えのある者たちが集う場所。ダンジョンに潜って一攫千金を狙うものもいれば、堅実にモンスターを倒して日々の日銭を稼ぐものもいる。彼らに共通して言えること、それは怖いもの知らずだということくらいだろうか。
そして今日も冒険者ギルドに登録に来た新人がいた。村で一番の剣の腕前を誇っていたその青年は、冒険者ギルドの門をくぐると可愛らしい受付嬢の下へと趣き登録の申請をした。
「すいません、冒険者登録をしたいのですが」
「はい、お名前とご出身をお伺いしてもよろしいですか?」
受付嬢は新人の登録など手慣れたもので、すぐさま対応をした。
「ムソウ・ノーブルーと言います。ログレス村からやって参りました」
冒険者志望にしては珍しく丁寧な物言いに受付嬢の対応もより優しく親身なものになっていく。
「そうなんですね。結構遠くの村からいらしたんですね。お疲れではありませんか?」
「はい、宿で一泊したので疲れはありません。次は何をしたらいいんでしょうか?」
日が暮れる前に1つ仕事をしたいと思っていたムソウは急かすように受付嬢に尋ねた。
「あ、すいません。えーと、犯罪歴はありませんね。はい、大丈夫です。登録は完了です。ムソウ様はFランクからのスタートとなります。ランクの説明は必要ですか?」
受付嬢の問いにムソウは首を横に振った。
「大体予想がつくので大丈夫です。一番上のランクだけ教えてもらえますか?」
「あ、分かりました。一番上のランクはディカプルSランクです」
ムソウは受付嬢が何を言っているのかわからなかった。
「すいません。やっぱりランクの説明をしてもらってもいいですか?」
「はい、冒険者登録をしていただきますと、一部の例外を除いて皆Fランクからのスタートとなります。その後実力に応じて昇級していただき、最終的にSランクが最高位となります。そのSランクに到達した方を冒険者ギルドの方で実力に応じで10段階評定をし、その最高位がディカプル(10)Sランクとなります」
「なるほど、今Sランクの冒険者はどれくらいいるんでしょう?」
そんな凄い人がどれくらいいるのか気になったムソウは訊いてみることにした。
「そうですね、ニドリウム王国の方ではジャビットとブラモスという方がクインティプル(5)Sランク、クアドラブル(4)Sランクに認定されています。今のところギルド員としてはセクスタプル(6)以上の方はいませんね」
「なるほど、かの有名な剣聖だったらどれくらいになるかな?」
「剣聖様の戦闘を評定したわけではないので確かなことは言えないのですが、セプタプル(7)以上は堅いんではないでしょうか?」
「わかりました。自分もSランクを目指した頑張ります!」
強者への憧れからか目をキラキラさせてムソウは受付嬢にそう宣言をした。
少し大きい声だったからかそれは周りにいた冒険者にも聞こえており、その中の1人がすくっと立ち上がり、ムソウへと近づいてきた。
「なあ、ぼっちゃん。冒険者はそんなに甘くない。あんまり嘗めたこと言ってると死んじゃうぞ」
双剣士だろうか、纏う鎧にところどころ傷が入っているところを見ると、ベテラン冒険者の1人だろう。
「目指すだけなら自由でしょう。あなたには関係のないことです」
夢は叶わないと言われたような気がしたムソウはそうその双剣士の男に言い返した。
「いいだろう、そこまで言うなら現実を教えてやる。訓練場へ来いよ」
男はそう言うと奥へと歩いて行った。
男が去った後、受付嬢が焦ったようにムソウに声をかける。
「まずいですよ。彼はBランク冒険者のディム・バーク、実力はギルドが保証するほどの一流冒険者です、戦うのはオススメしません」
「構いません。Sランクを目指す身としてはBランクで手間取るわけにはいきませんから」
受付嬢にそう言い残すとムソウはディムという名の男の跡を追って訓練場へと向かった。