第5話 激戦の後に
ベガが去った後、俺は逸る心でナコイールの元へと歩いて行き被害状況を尋ねた。
「ナコ、お前その肩と足大丈夫か!?第3騎士団のみんなはどうなった!?無事なのか!?」
酷い火傷を負ったナコイールを見て、俺は心が痛んだが、それでも我慢することができずに尋ねた。
「ここにいるのが生き残ってる隊員の全員だ。すまねぇ。俺がちょっと席を外していたときに襲われた。死んだみんなはまだ湖畔の深淵の近くにいるよ・・」
目を逸らし、何かを悔いるような表情でぽつりとナコイールが返事をした。
額に皺を刻み、目元から涙が溢れている。涙声でナコイールは更に続けた。
「俺はトイレにいて難を逃れた。その前、あいつら楽しそうに今日はどうするか話し合ってたんだ!攻撃を受けた後も、みんな必死で足止めをしていた!俺だけが何も知らずにのんびりとトイレに行っていた!こんなことなら漏らせばよかったんだ!」
血を吐く様な叫びに俺はなんとも言えない気持ちになった。それを言うなら俺がダンジョンで怪我したときに、みんなに注意喚起をしておけば奇襲を受けて部隊が被害を被ることもなかった。いや、もっと言えば俺が怪我さえしなければ。そう思うと遅れて情けなさと無力感が押し寄せてきて、涙がこぼれてきた。
「泣くほど悔しかったら強くなれ、ひよっこ。やるだけやってから泣け」
正面から静かにこちらへ歩いてきたルクが俺にそう声をかけてきた。
「泣くよりも、お前たちには今やることがあるだろう。早く、あいつらのところへ行ってやれ」
そう言うとルクは湖畔の深淵がある方へと目を向けた。
そうだ、俺達は殺された仲間を弔わなければならない、そして1人1人の名と顔を胸に刻み、その命の重みを背負わなければならないんだ。
負傷したナコイールに肩を貸し、俺達は変わり果てた仲間が待つ場所へと足を向けた。
「クエ!クエ!色々いい死体があるキョロ。決めた!こいつとこいつを配下に加えるキョロん!我が忠実なる僕となれ![キョロキョロキョロローン]」
第3騎士団の戦死した仲間が横たわる場所では白い法衣と赤い帽子を被った貴婦人のような外見をした女性が呪文を唱え、死体をゾンビとして使役していた。アンデッドを作れることから見て、彼女の職業はネクロマンサーだろうか。禁忌と呼ばれる生命魔術のプロフェッショナルであると同時に一般に忌避される類の職業である。
俺はナコイールに肩を貸し、現場に到着したとき、見慣れない女が横たわる仲間をゾンビにしている光景を目の当たりにした。死者を冒涜するかのような行為に目の前が真っ赤に染まる。
「何をしている!お前何者だ!?」
思わず声を荒げて俺は視界に入った女に声をかけた。
「クエ!?面倒なことになったキョロ。もう戻ってこないと思ったのに、ここで潰しておくべきキョロ?」
面倒くさそうな表情を隠そうともせず。ちらっと俺達を一瞥した女をそう答えた。
「お前は何者だ!?答えろ!答えなければこちらも容赦はしない!」
更に俺が問いかけると女はため息をついた。
「クエェ、キョロはキョロ・クエンサーって名前キョロよ。こう見えても大魔導士アイシル様の一番弟子。お前ごときにやられるほど弱くないキョロ」
アイシルだと!?5年前の草原探索任務で俺が所属していた部隊を全滅させたマカウェイと並び称されるS級危険人物だ。その一番弟子というのが本当であれば実力も推して知るべしである。
「そのゾンビは俺達の部隊の仲間だ。置いて行ってもらえるか?」
肩を貸していたナコイールがキョロにそう言うと、キョロは右手を頬に添えて悩むような表情を浮かべた。
「んー、それは却下キョロ。キョロが作ったゾンビはキョロのもの!どうしても返してほしければ力づくで取り返してみせろキョロ!クエックエックエ!」
俺達をかわいそうなものを見る様な目で見ながらキョロはゾンビたちに何か指示を出した後、虚空からソファを取り出して腰掛け、丸いチョコを食べ始めた。
次の瞬間、ゾンビたちの目が赤く輝き、生前と同等、もしくはそれ以上のスピードで俺達に向かってきた。
「ナコ!来るぞ!動けるか?」
迫るゾンビを横目にナコイールに動けるかを確認すると、残念ながらナコイールは首を横に振った。
「すまねぇ、ベガに受けた傷が深い。まともに戦闘はできそうにない」
「わかった。俺1人で片付ける。ここでちょっと待っててくれ。それと愛フォンで総帥にも連絡を」
「わかった。タカがゾンビ如きに遅れを取るとは思えないが、気をつけろよ」
俺はゾンビへと向き直り、ランダム火炎魔法を発動させた。この魔法は一定の魔力を消費した初級〜最上級の火炎魔法をどれか1つランダムで発動させるものである。無論確率としては初級の発動率7割を占める博打魔法であるが、これを運がいい俺が発動させると
「ビンゴ!最上級火炎魔法だ!」
100発100中で最上級が選択されるのである。俺の持つ杖から先の戦いでベガが繰り出した魔法が発動され、上空に100発ほどの火球が出現する。
俺が杖を振り下ろすと、火球はゾンビ目掛けて殺到し、火に包まれてその動きを止めた。
「クエェ、自分たちの仲間の身体なのに酷いことするキョロ。仕方ない。お宝探しは今日はここまでにするキョロ」
キョロが踵を返し、遠ざかろうとした瞬間、何かに気付いたのかその場から飛び退いた。直後にドガンという衝突音とともに、キョロが直前まで立っていた地面に深い切れ込みが入った。
土煙が晴れるとそこにはルクが立っていた。
「ナコイールから連絡をもらって来てみれば。ネクロマンサーとは中々レアなやつに遭遇してるなタカ」
振り返ったルクが地面から剣を引き抜きながら俺にそう話しかけてきた。
「どうもアイシルの一番弟子と名乗っているようです。やつの作ったゾンビは一応潰しましたが、まだ何か手を持っているはずです」
あのアイシルの一番弟子だ。これで終わりのわけがないと感じ、更に警戒を強くする。油断なく杖を構えてキョロの次の動きに注意していると。
「クエックエックエ、死体漁りにきただけで剣聖と戦うのは割に合わないキョロ。今回は引かせてもらうキョロ」
舌を出し、テヘっという擬音が聞こえてきそうな表情を浮かべたキョロが帰還魔法を唱え始める。
「逃がすと思うか?ネクロマンサーよ、お前は捕まえてアイシルについて知っていることを話してもらう」
ルクは言い終わると地面に落ちていた死んだ隊員がもっていた短剣を足で蹴り上げ、掴むとキョロに向かって投げつけた。
「キョロロー!危ないキョロ!、もう帰るって言ってるのに。しょうがないキョロ。[キョロキョロキョロリーン]」
キョロが呪文を唱えると、地面に横たわっていた全ての死体の目に赤い輝きが灯り、ムクリと起き上がる。
「あいつらに突っ込むキョロ!」
キョロの命令と共に30を超えるゾンビが俺達に向かって来た。だがただのゾンビなど俺の相手にもならない。ましてやルクの相手など10秒と務まらないだろう。当然のように瞬殺すると、そこには帰還魔法の光に包まれて消えて行くキョロの姿があった。
「クエックエ、またね、キョローん」
「総帥、あいつは一体」
混乱した頭でルクにそう話しかけると
「わからん。だがベガほどではないが強い力を感じた。アイシルの一番弟子というのは本当だろう。今回は死体に釣られてきただけだったようだな」
「タカ、それよりもみんなの弔いをしよう」
ルクとの強敵についての考察談義をしていると、ナコイールが本来の目的を思い出させてくれた。
赤々と燃える光。殉職したみんなの身体を燃やすその光はベガの放つ破滅的な光とは異なりどこか温かく、だがどこか物悲しく、生き残った第3騎士団の面々の前でゆらゆらと揺れていた。
「お前らの敵は必ず取る」
第3騎士団の誰かがそう呟くのが聞こえた。
その声が聞こえたであろう隣に立っていたルクが、どこか悲しそうな顔を浮かべたのを俺は見逃さなかった。
いずれにせよ、一端戦いは終わった。宣戦布告をされたが、部隊編成などは時間がかかる。ジェネシス帝国が攻めてくるのはまだまだ先のことだろう。
俺達は王都への帰路へとついた。