第16話 アルゲネロンの巣⑥
禍々しい姿へと変貌したアルゲ・ネロは右手を自身の股間へと翳した後、俺達を見据えて続ける。
「君たちがアルゲネロンと呼ぶものはなぜ若い女以外の攻撃が通じないか分かるか?」
「何を言っている?アルゲネロンはお前の劣化コピーではないのか?」
唐突に俺達に投げかけられた問いに俺達は疑問を覚える。そもそも、どうして今そんなことを聞くのかと。
「違うよ。彼らは私の一部であってコピーじゃない。私の防御力の大半と一部の性癖が私から分離し、指輪の力で増殖したものだ」
アルゲ・ネロは未だシトさんに群がり続けるアルゲネロンをちらりと見る。俺達も釣られてシトさんを見ると、霊体のはずの彼女はアルゲネロンに拘束され、100を超えるアルゲネロンに全身隈無く、ただひたすらペロペロされていた。シトさんの顔は死んだ様に表情が抜けている。
「だとしたら何が言いたい。お前に俺達の攻撃が通用する以上、お前を倒すことはできる!いい加減亡霊は冥府へと帰れ」
そもそも数代も前の国王が相手とは思ってもみなかった。だが同時にアルゲネロンの巣がどうして冒険者に忌避され続けてきたのかも少し納得がいく。おそらくは当時からも近づかないようにとの命令があったのだろう。王族の汚点をそう易々と公表するメリットもないだろうし。それが代を重ねる毎に噂が脚色されて今のような状態へとなったというところか。
「帰らんよ。私にはまだ叶えていない望みがあるのだから」
どこか哀愁を感じさせる声色で呟くと、アルゲ・ネロはその場から掻き消えるように姿を消した。どこだ?辺りを見回すがアルゲ・ネロらしき姿は見えない。
「気をつけろ!気配を感じない。おそらく暗殺術の類だ」
エヌが警告を発すると同時にシエラが後ろから馬車に撥ねられたかのような衝撃を受けてドンッという音と共に前方に吹っ飛んだ。地面に打ち付けられて3度ほど撥ねた後、地面に横たわっている。ピクリとも動かない。
「シエラちゃん!」
エヌが咄嗟に駆け寄ろうと足を踏み出すが、今度はエヌが横からの衝撃を受けて弾き飛ばされる。そのままエヌは壁に打ち付けられ、頭を打ったのか壁に寄りかかり崩れるように床に座り込んだ。
「どうなっているんだ」
俺の焦りを含んだ問いに、ディムが同じく額に汗を垂らしながら答える。彼もせわしなく周囲に目を走らせ、時折何もない空間に双剣を走らせながら小刻みにステップを踏んでいる。
「暗殺術なんかじゃない。ただひたすらに速く動いて、俺達が気配を追い切れてないんだ」
「だったらどうする?待っていてもやられるだけだ」
俺の問いにディムは見ていろと声をかけると、アルゲネロンが犇めくシトさんの元へと走った。
「今のアルゲネロンは餌に夢中で俺達を襲ってこない。この無敵のモンスターを盾にする」
まあ、確かに餌に夢中でさっきからアルゲネロンは俺達を見ようともしない。これならば文字通り肉壁となってアルゲ・ネロからの攻撃を防いでくれるだろう。だが、この提案に1人だけ異を唱えた。
「待ってください。私とネロちゃんでやれます。任せてください!」
ギョーウである。彼女の隣ではネロちゃんが頼もしそうに右手の親指を立てている。いくらプリンスアルゲネロンとは言え、オリジナルのアルゲ・ネロと戦うのは厳しいのではないか?俺の心配を他所にギョーウに鞭で叩かれて目に闘志を燃やし、ネロちゃんはその場からフッと姿を消した。
次の瞬間、キーンキーンと剣戟の音が鳴り響き、俺達の後ろで鍔迫り合いを繰り広げる2人の男が現れた。アルゲ・ネロとネロちゃんである。
「ふん、私の一部ながら本体に逆らうとは・・愚かな」
「私のご主人様はただ1人!ギョーウ様だけだ!」
互いに譲らぬ剣捌きを見せ、戦いの余波で床が崩落し、シトさんをペロペロする数人のアルゲネロンが消える。ここが塔の最上階ということもあり、崩落した床の下には1階のホールが見えた。少ない足場を飛び跳ねるように戦いながらも、戦いの流れを掴んだのは意外にもネロちゃんだった。
足場が少なくなるにつれて、6対の翼で複雑に立体機動ができるネロちゃんがアルゲ・ネロを追い込んでいる。このまま勝てるのでは?と俺たちは期待を込めてネロちゃんを見つめた。
「まさか、私が追い込まれるとは。仕方ない。これが私の全力全開だ!」
アルゲ・ネロは叫ぶと共に、右手を自身の股間の上に置き、ナニかを握る仕草をし、詠唱を始めた。
「無垢なる我が息子よ。包み込む封印から顔を出す時がきた。常に寄り添う恋人と共に、威風堂々たる風格を見せ、我が欲を解放する剣となれ」
アルゲ・ネロはそのままナニかを握った右手を小刻みに上下させた後、身体を震わせて一気に引き抜いた。
「俺のエクスカリバー!!」
アルゲ・ネロの右手には赤黒く染まった禍々しい剣が握られている。側面には血管のような赤く染まった管が走り、ドクンドクンと脈撃っている。まるで生きているようだ。
「食らうがいい。イジャキュレイト!」
アルゲ・ネロは手に持った剣をギョーウに向けると同時に叫ぶ。
すると、剣先から白い斬撃がギョーウへと走った。
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!」
悲鳴と共にギョーウは目を瞑る。慌てて俺もギョーウの前に氷の壁を作るがバターでも切るかのようにその斬撃はギョーウへと迫り・・
「ご主人様、無事でよかった」
庇うようにギョーウの前へと移動したネロちゃんの身体の中程までめり込んでその勢いを失った。
「ネロちゃん!」
どう見ても致命傷だ。出会いは最悪だったがこのアルゲネロンの巣をここまで攻略できたのはネロちゃんのお陰だ。そしてネロちゃんを失ってしまえばこの攻略の可能性は限りなく低くなる。
「幸せだった。縛られることしか考えられなかったけど、ご主人様と出会って叩かれる喜びを知った。鞭の気持ちよさを知った。言葉責めの快楽を知った。いろいろな世界を見れた」
俺達の目にも涙が浮かぶ・・・いや、浮かんでいるのはギョーウだけか。
「ご主人様、必ずあいつを倒して。私のディランダルをここに置いていきま・・」
号泣するギョーウの涙をペロっと嘗め上げると自身の大剣を残して、ネロちゃんは光に包まれて消えて行った。あ、うんその辺見ると本当にネロちゃんがアルゲネロンだって思うんだ。
「ユルサナイ!」
何かスイッチの入ったギョーウがネロちゃんが残したディランダルを構えるとアルゲ・ネロに向かって行く。
エクスカリバーでギョーウの斬撃を受け止めたアルゲ・ネロは目を見開いた。
「バカな!俺の剣がサイズ負けしているだと!」
「ネロちゃんのは巨大なんだ!お前の短小剣に負けるものか!」
何かに取り憑かれるようにハァハァと息を乱しながらギョーウはアルゲ・ネロを切り刻もうとディランダルを振るう。
「くっ、サイズだけ大きくとも、形が良くなければ意味がない!私の剣は先端の形が美しい。剣も真っすぐ整っている!お前のは左に剣が歪んでいるな。つまりお前の負けだ」
ギョーウの剣を力任せに振り払い、先ほどの白い斬撃を繰り出す。ギョーウはそれを見据えるとディランダルを大きく振りかぶった。
「例え、左に曲がっていようとも、これが私のネロちゃんのディランダルだ!お前なんかに負けるものかーーーー!」
そのまま振り下ろすと同時、白い中にちょっと赤みが混じったピンク色の斬撃がディランダルの先端から飛び出す。ギョーウの斬撃はアルゲ・ネロの斬撃と空中で衝突し、激しい火花を散らせた。だが、アルゲ・ネロの斬撃の方が優勢だ。ギョーウの手元にまでその衝突点が押し寄せて来る。
「たかだか、お前のエクスカリバーの斬撃如き、全部絞り取って飲み込んでやる」
ギョーウが手元にまで迫ってきたアルゲ・ネロの斬撃に噛み付くとそれを飲み込んだ。阻むものがなくなった自身の斬撃は一直線に敵の元まで走った。
「ばかな、この私が。こんな小娘に。くっ、やはり私の弱点は若い娘だったか・・」
ピンクの斬撃に包まれ、消えて行きながらもアルゲ・ネロの顔は穏やかだった。自分を縛りつけていた何かから解き放たれる様な感覚がある。消えて行く身体と意識でふと横を見れば先ほどまで無数のアルゲネロンにペロペロされていた、愛する妻、シトがいた。
「お前にも迷惑をかけたな。すまなかった」
「いいんですよ。またあの世でプレイしましょう」
アルゲ・ネロを包む光が消え去ると、そこには最初から何もなかったかのように塔が消え、気絶した2人と3人の姿が夕日に照らされて佇んでいた。