第14話 アルゲネロンの巣④
「あう、あう、気持ちいい、もっともっと!あぁぁぁぁ」
ギョーウとネロちゃんが後ろでプレイを繰り広げながら俺達は鍵を求めて4階を探索していた。というか、ネロちゃんひょっとしたら鍵のある場所を知ってるんじゃないだろうか?ギョーウに訊いてみるよう頼んでみる。
「ネロちゃん、この階に鍵があるはずなんだけどどこにあるか知らない?」
ギョーウの問いにネロちゃんっはイッちゃった目をして口を開いた。
「もっと鞭を。気持ちいいよう」
だめだ、叩き過ぎてコミュニケーションが取れなくなってしまったようだ。
するとギョーウが更に続ける。
「案内してくれたら・・・吊るしてあげる♪」
若い女の子がどこでそんな知識蓄えたと突っ込みたいが、ぐっと堪える。だが壊れてしまったネロちゃんが案内してくれるだろうか。
「ご主人様、鍵の元まで案内させていただきます」
光の速さで正気に戻ったネロちゃんが先頭を切って歩き出す。歩くスピードが速いためギョーウの持つ縄がネロちゃんの首に食い込み、時々白目を向きながら「ぶるり」と震える様は恐怖だった。
ネロちゃんに案内された場所は図書室だったところだろうか。沢山の本が本棚に並び、ダンジョンと化す前はここに収容された囚人たちの憩いの場だったのだろう。
だが、図書室を見渡しても鍵は見つからない。ネロちゃんが間違えたのだろうか?
「あそこに石碑がある!」
シエラが指差す方向に、図書室には場違いな石碑が置かれていた。
『封印を解かんとするもの、標を頼りに対価を捧げよ』
いつもながら謎めいた言葉が書かれていたこともあり、うんざりする。もっと冒険者に優しいダンジョンになれよ。改めて図書室を見渡すと本棚の中にいくつか光っている本を見つけた。ただしそれが5冊ほどある。
既にアルゲネロンの巣に挑戦して8時間ほど経過している。この謎を解くのにどれだけの時間が必要なのか。何か裏技がないかと必死に考えていると、図書室の隅の方で縛られて吊るされているネロちゃんがいた。俺の頭に案が閃く。
「なあ、ネロちゃん、ここの封印の対価って何が必要なんだ?」
「・・・・・・」
ネロちゃんも流石にアルゲネロンだからか俺の問いには無言で返して来た。俺がギョーウに目で合図を送る。
「答えろこの豚」
罵声と共に持っていた白蛇の鞭でネロちゃんを叩くと、あっさりとネロちゃんは口を割った。
「対価は若い女性の唾液、あぁ気持ちいいぃ!」
あんな時間がかかりそうで解くのが大変そうな謎を解いた結果が「若い女性の唾液」である。正攻法で攻略した歴代の挑戦者たちはおそらくこのダンジョンを燃やしたくなったのではないだろうか。
「シエラ、悪いがそこの石碑に唾吐きかけてくれ」
まだ学生のシエラにこの頼みは酷だったかもしれない。何も疑うこともなくシエラは石碑に唾をぺっと吐きかけると、次の瞬間石碑が眩く発光し、光が収まるとそこに金色に輝く鍵があった。よく見ると石碑の文言が変わっている。
『君たちがたどり着いた答えこそが真実である。健闘を祈る』
若い女性の唾液が真実?いや、むしろその答えに至るまでに必要な情報があったと見るべきか。どうやらショートカットをしたら一番大事な部分を見逃したようだ。
だが、鍵は3つ揃った。ボス部屋へと入ることは出来る。
「鍵は揃ったけどどうする?」
俺が相談を持ちかけると、エヌとディムは揃って謎解きの優先を主張した。
エヌは真剣な眼差しで続ける。
「無策で踏破者がいないボスへ挑むのは自殺行為だ。ここは一度落ち着いて考えた方がいい」
今までに得られた手がかりは確か、2階にあった「真の王の怒り、この地に吹き荒れん」と「虚像に気をつけよ」の2つのメッセージ、3階で聞いた「真実を見抜かねば終わらない。最上階の私たちは永遠だ」という発言。あ、もう1つあった。蝉君の「本物1人、昔王様」というアドバイス。それと本来ここで得られるはずだった4階のヒント。
「なあ、何となく攻略法、思い付かないか?」
並べてみると意外と分かりやすい手がかりだったのかもしれない。俺がみんなにそう問いかけるとエヌが代表して答えた。
「おそらくだが、最上階にいる敵は分身体の中に本体が隠れているタイプだろう。2階の『虚像に気をつけよ』という警告はこれを意味していると思う。こう仮定すると3階の手がかり『真実を見抜かねば終わらない、最上階の私たちは永遠だ』も同じように本体を見抜かねば倒せないということだろう」
「だが、その仮定だと『真の王の怒り』と『昔王様』というフレーズの説明がつかない」
ディムの指摘に俺達は頭を悩ませたが、結局攻略法には関係ないという結論にいたった。
「きっとボスの正体に関連することじゃないかな?実はネロちゃんの更に上に進化があって、キング・アルゲネロンってのがいたりして」
ギョーウの推理も否定はできない。ただ俺の直感が何かが違うと告げていた。そして間違いなく足りないピースはこの図書室にある光る5冊の本に隠されている。
「効率を重視しよう。シエラとディムでこの部屋にある光る5冊の本を調べてみてくれないか?俺とエヌ、ギョーウとネロちゃんで1度ボス部屋へ乗り込んでみよう」
この部屋に眠る最後の手がかりを完全に放置する勇気がなかった俺は、次善の策として以前と同じ様にパーティを2つに分けることにした。今回ギョーウをこちらにしたのは最強戦力であるネロちゃんがいるからである。
「5冊読んでみて、若い女の唾液以外に明らかになることがなければこっちに合流してくれ」
俺はそう2人に指示を出して、3人を連れて5階へと階段を昇った。
5階へと着くとそこには巨大な扉が鎮座していた。左と中央、右それぞれに鍵穴が1つずつある。俺が金の鍵、エヌが銀の鍵、ギョーウが銅の鍵をそれぞれ差し込み、捻るとギィっと軋む音を立てて、扉が部屋の内側の方へと開いた。
「さて、ボス戦だ。本体を探すところから始めるぞ」
俺の掛け声と共に俺達はボス部屋の中へと侵入を果たす。
そこは広々とした半径30メートルほどの円形の部屋であり、当然ながら無数のアルゲネロンがいる。俺達が踏み込んだときには彼らは腕立て伏せをしていた。
「なんかやる気削がれるなあ」
つい、俺の口をついて出た言葉をエヌがたしなめる。
「油断するな。ボス部屋だ。本体を探せ」
本体を探すもなにもまずボスがいないし、この部屋には道中倒して来たようなアルゲネロンしかいない。そういえば5階のアルゲネロンは何を司るのだろう。
とりあえず、様子見として最初の一撃をギョーウに任せる。ギョーウが持っていた白蛇の鞭を振るい、近くにいたアルゲネロンを打ち据えると彼は鋭くギョーウを睨みつけ、俺達の方に突進してきた。
「おい、どうなってるんだ!若い女の攻撃が効いてないぞ!」
焦った俺はエヌに叫ぶ。愛用の巨大な十字架を構えたエヌは突進してくるアルゲネロンから目を離さずに答えた。
「言ったろ、5階のアルゲネロンは何を司るか全く分からないと。ボス部屋から帰ってきたやつがいないから情報がないんだよ」
凄まじいスピードで接近してきたアルゲネロンはギョーウの前に立つと持っていた大剣を横に振るう!
嘘だろ!アルゲネロンは紳士的なモンスターじゃないのかよ。焦ってギョーウとアルゲネロンの間に氷壁を張ろうとするが間に合わない。今まさにギョーウが真っ二つにされようとしている光景をスローモーションのようにゆったりと視認しながら俺は無力感に歯を食いしばる。
が、ギョーウと剣の間にアルゲネロンの持つ大剣と全く同じ大剣が差し込まれる。ネロちゃんである。プリンス・アルゲネロンである彼はアルゲネロンの高速移動を完全に見切り、素早くご主人様のために行動したのである。キンと甲高い音を立てて敵の刃は弾かれた。
「ご主人様、私にお任せを」
そう言ってアルゲネロンに向き直る彼は変態ながら格好よかった。
だが、現実はそうは甘くない。今の剣劇の音でボス部屋にいたアルゲネロン全員がこちらに気づき、大剣を抜いた。
「シンニュウシャ、ハイジョスル」
最早男女差別をすることもなく、数え切れない程のアルゲネロンが俺達に襲いかかってきた。