第1話 偽りの平和
ここは異世界エイム、この世界は唯一神「ウン・ド・エイム」の手によって構築され、神の手によるアップデートという世界の上書きと進化によって文明を発展をさせてきた。
時は覇権争いの嵐が吹き荒れるさなか、凶悪なジェネシス帝国の侵攻に対し、グリード王国の第1騎士団は秘密基地から奇襲攻撃を仕掛け、はじめての勝利を手にした。
その戦闘の間に、グリード王国のスパイは帝国の究極兵器に関する秘密の設計図を発見、これを盗み出すことに成功した。
それは「デス・ベガリオン」と呼ばれ、国を焼き払うほどの破壊力を持つ魔力を秘めた恐るべき究極の最終兵器、死の魔杖だった。
「ポンさん、このHP回復薬999個くれ」
そう薬屋を営む女性に声をかけたのは、髪を短く切り揃え、精悍な顔立ちをした清潔感のある青年。名をタカ・メグミスキーという。
このグリード王国における第3騎士団の若き団長にして期待の新星である。
敵の動きを読み切り、まるで未来が見えているかのような指揮の采配、また彼個人としても卓越した魔術の腕を誇る。
エリートの通う軍学校を主席で卒業し、若く美しい嫁を貰って充実した人生を歩む彼を人はこう呼ぶ。Perfect Humanと。
「わわ、また999個?よく買うね、ポンそんなに作ったっけなー」
歳は30半ばだろうか、歳に似合わない言葉遣いでそう返してきたのは王都で薬屋を営むポン、こう見えて1児の母である。
旦那さんは北方にある国境警備に配属され、最前線で常に帝国の脅威から王国を守護してくれている尊敬すべき戦士だ。
「いやあ、ポンさんいつもすいません。あの湖畔の方に湧いてる死霊をずっと狩ってたらいつの間にか切らしちゃってさ。メグに無いなら早く買ってこいって怒られちゃって」
「大変だねー。もうタカちゃんも団長だもんね。入ったばっかりの頃はチンチクリンだったのにぃ」
手元の瓶に回復薬である赤い液体を流し込みながらどこか懐かしむような顔で髪を弄っているポンさん。
まだ駆け出しの頃からお世話になっている薬屋であるから、王国騎士団の団長とは言え、ポンさんには頭が上がらない。
駆け出しのお金がない頃、安い初級回復薬を大量に購入させていただいていた。今では順調に出世し、それよりも2グレード上の中級回復薬にまで手が届くようになった。
とそこで俺は気付いた。あれ?今日の薬瓶、ちょっと大きいな。規格変えたのかな・・。
俺の視線に気付いたポンさんが説明してくれた。
「タカちゃんも身体が大きくなったからね、今日からはちょっと大きい瓶に変えといたよ
団長だし、あんまりちっさい瓶だと格好つかないからね。もちろんお代も増えるけど団長だし大丈夫だよね?」
「全然いいですよー、俺団長だしぃ!途中で力尽きるよりはマシですから」
回復薬1つ20シルバーを999個かぁ、高いなあ。昨日までは1つ10シルバーだったのに。
ついつい、調子に乗って俺はOKしてしまった。
「合計で199ゴールドと80シルバーになりまーす」
今日俺が使ってもいいと嫁であるメグから渡されたお金は100ゴールド金貨を2枚。
そのうち150ゴールドまで薬代にしていい、余ったお金はレシートと一緒に返せと言われている。
騎士団長のエリートにして、パーフェクトヒューマンであるタカ。
残念ながら見栄っ張りであった。
「みーんみーん、みーんみーん」
蝉の鳴き声が響き渡る大通りを歩きながら俺の心は沈んでいた。どうメグに説明すればいいのか、罵倒される未来が容易に想像できる。
どうせ「なんで無駄遣いするんだ」とか「あれほどぼったくられるなと言ったのに」とかそんなんだろう。
「みーんみーん、みーんみんみんみん」
あぁ蝉の鳴き声がうるさい。なんてうるさいんだ。こんな時は静かにトボトボ歩きたいのに。
「みーんみん、みんみーん、オカネクレー」
なんか変な鳴き声が近くから聞こえた。空耳だろうか。
「みーんみん、オカネクレー、ハラヘッター」
どうやら空耳ではなかったようだ。
声が聞こえた方向へ顔を向けると、大きな木に蝉と共に20代くらいの男が張り付いていた。
男は蝉の羽の模様が描かれた段ボールを背負っている。こいつはなんなんだろうか。
人間になれなかった蝉だろうか、蝉になれなかった人間だろうか。
「なあ、お前何してるんだ?」
思わず声をかけてしまったが、こんな変態は無視するべきだっただろうか。
それとも何か罪をでっち上げて治安のために捕まえるべきだっただろうか。
「みーんみん、みーんみん、オカネナイー、オカネクレー」
木に張り付いたまま男が応えたが、正直気持ち悪い。
むしろ俺がお金ほしい。50ゴールドあれば誤摩化せるのに。
コミュニケーションを取りたくなかった俺は蝉の擬態をする謎の男を無視して去ることにした。
自宅についた。ただこのドアを空けたくない。このドアを空けてしまえば俺は徹底的に戦わねばならない。
誰と?嫁とである。
「ただいまー」
恐る恐るドアを開ける。
ドキドキする。イケナイことをしてしまった後、それをどうにかして誤摩化さなければならない使命感。
根拠も無い自信がわき上がる。アイム・ア・パーフェクトヒューマン。
俺はやれる。俺はやれる。脳内でそんな声が聞こえる。
さあ、戦争しようぜ。
「おかえりー。おかえりのちゅぅ」
なんて可愛いんだメグ。俺の中で罪悪感がムクムクと大きくなる。
思わず白状してしまいたくなるが、ここは我慢だ。俺の威厳のために全力で誤摩化さなければ。
買い物もまともに出来ないのかと不名誉なレッテルを張られてしまう。
「ただいまのちゅうぅぅぅ、ちょっとお薬いっぱい買っちゃったー」
だが悲しいかな。俺のメグに対する戦績は全敗。戦うことなど不可能なのである。
威厳なんてものは家庭内にはない。この可愛いメグを見てしまえばそんなものなくなるのである。
世の男性諸君に想像してみてほしい、自分が1番可愛いと思う女性が帰宅と同時に甘えてきたら、心に疾しいことのある諸君は誤摩化せるだろうか。いや、きっと無理であろう。
そしてウチの嫁はそれを効果的に使ってくる。やつはわかってやっているのだ。
これがとても有効な戦術であると。
「あぁ?またぼったくられたのか?情けねえなぁおい」
俺の心にハンマーが打ち付けられる。だが俺は負けない。
「団長になったから少しいい薬に変えたんだ、別にぼったくられたわけじゃない」
そうさ、俺は団長にふさわしい薬を買っただけだ。別に疾しいことなんてないじゃないか。
そう、何も問題なんてないんだ。そう考えれば最初から白状したのは疾しいことのない証明とも言える。
ナイス選択だったかもしれない。
「あ?中級回復薬買うって出てったんだよな。だったらなんでいい薬買うって言っていかないんだ?
どうせ薬屋のねーちゃんに乗せられて買わされたんだろ。
あー情けない。お前それでも団長?頭大丈夫?ねーねー大丈夫?」
くっ、この嫁は見てくれはいい。外面もいい。しかし、しかし性格が破綻している。
人の心が死ぬまで追いつめてくるのである。
追い撃ちは続くのである。
「ねーねー、パーフェクトヒューマンさん?(笑)なにが完璧なの?(笑)
相手の言い分完璧に聞いてあげることかなあ。それともお金を完璧に失うことかな。
お使い1つ完璧にこなせないのになにが完璧なんだろう。メグわかんなーい。」
もうやめてくれ。いいじゃないか。いい薬買ったって。
乗せられてだっていいじゃないか。なにが悪いんだ。
「悪かった。ごめんメグ。お使い1つこなせない俺はダメ人間だ」
そんなこと言えるはずもなく俺は頭を垂れた。
「別に謝ってほしかったわけじゃない!」
だが何やらメグは拗ねたような顔をしている。
ほぇ?どういうことだ。訳がわからない。
女心というのは本当にわからない。こうして時に理不尽に意味不明な主張をしてくる。
世間の男性諸君にも似た様な経験があるのではないだろうか。
「タカが他の女に乗せられてるのが気に入らない
タカ乗せていいのも乗っていいのもメグだけなんだ」
だが俺はそんな男性諸君とは違う。とても愛されているからこそ責められるのである。
最近はこの愛ある責めが快感になりつつある。俺もそろそろ新しい扉が開きそうだ。
いつもの日常、いつもの光景。そんな日々が続くと思っていた。