誕生日三週間前〜おかん〜
久しぶりにウチは実家に寄った。
お約束のお土産551のぶたまんを台所の食卓に広げて、ウチはおかあさんと食べた。
とりとめのない話をしばらく続けて。
おかあさんがふと、ウチの顔を見つめて言った。
「もうあんた、ケイちゃんと何年付き合うとるん?」
「10年目かな」
「じゃあ、もうケイちゃんと結婚すんのか」
「知らんけど」
「……」
おかあさんは少し黙って、ウチの顔を探るように見た。
「あんた、それでええの?」
「ええの、て?」
「ケイちゃんしか知らんでもええんか? それで終わってしもて」
ウチはびっくりした。
おかあさんにそんなこと言われるとは思ってもみなかった。
おかあさんの世代の人は、女の子は結婚するまでに付き合う相手は少ないほうがええちゅうか。真面目で清純な感じのそういう方が推奨されるというか。そんな考えの世代やと思っとったから。
「姉ちゃんは大学のとき、何人もの人と今まで付き合うとったやろ。……ウチかて、お父さんと結婚するまでに二人と付き合うとったで」
そ、そうなんか。
意外やった。
お父さんとお母さんはお見合い結婚やったから、お互いに初めての人同士で結婚したんかと思ってた。
そう思い込んどったのには訳がある。
ウチがケイスケと初めてお泊まりをして初めてそういうことになってしもうたとき。
それがおかあさんに速攻ばれた。
友達と旅行に行く、と自分では上手く嘘をついたつもりやったけど。
なんか怪しいとおかあさんには疑われとったらしい。
まあ、初めてコトを終えたウチの身体を心配をするメールをその時ケイスケが送ってきて。
疑っていたおかあさんはウチの携帯を勝手に見て、そのメールを読んでしもた。
『そういうのは結婚してからやろうが! ふしだらな!』
おかあさんはパニックを起こした。
『ふしだら』て言われたで、おい。
と、ウチはウチで動揺した。
ウチのお姉ちゃんは以前から、大学で既に男を(ユミちゃんほどやないけど)取っ替え引っ替えしとった。
ビバヒルの青春白書みたいやなー、とウチは感心したのを覚えとる。
そういうお姉ちゃんのことはおかあさんは知っとったし、だからここまでウチのことでパニック起こされるとは思ってなかったんや。
おかあさんはお姉ちゃんのことを彼氏がコロコロ変わっていたとしても、清い交際をしてると思ってたみたいやわ。(そんなわけあるかいな)
『あんたアホやなー、もっと上手くウソつけ』
と後日、お姉ちゃんにウチは呆れられた。
おかあさんのいうことは。
結婚まで身体の関係にはキビしても、交際人数はもっと経験しておけ、ってこと?
ウチは少し混乱した。
なんかそれおかしいんちゃう?
メインディッシュを相手の男の人に与えずに、散々期待持たせて一緒に遊んでもろて。挙句に、次の人に乗り替える悪女になれということやで、それ。
ウチがもし男で相手の女の子にバンバン投資しとったら、泣くわ。
いや、それより、自分が相手の男の人好きやったら、自然に身体の関係もしたくなるやろ? 結婚まで我慢するとか不自然やろ?
それに離婚する夫婦の原因の第一位はなあ。性格の不一致でもなく、価値観の不一致でもなく。
実は『性の不一致』やねんで!
そう考えると結婚する前に相手とは経験しといたほうがええと思うんやけどなあ。
「結婚したら、それでもう終わりやで」
おかあさんはそう言って、昔、自分が一人旅をしとったときに、画家のハンサムな男の人にナンパされてなんたらどうたらという話をし始めた。
ウチの心は揺れだした。
……昔、結婚式を控えた親戚のお姉さんが、別の男の人と泊まりの旅行に行ったんがバレて、エライ大問題になったことを思い出した。
結局、式は取り止めにならず、お姉さんら夫婦は今も離婚してへんけど。
あのときの親戚のお姉さんの気持ちって……こういうことやろか。
あんた、それでええの? ケイちゃんしか、知らんでええの?
おかあさんに言われた言葉は、今までに言われた誰の言葉よりもウチの心を揺り動かした。
爆弾低気圧到来。
大時化や。
ウチはおかあさんの話に適当に相槌をうちながら、自分の心の波に飲み込まれてしもうた。