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再会

 何度も逡巡したのち。


 ウチはそれからケイスケに「会える?」てメールした。


 すぐに返事が来て、ケイスケとウチは公園で会うことにした。



*****



 ウチが待っとった公園に来たケイスケは


「れ、連絡くれて嬉しいわ」


 そう言って、ウチの前に立った。ベンチに座っていたウチが隣に座ったら、と言うたけどケイスケは座らんかった。


「今日は、報告があんねん」


 ウチはケイスケから目をそらして地面を見つめた。雨に濡れた銀杏の葉が一面に張り付いとった。


「な、なに」

「ウチなあ……妊娠しとってん」


 微かに声が震えた。

 え、とケイスケは声をあげたきり、しばらく何も言わんかった。


「……ほ、ほんまなん? それ」

「妊娠検査薬で反応が出て、病院で診てもらった」


 まさかと思った。先月風邪引いて、周期が乱れてるだけやと思っとったのに。


「そ、その……ホンマに……俺の子なんやろか……」


 ケイスケの言葉にウチは身体の中でブチッと何かが切れた。


「……もう、ええわ」


 やっぱり、そうやな。

 一人で育てるわ。

 シングルマザーはいろいろ助成してもらえるみたいやし。保育料も無料らしいし。

 キエコちゃんにいろいろ聞いてみる。


「ち、ちゃう! ごめん、そういう意味やなくて……! び、びっくりしたんや。だって、あの一回でか……?」


 ケイスケはあわてて取り乱した。


「ほ、ホンマにあの、一回で……?」

「できる時は一回で出来んのやろが。100回してもそのうちの一回でやろが」

「せ、せやな」

「8週目。計算したら、バッチリあの日で合う」

「8週目? 合わんくないか?」

「生理来た日が一日目として数えるんや」

「そ、そうなんか」


 誕生日前に最後に会った、映画館デートの日や。別れる直前に会った時に出来た子って、なんやねんそれ。


「お、俺も報告があるんや」


 ケイスケの言葉にウチは、え、と顔をあげた。今更、何の報告?


「ジェットコースター乗れるようになった。この間、ナガシ◯のホワイ◯サイクロン三回乗ったったで」


 大真面目な顔でのたまうケイスケに、ウチは訳が分からずあっけにとられてもうた。


「な、なに」

「お前ともう一緒に乗れるんや」


 ケイスケの顔は期待がこもっとった。


 ……ウチは、ケイスケと別れ際に言った最後の話を思い出し。

 そして。

 やっとケイスケの言いたいことが分かった。

 でもなんか恥ずかしゅうてぶすっとした顔で答えてもうた。


「……どうせなら、富士◯のフジヤ◯ぐらい行ってこいや」

「……しょ、初心者に無理いうなやあ……」


 気弱な声にウチは思わず笑ってしもた。


 ああ、もうホンマに。この男は。


 ウチはため息をついて口を開いた。


「……ホワイトサイクロ◯はジェットコースターの中ではどちらかというと初級レベルや……でも」


 ウチはケイスケの目をのぞきこんだ。


「あれは木でできとるという他では得られんドキドキ感があるんや。ギシギシ鳴る木の音に大丈夫かいな? て不安に、普通とはちがう怖さが楽しめる。そういう意味では通好みのジェットコースターなんや」

「そ、そうか」

「……今回は漏らさんかったん?」

「もう、漏らすかいな! 子供やないねんし」


 怒ったようにケイスケは答えると、ウチの前にしゃがみ込んだ。


「俺と結婚しようや」


 ウチの手を取り、ケイスケは両手で包み込んだ。


「妊娠しとったから、お前イライラしとったんちゃうか」


 ……そうなんやろか。

 この一か月あまりのことをウチは思い返してみた。無性にイライラして、気持ちが不安定やった。


「そ……そうなんやろか」

「せや。そうやったんや。お前いつもとちゃうかったもん」


 ケイスケはウチの手を引っ張って立たせた。


「な? 俺と結婚しよう」

「……」


 ケイスケに抱き寄せられて、ウチはケイスケの肩に顎を乗せながら考えた。

 頭ん中は冷静やった。


「そうやな……」


 これでええんちゃうやろか。


 ケイスケとウチは合っとった、と思う。考えれば。


 ご飯食べてホテル、っていうデートも。

 考えたら、要はそれやし。

 それが一番シンプルで満足できるデートや。


 ヘタにウインドウショッピングとか、歩き回るデートは苦痛やった。

 次、どうする?

 といつも聞いてくるケイスケにウチはプレッシャーを感じた。

 こっちの意向を聞いてくれてるんやろうけど、いつも急かされてる感じがした。


 そういうのや、映画とか美術館は、基本一人でマイペースで楽しむもんや。相方はいらん。


 旅行も。女友達相手やったらひたすら楽しいやろう。

 でも、男相手に旅行っちゅーんは付き合い始めの最初の頭ン中お花畑の時期を過ぎたら、そんなに楽しいものではないと思う。 女友達といく楽しさとくらべたら半分もないで?


 ぶっちゃけ、楽しいのは夜のイベントぐらいや。

 そやろ? ちがう?

 それやったらわざわざ旅行いかんでも、そのへんでええやん。


 ウチはなんかラクになってきた。


 せや。ジョン グレイ先生の言ってたセックスの話かて。


 ウチは段階すっとばしてもうて、折角感動できる素晴らしいなんたらかんたらを味わえる機会を逃した、と思って後悔してたけど。

 それは相手が二人目以降の話であって。


 初体験なんて、さっさとしようがどんなにひっぱろうが結局痛いだけの思い出で終わるはずなんや。

 そしてケイスケかて。

 さっさと手に入ったから、じゃあ次の女に行こう、なんてことはなかったやないか。


 この相手でいいんやろか。

 もやもやした思いはあるけど。


 それでええんやないやろか。


 ジョン グレイ先生は、女を自分が愛されてるかどうか常に不安になる『波のようなもの』て、例えはったけど。


 実はこういうことちゃうやろか?


 女は欲張りな生き物やさかい、もっといい相手がおるんちゃうやろか、この相手でいいんやろかって考える。

 それで気持ちが揺れることを言ってるんちゃうやろか。


 そして、グレイ先生は。

 あのことは考慮してはったんやろか。


 女は「母親」になるということを。


 母親は子供のためなら、それ以外はどうでもよくなることを。


 子供のために常に最良の道を探しては選ぶことを。


「ギラギラしてる」


 ユミちゃんの言葉のように、他の男の人に常に目を光らせる、まではいかなくても。

 自分と子供のために、今の相手が本当に相応しいのか揺れる気持ちは自然やと思う。


 どんなに真面目に順調に付き合ってゴールインしたカップルかて、まさかの離婚をしたりするし。

 付き合って日も浅いのに、授かりの電撃婚をしたカップルが予想を裏切って、ラブラブで一生添い遂げたりもするんや。


 要はやってみやなわからん。


「失敗したらリセットすればいいから」


 キエコちゃんのいうように、それも有りやと思う。その時はその時。考えればええ。

 いろんな道が常にあるはずなんや。


「ええ、て言うてくれんのやろ」


 ケイスケが不安気な声で聞いてきた。


「うん。とりあえず、はな」


 ウチは答えた。


「お前に言われたこと、気ィつけるわ。これから、旅行も海外にバンバン行こう。な?」


 ウチを抱く手に力を込めるケイスケに、アホかいな、とウチはあきれた。

 子供が出来たらそんなんしばらく行けるわけあらへんがな。


「お前に別れる、て言われて、ホンマに焦ったんや。俺、調子こいとった。お前に甘えとったんや」


 ……そりゃ、そうやな。

 最初から立場は確定しとったんやもん。


 ケイスケに告白したんはウチやった。

 あの瞬間から、ウチとケイスケの関係は決まってしもうたんや。


「それはしゃあないわ。……ウチがあんたに告白して付き合いだしてんやもん」


 ふ、とウチは十年前を思い出して小さく笑った。


「……え? 告白したん、俺やろ」


 ケイスケがウチから身を離して、訝しげな顔をした。


「は? ウチやんか。……好きです、付き合ってください、てあんたに言うたやろが」

「俺に言うてくれたんは覚えとる。だから、その二日前の話やんか。俺が電話して、先にお前に告白したやろが」

「はあ?」


 ウチは記憶を十年前に飛ばした。


「お前が、山梨に旅行に行っとったときや」



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