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誕生日1週間後 1

 ケイスケに呼び出された喫茶店に入った。

 喫煙OKの店や。扉を開けて中に入った瞬間、むっと鼻につくタバコのにおいをウチはいつもより不快に感じた。

 ケイスケは奥のテーブルにおった。

 スーツ姿で、喜色満面、ていう表情でウチの顔をみとった。

 きしょ(気色悪い)。なんやねん、ええことでもあったんかいな。

 ウチはますます気分が悪くなってケイスケの元へ歩いて行った。


  「髪、大分伸びたんやな」


  ケイスケがにまにましながらウチを見上げた。


  「そら、伸びるわ。会わんうちにな」


 今頃気づいたんかい。まあ、めったに会わへんからな。


  「そんなに忙しかったんか?」


 いや、あんたを無視しとっただけや。

 ウチはテーブルわきのメニューを取って広げ、目を走らせた。

 スッとするもんが欲しかった。


  「まあな。……洋梨タルトと、レモンスカッシュ」


 すぐそばに注文を聞きに来た店員さんにウチはそういうた。


  「誕生日、おめでとう。もう過ぎてもうたけどな」


 ケイスケが相変わらずニコニコ顔でウチの方に身を乗り出した。

 だから、やめい、その顔。きしょいんじゃ。ウチは目をそらす。

 せや誕生日やったんや。もう三十路突入じゃ。

 あんたとはだから今日、縁を切る。


  「ああ……せやな。ありがとう」

  「なあ。今度、二人で旅行、行かへんか?」


 ウチは今までに聞いたことのないセリフを吐くケイスケを思わず見返した。


  「海外とか。長くてでかい旅行、行ったことないやろ。イタリアとか。お前『冷静と情熱のあいだ』好きやったやんけ。ドゥオモとか、観に行かへんか?」


 ……今まで、どんなにそんな言葉が欲しかったやろう。

 ウチは『冷静と情熱のあいだ』を読んで以来、猛烈にイタリアに憧れとった。

 いつか行けたら。

 旅行のパンフレットとか、テレビでイタリアの風景が流れるたび、ウチはそう思っとった。

 二週間前のウチやったら大喜びでその話に食いついたやろう。

 でも、今のウチにはどうでもええ話やった。

 冷めた心で、ウチはケイスケの目を見つめた。


  「……どうしたん」

  「いや、今年で付き合うて10年目やろ。記念に」

  「…… 休み、そんなにとれるん?」

  「お、おう。職場の顰蹙ひんしゅく覚悟で、とったるわ」

  「……」


 できるんなら、もっと早くそうせいや。腹立つわ。なんやねん、今さら。

 ケイスケは当てが外れたような様子であわてて言葉を足した。


  「お前がそんなに休みとれへんか?……じゃあ、アジアにしとこうや。韓国とか台湾とか。二泊三日ぐらいで」


 女友達と何回も行ったわ。ああいうのは女同士で行くから楽しいとこや。


  「日本にしとくか? 北海道とか沖縄とか。お前が好きなとこでええで」


 好きなとこ。いっつもそうや。ケイスケはいっつもウチに行き先や予定を丸投げしよる。


  「もっと近場でもええで?……六甲山とか。白浜とか。日帰りでもええやん」


  いきなりどうしたんやろう。臨時収入でも入ってはしゃいどるんやろか。


「お前……どうしたんや。疲れとるんか? メールになかなか返事せえへんし」


 不思議そうな顔でウチに聞くケイスケにウチはイライラした。


  「……あんたがいつもしてることや」


  なんだか今までケイスケに対してもっとった不満が一気に噴き出してきたみたいやった。


  「え?」

  「あんたはメールに返事返すの、一週間後とかザラやろ」


 メール見とんのかいな、見てへんのちゃうか? て思ったときにやっと返事が来る。


  「そ、そうやな。悪かったな」

  「……自然消滅はどうかな、と思ったんや」


 ウチはため息をつきながら言った。

 せや、もう言うたる。今、言うたんねん。


  「……え?」

  「でも、10年も付き合うとったらな。そうはならへんよな。それまでも、ホンマに付き合うとるんか分からんくらいのデート数やったしな。メールすんのもあんたの気が向いたときだけや」

  「な、なんや。お前どないしてん」


 ケイスケは面食らった表情をした。


  「お、落ち着けや。ゆっくり話そうや。……今晩、どっかに泊まってもええし。な? お前の言い分聞くから」

  「ええん? ……今日、スキヤキDAYやろ?」


 ウチはケイスケの言葉に、ふん、と鼻で笑ったった。

 スキヤキDAY。

  ケイスケの家族のツキイチの慣習。月末の最後の金曜日の夕食はスキヤキって決まっとって、その日だけは夕食に間に合うように家族全員がはよ帰って食卓につくのがきまりなんやと。

 ケイスケはデート中、どんなにいい雰囲気でも、ウチがもっと一緒に居りたい、言うても。

 あっさりとその日は家に帰った。


  「か、かまへん。そんなん。今日くらい」

  「今まで速攻帰っとったくせに。今日は違うんかい。お母さんに聞かんでええん?」

  「エ、エエ。そんなんどうでも」


 そんなん? この十年間、一度もそんなこと言わへんだやんか! 

 ウチはこの十年間のスキヤキDAYの日々がよみがえった。いまさら遅いんじゃ、あほ。

 イライラがピークに達し、その勢いとともにぶちまけた。


  「あんたと別れようと思うねん」


 言ったった。


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